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三章:雪の姫はワルツを踊る
第6話 雪の城(2)
しおりを挟む―――とんとん、と指で小突かれた。
(はっ!)
振り向く。横でメニーがノートを開き、クロシェ先生から見えないように、あたしの手の甲を指で突いていた。
「………」
あたしは反対の横を見る。アメリがうとうとしていた。鉛筆で小突く。
「っ」
アメリが目を開く。あたしを見る。メニーを見る。三人で頷く。クロシェ先生の背中を見ると、クロシェ先生がホワイトボードに背を向け、あたし達に良いタイミングで振り向いた。
「さて、メニー。ここまででわからなかったところ、ある?」
「大丈夫です」
「テリー」
「大丈夫です」
「アメリアヌ」
「今のところ、理解出来てます」
「そう。良かったわ」
クロシェ先生が微笑んだ。
「じゃあ、テリーに質問」
「え」
「どこのページを読んでたでしょうか?」
クロシェ先生がにこやかに微笑む。あたしは黙って、にこりと笑った。
「答えられないのなら、アメリアヌ」
「っ」
「どこのページ、読んでたでしょうか?」
アメリが笑顔になった。あたしとアメリがニコニコ笑った。言葉は出ない。答えは分からない。クロシェ先生がむすっと、口角を下げた。
「アメリアヌ」
「はい」
「テリーも」
「…はい」
「二人とも、目が真っ赤よ。昨日、何時に寝たの」
あたしとアメリが目を見合わせ、クロシェ先生を見た。
「私はいつも通りに寝ました。ただ、ダーリンと長電話してて、確かに、ちょっと遅くなったかも。…二時間くらい」
「あたしはアメリと違って良い子なのですぐ寝ました。ただ、その時に寝すぎて夜中に目が覚めてしまったので、眠れるようになるまで起きてました」
「もう、しょうがない子達ね!」
クロシェ先生が教科書を閉じた。
「10分休憩にしましょう。二人とも、メニーを見習って」
「クロシェ先生、私思うの。部屋が暖かいのがいけないと思うの。暖炉が暖かいから眠くなるのよ。ね、テリーもそう思うでしょう?」
「今だけ同感します。じっと座ってたらあたし達じゃなくたって眠くなります」
「そうよ、そうよ。眠くなるわ」
「じゃあ、二人とも、どうしてメニーは寝てないの?」
アメリとあたしがメニーを見る。メニーの足元でドロシーがじゃれていた。アメリとあたしがクロシェ先生を見る。
「クロシェ先生、メニーにはドロシーがいるわ。動物がいたら、寝るにも寝れないものよ。ね、テリーもそう思うでしょう?」
「今だけ同感します。動物は反則だと思います」
「そうよ、そうよ。反則よ」
「じゃあ二人も猫を連れて来れば?」
クロシェ先生が呆れた顔でため息をついた。
「アメリアヌ、テリー。それじゃあ将来、素敵なお嬢様にはなれないわよ」
「でもクロシェ先生、最近勉強ばかりだわ。ね、テリーだってそう思うでしょ?」
「今だけ同感します。勉強ばかりで体に毒だわ」
「そうよ、そうよ。子供は遊ぶべきだわ」
「ああ、そう。そういうこと言うのね。いいわ。良いこと教えてあげる」
クロシェ先生が教科書をテーブルに置いた。
「アメリアヌ、勉強したらどうなると思う?」
「え?」
「知的になるのよ」
知的になったら、どうなると思う?
「モテるわよ」
アメリの目が光り輝いた。勢いつけて立ち上がる。
「それ、本当ですか!?」
「紳士は知的なレディに憧れるもの。アメリアヌ、貴女の愛しの人のためにも、知的なレディになりたくない?」
「私、頑張ります!!」
アメリアヌがクロシェ先生の罠に引っかかった。
(畜生! 裏切り者め!)
はっ!!
クロシェ先生があたしを見る。あたしはごくりと固唾を呑んだ。
「さあ、テリー」
「寝てません。うとうとしてただけです。あたし、ちゃんと勉強しようとしてました。課題だって忘れてません」
「何のために私が多くの課題を出しているか、わかってる? 予習と復習、そして私の授業。これを繰り返すことで嫌でも知識が植え付けられていくからよ。テリー、脳みそって知識が増えると皺が出来るのよ」
ホワイトボードにクロシェ先生が脳みそを描いた。
「記憶に植え付けられていくたびに、皺が増える。皺が増えたらいい事があるわ。メニー」
「頭が良くなる?」
「正解」
「クロシェ先生」
あたしは手を挙げる。クロシェ先生が差す。
「はい。テリー」
「皺が増えるのは分かりました。でも、覚えたら覚えた分、どんどん忘れていくことはないんですか」
「そうね。確かに年月を重ねれば、皺はどんどん薄くなっていく。つまり忘れていくの。でもね、テリー。今なら皺をより増やし続けることが出来るの。だからこそ、今のうちに、脳みそを鍛えなければいけないのよ。皺を増やして増やして、増やしていくの」
そうすれば、
「大事な記憶を維持できる能力も、身に着けることが出来るかもしれない。忘れたくないことを忘れなくなるかもしれない」
「テリー、メニーの事を忘れたら嫌でしょう?」
「アメリアヌの事を忘れたら嫌でしょう?」
「私の事を忘れたら、私も悲しいわ」
「そうならないように脳を鍛えるのよ」
「手っ取り早い方法が勉強」
「知識も知恵も身について、発想が生まれて連想が生まれて対応が出来るようになる」
「不思議でしょう? でもこれが人間のすごいところなの」
「アメリアヌ、テリー、メニー、わかりましたか?」
(記憶を維持できる能力ね)
あたしの場合は、違う気がする。
(覚えてるんじゃなくて)
(忘れられない)
中途半端に嫌な記憶ほど忘れられない。
(でも、ニクスのことは忘れた)
とても嫌な記憶だったから。
「さあ、まだ休憩時間が残ってるわね。三人とも、授業を延期して、紅茶でも飲みに行く?」
「クロシェ先生! 私は賛成よ!」
「わ、私も! ホットミルクがいい!」
「にゃー」
「お姉ちゃんは何飲む?」
はしゃいだメニーに訊かれて、あたしの頭の中がニクスから紅茶に切り替わった。
(*'ω'*)
午後。
本屋に向かって街を歩く。周りには、厚着を着て、顔を赤くして歩く人々。あたしの白い息が漏れる。
(今日は午前中いっぱい授業だったから、ミセス・スノー・ベーカリーに行けなかったわね…)
午後に行っても大丈夫かしら。
(ま、どちらにしろ、夜に会えるんだけど)
―――ニクス、次はいつ遊べるの?
―――テリー、21時って抜け出せないかな? 僕やっぱり忙しくて。21時から、一時間だけ遊べるよ。
―――いけないことするのって素敵。いいわ。21時ね。
「お姉ちゃん、見て!」
後ろをついて歩いてたメニーが指を差した。
「キャンディ!」
「舐める?」
「うん!」
(面倒くさいわね。キャンディ如きでそんなにはしゃぐんじゃないの)
一緒にお菓子屋に入る。キャンディを買う。二人で外に戻る。
「メニー、滑るから家に帰ってからにしなさいよ」
「はーい」
メニーと一緒に雪を踏んで道を進む。
(本屋に行くと言ったらこれよ)
飛びつくようについてきやがった。
(あたしはただ、クロシェ先生からおつかいを言い渡されただけだってのに…)
ちらっとメモを見る。
『テリーの問題集、教科書の範囲。五冊』
あたしはうんざりして目を逸らした。
(どうして自分の宿題となるものを自分で買いに行かないといけないの…)
ああ、憂鬱。
「しかも算数。最悪でしかないわ」
「お姉ちゃん、算数嫌い?」
「数字を見るのは好きじゃない」
「クロシェ先生が、算数の答えは一つしかないから、答えさえ導かせる方法さえ覚えちゃえば簡単って言ってたよ」
「文章問題」
「あー」
「わかりづらいのよ。あれはひっかけよ。子供にどうしてそんな罠を用意するわけ? 純粋に受け止めて罠に引っ掛かって、やいこれ見たかって小馬鹿にする大人達って卑怯よ。卑屈よ。根っこがひねくれてる。最低よ」
「お姉ちゃん、ひっかけ問題ってそういうものだよ」
「あんたも12歳になったら分かるわ。勉強が一気に難しくなるから」
「覚悟しておく」
メニーが眉を下げて笑った。
「ねえ、お姉ちゃん、帰ったら出された課題やろうよ。私も分からない所いっぱいあるの」
「ええ。帰ったらね」
「やった。じゃあついでに鉛筆も見て行っていい? そろそろ小さくなってきたの」
「いいわ。うんと可愛いやつ買いなさい」
「えんぴつくらいシンプルでいいよ」
二人で文房具屋に入る。えんぴつの棚に行くと、えんぴつが揃ってる。
「これでいいや」
「こっちの方が可愛いわよ」
「えんぴつくらいシンプルでいいよ」
メニーが同じ事を言ってえんぴつを買った。二人で外に戻る。また雪道を歩き出す。
「やった。新品。ほら、見て。お姉ちゃん。きらきらしてる」
「あんた相変わらず物好きね。貴族っぽくないって、ママに叱られるわよ」
「私、元々貴族じゃないもん」
メニーが美しく笑う。
「家にはお金があったみたいだけど、お父さんって投資とか、寄付とか、周りにお金を使ってたから、今みたいに贅沢ってした事ないの」
「あんたがいつ贅沢したのよ」
「私してるよ。ほら、キャンディも買った」
(キャンディを買ったことくらいで贅沢なわけ?)
メニーがポケットからキャンディを取り出して、一粒、口の中に放り投げた。
「あむ」
「あ」
あたしは眉を吊り上げた。
「あんた、転んだらどうするの」
「転ばないもん」
「家に帰ってからにしなさいって言ったでしょ」
「今舐めたくなったんだもん」
「メニー、わがまま言わないの」
「お姉ちゃん、お母さんみたい」
うるせえ! てめえに何かあったらあたしが怒られるのよ!!
「ふふっ。苺のキャンディ美味しいよ。お姉ちゃんも舐める?」
「いらない」
「あげる」
メニーに差し出される。
「…………」
黙って受け取ると、メニーが笑顔になった。
「えへへ」
そのままキャンディを舐め続ける。
(この世界では、あたしは一生こいつに振り回されるみたいね)
キャンディを口の中に放り込む。
(あま…)
メニーのように甘い。
メニーは笑う。
嬉しそうに笑う。
その笑顔も、見惚れるほど美しい。
(くそ…)
憎い。
その笑顔、何度見ても憎い。
胸がむかむかする。
胸がもやもやする。
メニーが笑ってるだけ。
素敵な可愛い笑顔で笑ってるだけ。
むかつく。
イライラする。
(あ)
ショーウィンドウに、あたしとメニーが映りこむ。
(あ)
美人なメニー。
醜いあたし。
(あ)
瞳が輝くメニー。
瞳が死んでるあたし。
「…………」
世界は理不尽だ。
どうしてメニーの隣にあたしを置くのよ。
これじゃあ、不快になっても仕方ないでしょう。
(虐められて当然じゃない。こんな奴)
美しく笑うメニー。
(美人で、優しくて、完璧)
意地悪で妬み深いあたし。
(違う)
メニーの傍にいるからだ。
(好きで妬んでるわけじゃない)
メニーが綺麗すぎるからいけないんだ。
(あたし悪くない)
メニーが美人過ぎて、
メニーが完璧すぎて、
それに驚いて、
そんなことないと否定して、
虐めて、虐めて
あたしは、
死刑になった。
(メニーが悪いのよ。全部、こいつのせい)
この感情は、誰もわかってくれない。
きっと、あたしだけだ。
だって、だって、
顔を上げれば、
あたし以外、
皆、楽しそうに笑って、幸せそうに暮らしてるじゃない。
「マッチはいりませんかぁー?」
あたしとメニーがきょとんとする。振り返る。赤いマントを羽織ったリトルルビィが、寒さにめげずマッチを配っていた。
「マッチはいりませんかぁー?」
リトルルビィが歩く人にマッチの箱を差し出す。
「火をつけたらあら不思議! 心が温まりますよー!」
リトルルビィがマッチを売った。
「まいどです!」
リトルルビィが再び歌い出すように声を出す。
「マッチはいらんかねぇー!」
「リトルルビィ!」
メニーがその姿に駆けていく。メニー気づいたリトルルビィが、はっと目を見開き、赤い瞳をきらきら光らせる。
「わ! メニーだ!」
「こんにちは、リトルルビィ」
「マッチはいらんかね?」
リトルルビィがマッチに火をつけた。
「火をつけるとあら不思議。思い出が蘇る!」
「ふふっ。貰おうかな。じゃあね、6箱!」
「え、そんなにいいの?」
「うん!」
メニーがあたしに振り向く。
「いいよね。お姉ちゃん」
「あるだけ全部買って行きなさい」
「わかった」
「っ」
リトルルビィがあたしを見て、胸を押さえた。
「テリー!?」
ポニーテール!
「テリー!」
もこもこ!
「テリー!」
ぎゅっと抱きしめられる。
「可愛い!」
「はいはい。ありがとう」
「可愛い!」
「でもね、リトルルビィ、あたしは可愛いじゃないの。美しいなの」
「可愛い!!」
「ああ、可愛いと美しいを兼ね備えたあたしって罪な女…」
リトルルビィの頭を撫でてあげる。なでなで。
「ひゃ! テリーになでなでされちゃった!」
「リトルルビィ、キャンディいる? さっき買ったの」
「え、メニー、貰っていいの?」
「うん!」
「やった! ありがとう!」
リトルルビィが口の中にキャンディを放り投げた。
「ころころころころ」
「お疲れ様。リトルルビィ」
「メニーとテリーのおかげで今日の分のお仕事はおしまい! やった!」
「寒かったでしょう。大丈夫?」
「あ、大丈夫。それは平気」
けろっとリトルルビィが微笑む。
「吸血鬼だもん」
あたしとメニーが光の速さでリトルルビィの口を塞いだ。驚いたリトルルビィが目を見開いて唸る。
「むーーーーー!?」
「また、この子ったら! 冗談が上手いんだから! おほほ! ねえ? メニー!」
「そうだね! お姉ちゃん! 本当にリトルルビィって面白い子!」
ぐいっと顔を近づけて、リトルルビィに囁く。リトルルビィの赤い瞳と目が合う。
「そういう事、公の場で言わないの。キッドから教えてもらわなかった?」
「二人の前だからいいかなって…」
「そういう問題じゃない。吸血鬼狩りにでも聞かれたらどうするの。神父が聞いてて調査を依頼したら?」
「テリー、それは考えすぎだよ」
「リトルルビィ、万が一って事があるのよ。あんたがいなくなったらメニーが泣くわよ。いいの? メニーがあんたのせいで泣くことになってもいいの?」
「それは嫌だ」
「じゃあ、黙ってなさい。メニーもその方がいいでしょ?」
「うん」
「ほらね」
「ふふっ。わかったよ。二人がそう言うなら、黙ってる」
ふふっと、嬉しそうに笑うリトルルビィ。聞き分けが良い子は好きよ。メニーもこうならいいのに。
「ありがとう。テリー。メニーも。心配してくれて」
メニーがリトルルビィに微笑む。
「飲みたい感じは?」
「今は大丈夫!」
「そっか」
「ありがとう。メニーのこと大好き」
「私もリトルルビィが大好き」
「気を付けるね」
「そうしてくれると嬉しい」
リトルルビィとメニーが笑い合い、リトルルビィがふらっとあたしの方に歩いてきた。
「テリー」
「ん」
「私のこと心配してくれてありがとう」
リトルルビィが背伸びした。
「…大好き」
――――ちゅ。
(あ)
「あ」
メニーが思わず声を出した。
リトルルビィが頬を赤らめて、あたしの頬にキスをした。
唇を離して、ふふっと笑い、リトルルビィが肩をすくめた。
「ふふっ! 好き。テリー。大好き。そうやって私を心配してくれるテリーが大好き。マッチも全部買ってくれたし」
「勘違いしないで。この間のお礼よ」
ニクスを休ませてくれた。
「そんなこと、別にいいのに! もう! テリーってなんて優しいの! もう! 大好き!」
「はいはい」
「テリー、この後空いてる? 私、二人のお陰で今日の分のお仕事が終わったから、もう自由時間になるの。いいのよ。テリーが求めるなら、私、この身をテリーに捧げる!」
「大丈夫。家に帰って休みなさい」
「私のことを気遣ってくれるなんて、テリーってば…! なんて優しいの!」
リトルルビィがあたしを抱きしめた。
「テリー! 大好き!!」
あたしをぎゅっとしたその手首を、―――ふわふわの手袋が掴んだ。
「リトルルビィ」
メニーがリトルルビィの手首を掴んでいた。
いつもの、可愛い笑顔で。
リトルルビィがメニーを見た。
「ん? なあに? メニー」
「マッチ屋さんに、お仕事終わった連絡しなくていいの?」
「あ、そうだった」
「もー!」
リトルルビィの反応に、メニーが無邪気に笑った。
「駄目だよ。業務中にお姉ちゃんとイチャイチャしたら」
「えへへ…。だって、テリーと話せて嬉しかったから…」
リトルルビィがあたしを抱きしめ続ける。
メニーがリトルルビィの手首を掴み続ける。
「なら、もう行った方がいいんじゃない?」
「もうちょっとだけ。ね、テリー、いいでしょう?」
「はいはい」
「ほら、メニー。テリーも私と抱きしめ合いたいって!」
「リトルルビィ、お仕事中でしょう? 駄目だよ。イチャイチャしたら」
「でも、テリーとくっつきたいんだもん!」
「今度遊びに来た時に好きなだけお姉ちゃんと遊べばいいよ」
「メニー、恋する乙女の心って難しいの。私はテリーのことを考えるだけで胸がきゅんきゅんするの。どきどきするの。心臓が締め付けられそうなの!」
「うん、わかった。リトルルビィ、私達、そろそろ行かないといけないの。だからリトルルビィも早くマッチ屋さんに戻って。寒いだろうし」
「平気だよ。寒さは感じないの。テリーがいてくれるから…」
「リトルルビィ」
「ああ、テリー、あったかい…」
すりすりすりすり。
「あったかい…テリー…」
「リトルルビィってば、もー」
「メニー。待って、もう少し…」
「リトルルビィってば」
「はあ…テリー…」
「……………ふふっ」
メニーが笑顔でリトルルビィを引っ張る。リトルルビィは離れない。あたしは眉をひそめた。
(…何かが変)
メニーの様子が変。
(あれ)
こいつ、まさか。
(嫉妬してる?)
あたしにリトルルビィを取られて、こいつ、嫉妬してる!
(うわ、最悪。好感度が下がるじゃない!)
ここは好感度を上げるために、人肌脱いでやろうじゃない!
「リトルルビィ」
そっとリトルルビィを押して、体を離す。
「ね、メニーと出かけて来れば?」
「えっ」
「え?」
二人が仲良く声を揃えた。
「マッチ屋に報告に行けば、お仕事終わりなの?」
「あ、うん…」
「なら、メニー、ついて行ってあげて、二人でその後仲良く遊べばいいじゃない」
「え、お姉ちゃんは…?」
「あたし、本屋に行かないと」
リトルルビィを押す。メニーの隣に並べる。
「うん。お似合いよ。二人とも」
メニーとリトルルビィが顔を見合わせた。ぱちりと瞬きして、二人が同時にあたしを見る。
「お姉ちゃん、私、本屋一緒に行く!」
「いい」
「テリー! 私も行く!」
「いらない」
「お姉ちゃん、私、本屋に行きたいの!」
「じゃあ、リトルルビィと行ってきてくれる? あ、ついでにおつかいも頼むわね。あたし帰る」
「お姉ちゃん! 自分の問題集は自分で買わないと駄目だよ!」
「そうだよ。テリー!」
「大丈夫。あたしに気を遣わなくて結構よ。二人で楽しい時間を過ごせばいいわ」
あたしはメニーの肩をぽんと叩いた。
「じゃ、楽しんで」
「お姉ちゃん!」
メニーがあたしの手を握った。
「ちょっと待って!」
「何よ。あたしは帰るって言ってるでしょ」
「私と本屋に行くって言ったのに!」
「なんで怒ってるのよ」
「怒ってない!」
「怒ってるじゃない」
メニーがむすっと頬を膨らませた。
「こら。はしたないからやめなさい」
「リトルルビィは良くて、私には怒るの?」
「リトルルビィは貴族じゃないもの」
「理不尽だ」
メニーが顔を逸らした。
「お姉ちゃん、理不尽」
「ちょっと、なんで機嫌悪くなってるのよ」
(面倒くさいわね! こいつ!)
あたしは仕方なく、猫撫で声を出す。
「メニー?」
「ふん!」
メニーが顔を逸らした。イラっとする。
「メニー?」
「ふん!」
メニーが顔を逸らした。あたしはメニーの両頬を押さえた。
「ふひ!?」
「メニー」
あたしはメニーをまっすぐ見つめる。
「メニーメニーメニーメニーメニー」
メニーがむすっと、ふくれっ面になる。
「…私知ってるよ。お姉ちゃんがそうやって呼ぶ時、たいてい私の事を宥めようとしてる時なんだよ」
「宥めようとされる方が悪いんでしょ」
「別に何もないもん」
「ほらまた不機嫌になる」
メニーがじっとあたしを睨んだ。何よ。その目。むかつく顔ね。
「何よ。リトルルビィと遊びに行っていいって言ってるじゃない。何が不満なのよ。行って来ればいいでしょ」
「……そういう事じゃ、無い」
「じゃあ、どういう事よ?」
メニーが黙る。
(ああ! もう! 面倒くさい奴ね!)
ちらっとリトルルビィを見る。リトルルビィが眉を下げて、メニーを見ている。
「…いいな。メニー。テリーに怒られてる…。…いいな…」
(ほら、リトルルビィがあんたを心配そうに見てるわよ! 良かったわね!)
さっさと二人でどっか行きなさいよ! で、機嫌良くなりなさいよ! なんで怒ってるのよ! メニー!
(これは不意を突かせるか…)
―――――あ。
「メニー! あそこに魔法使いが!」
「え!」
指を差した方向に振り向いたメニーの頬に、唇を押し付けた。
「ちゅ」
「っ」
メニーが目を見開いた。リトルルビィが目を見開いた。あたしはメニーを方向転換させて、リトルルビィに向かって背中を押した。
「はい」
「わわっ!」
「ひゃっ!」
リトルルビィがよろけたメニーを受け止めた。二人であたしを見る。あたしは手を払った。
「ほら、二人とも行った。しっしっ」
あたしがキスした頬を、メニーが手で押さえた。ぷるぷると体が震えている。
(ま、これが理由で死刑になる事はないでしょう)
もういい? あたしは帰る。帰りにパン屋に行って、ちょっとニクスの顔を見てこようかしら。
「テリー!」
リトルルビィがあたしの前に立った。
「私にもして!!」
「あ?」
リトルルビィが唇を突き出した。
「むっちゅうううううううう~~~~!!!」
「はいはい。メニーにしてあげて」
方向転換させて、メニーに向けたリトルルビィの背中を押す。
「ひゃっ!」
「わわっ!」
今度はメニーがリトルルビィを受け止める。
「ほら、早く行きなさい」
「テリー! 私も、テリーにキスされたい!!」
「ええ。メニーといっぱいしていいわよ」
「………」
メニーが俯き、とことこと歩いてきて、あたしのコートをつまんだ。
(ん?)
「……本屋、行く」
「ええ、リトルルビィと行ってあげて」
メニーが首を振った。
「……お姉ちゃんと行く……」
「メニー、遠慮しないで。あたしは帰るから、リトルルビィといていいわよ」
「…お姉ちゃんといる…」
(はあ…。面倒くさい…)
あたしはメニーの肩をぽんぽんと叩いた。
「メニー、あたし、怒ってるわけじゃないのよ。あんたが不機嫌だったから、不意を突かせるために驚かせただけ」
「……分かってる」
「うん。じゃ、行ってらっしゃい」
「お姉ちゃんといる…」
「私もテリーといたい!」
(あたしはてめえらのママか!!)
てめえらは面倒くさいガキ共か!!
「二人とも、わがまま言わないの」
「だって…」
「テリーといたいんだもん!」
「二人でいればいいじゃない。二人の時間は限られてるんだから。あ、あたしのことは平気よ。この後会う人がいるから」
メニーとリトルルビィがすごい剣幕であたしを見上げた。
「「誰!!??」」
「誰って…」
あんた達と同じ。友達に会うのよ。
そう伝えることは出来なかった。
―――――――地面が大きく揺れたから。
「っ」
どしーーんと、地面が揺れた。
またどしーんと、地面が揺れた。
尻餅をついた。
「わっ」
リトルルビィが辺りを見回した。歩いていた人達も、尻餅をついていた。メニーの上にあった木から雪が落ちてきた。あたしは手を伸ばす。
「メニー!」
「っ」
すかさずメニーの手を引っ張り、引き寄せ、メニーを抱きしめた瞬間、雪がメニーの元々いた位置に落ちた。リトルルビィの赤い瞳が動く。きょろきょろと周りを見回す。地面が揺れる。人々が壁に手をついて、足を堪える。座って堪える人もいる。あたしはメニーを強く抱きしめる。
地面が揺れる。
街が揺れる。
小刻みになっていく。
ゆっくりになっていく。
収まる。
止まった。
「……………」
「止まった…?」
メニーが辺りを見渡す。リトルルビィがゆっくりと立ち上がる。あたし達を見る。
「テリー、メニー、怪我は無い?」
「大丈夫だよ」
メニーが微笑んだ。
「お姉ちゃんが助けてくれたから」
「私、行かなきゃ」
リトルルビィがマッチの箱が入ったバスケットをメニーに渡した。
「じゃあね、メニー。テリーも」
リトルルビィが赤い目をどこかに向けた。
「こっちか」
その方向に向かって、地面を蹴飛ばすと、一瞬にしてリトルルビィが消えた。吸血鬼となって出来るようになった瞬間移動を使ったのだろう。代償に大きな突風が吹いた。
「わっ」
雪風が吹いて、収まる。風のせいで、あたしとメニーが雪だるまになった。
「……………」
「吸血鬼の力、人前で出さないように言ってるんだけどね…」
メニーが苦く笑って、雪をほろった。
「大丈夫? お姉ちゃん」
「平気」
あたしも雪をほろう。
「あんたは?」
「ちょっと怖かった」
メニーがあたしの胸に顔を沈めた。
「力が入らないの。お姉ちゃん、ちょっとだけこうしてていい?」
「おつかいは無しよ。今日は帰りましょう」
「うん」
メニーが瞼を下ろした。あたしにすり寄る。
あたしは優しいお姉さんのようにメニーの背中を撫で、ふと、思い出す。
サリアの言葉を。
―――あれは間違いなく人間の拳ですよ。
―――あんなに大きな穴になるまで殴り続けたなんて。
―――大きな巨人が殴ったのであれば、最近地震が多いのも納得ですね。
(……巨人ね)
そんなもの、どこにもいないじゃない。
冷たい風だけが、肌に当たる。
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