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キッド

来年もまたあなたと

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 お菓子を持って、家に行く。扉をとんとん、と叩いてみた。

「ろうそく出ーせー、出ーせーよー。出ーさーないとーかっちゃくぞー。おーまーけーにくっつくぞー」
「それは七夕じゃ」

 じいじが扉を開けて、仮装したあたしを見た。あたしもじいじを見上げる。

「ハッピー・ハロウィン。じいじ」
「ああ。ハッピー・ハロウィン」
「どう?」
「よく似合ってるよ。襲われそうで恐怖じゃ」
「ふふっ。ね、お菓子持ってきたの」

 お菓子の袋を見せる。

「紅茶を出してくれない?」
「ああ、もちろんさ。……私も言ったほうがいいのかな?」
「何が?」
「トリック・オア・トリート」
「……ふふっ。じいじに悪戯は出来ないわ。何時間も説教されるもの」
「そんなことはせんさ」
「ほら、じいじ、見て。せんべいもあるのよ。好きでしょう?」
「ああ。老人は歯を鍛えんといかんからな。入りなさい」
「ありがとう」

 以前この時期に世話になった家に入る。中は何も変わってないように思いきや……。

「……あれ、ソファーの位置変わった?」
「テレビを置いたものでな」

 モニターが見やすい位置になっている。

「おかげでキッドがソファーから離れん」
「今日はいないのね。はー! 静かで嬉しいわ。清々する」
「いいや」

 じいじがカップを棚から取りながら言った。

「部屋で着替えてるだけじゃ」

 その直後、スポットライトが二階に当たった。

(何!?)

 役者は歌いながら二階から華麗に下りてくる。

「ハロウィンは今年もやってくる~」

(こ、こいつ、とうとうミュージカルを覚えやがった!)

 おばけがじいじにその姿を現した。

「じいや、どうだ。今年もすごいだろ」
「ああ、そうじゃの。……客人が来てるぞ」
「客人?」

 振り返った。

「「っ」」

 悔しいことに、その美しさに目を奪われる。青い髪は金色に染められ、ふわふわな髪の毛となり、フリルとリボンの多いドレスを着ている。その姿はまるで、闇に堕ちたロザリー人形。

「……」

 キッドがふっと笑った。

「テリー」

 あたしの隣に座った。

「お前、俺を誘惑するために来たんだな? そんな可愛い格好で俺に会いに来るなんて。いいよ。おいで。たくさん悪戯していいよ。その代わり、俺は愛しいお前を抱きしめてもう離さない。ずっと構ってあげる」
「どけ。お前に用はない」

 あたしはキッドを押しのけ、別のソファーに座った。しかしキッドが追いかけてくる。

「テリー」
「うるさい」

 あたしはキッドを押しのけ、別のソファーに座った。しかしキッドが追いかけてくる。

「テリー、トリック・オア・トリート」
「はい」

 お菓子を渡して、あたしはキッドを押しのけ、別のソファーに座った。しかしキッドが追いかけてくる。

「テリー、お前も言って」
「言わない」
「お前にお菓子を渡さないと、お前が悪戯してくるんだろ? ね、言って。俺に悪戯していいよ。ほら」
「言わない。お黙り。どけ」

 あたしはキッドを押しのけ、別のソファーに座った。しかしキッドが追いかけてくる。

「テリー」
「じいじ! こいつうるさい!」
「キッド、人が嫌がることをするのはやめなさい」
「こんなに愛おしいテリーを放っておけと言うのか! じいやはなんて罪づくりなんだ! 俺は、絶対そんなことしない! たとえ神が放っておけと言ったとしても、俺はテリーを愛で埋め尽くすだろうさ!」
「テリー、紅茶ができたぞ」
「ありがとう。じいじ」
「キッド、座りなさい」
「テリーの隣じゃないとやだ」
「隣に座りたかったらやめなさい」

 その名前を呼ぶ。

「クレア」
「……やめたら座っていいの?」
「ええ」
「……。……はーあ。……わかった。今だけキッドはやめだ。ふう。全く。仕方ないな。良かれと思ってやったのに」

 クレアがキッドの役をやめ、あたしの隣に座った。

「……」

 クレアが黙った。

「……」

 ふと、クレアが前髪を整えた。

「……」

 立ち上がり、洗面所に行った。

「……」

 前髪を整えてきたらしい。満足そうにあたしの隣に座った。二人が揃えばじいじが紅茶を淹れ、あたしとクレアがそれを飲む。

「っ」

 あたしの舌が熱さを受け入れず、すぐにカップを口から離して、ふー、と息を吹いた。

「……」

 クレアが黙ってその様子を見る。

「……」

 クレアの視線を感じる。

「……」

 あたしが振り返る。クレアが目をそらした。

「……何よ」
「別に?」

 クレアが優雅に紅茶を飲んだ。

「ねえ、今見てたでしょ」
「別に、お前の間抜け面なんか見るものか」
「仕方ないでしょ。飲めないのよ」
「クレアや、テリーにそんなことを言うんじゃない。猫舌なのは知ってるだろ」
「……あたくしは何も見てない」
「テリーや、気にせず飲みなさい」
「ええ」

 あたしは再び、ふー、と息を吹いて、ゆっくりと飲んだ。うっ。まだ熱い……。唇を尖らせて、また、ふー、と息を吹く。……そしたら、また視線を感じる。クレアがじっとあたしを見てる。

(……何よ)

 チラッと見れば、目がばちりと合って、クレアが目をそらした。

「クレア」
「見てない」
「ばっちり見てたじゃない」
「ハエを見てたんだ。お前がふーふーするところなんか、見るわけがないだろ」

 クレアがドレスのシワを伸ばした。

「別に、キスしたいなんて、あたくしは思ってないぞ」

 クレアがリボンのシワを細かく伸ばした。

「おっと、紅茶がなくなってしまった。おい、ロザリー、紅茶のおかわりを」
「……あたしはもうロザリーじゃないわよ。じいじ、ポット貸して」
「クレア、わがままを言ってたら嫌われるぞ」
「知ったことか! こいつはあたくしの恋人だぞ! 愛しい恋人の願いすら叶えられんとは、情けない!」
「はいはい。わかったから。……キスはまた後でね」
「っ!」

 ポットからカップに紅茶を注ぐ。

「砂糖もミルクもなしだったっけ? はい、どうぞ」
「……ん」

 クレアが大人しく紅茶を飲んだ。

「ああ、そうだ。お菓子を持ってきたから、よかったら食べて」
「……ふむ」

 クレアがあたしの持ってきたクッキーを食べた。

「うむ。悪くない」
「気に入ったみたいでよかったわ」
「テレビでもつけるかい?」
「どうせ街の風景の生中継しかしてないわ」
「だろうな。でも見るのも楽しいぞ」
「……おお、そうだった」

 クレアがティーカップを置いた。

「お前に見せたいものがあったのだった。いやいや、すっかり忘れていた」
「ん?」
「テリー、ちょいと来い。すぐに終わる」
「何よ」
「いいから来い」

(まだ飲んでるのに……)

 あたしはティーカップを置いた。

「じいじ、ごめんなさい。ちょっと行ってくる」
「クレア」
「すぐ終わる」
「ああ、まったく……」
「来い。テリー」
「何よ、もう……」

 せっかくの美味しい紅茶だったのに。おかわりしようと思ったのに。むすっとしながらクレアについていく。二階に上がり、クレアが部屋の扉を開けた。

「入れ」
「はいはい」

 強引なところはキッドと変わらない。あたしが入ればクレアも中に入り、扉を閉めた。

「で? 見せたいものって何? おばけの衣装かなん……」

 ――後ろから抱きしめられる。

「……」

 クレアの緊張した吐息が聞こえる。

「……クレア」

 キッドの時は余裕なくせに。

「どうしたの?」
「……あい、たかった……」

 ……きゅん。

「……ええ。だから会いに来たの。最近忙しかったのものね」

(……素直じゃないんだから)

 そういうところも愛しさを感じる。

(あたしも丸くなったわね)

 クレアに恋をしてから、考え方が変わった気がする。クレアを見れば青い目と目が合い、ピンク色の唇が囁く。

「……ね、……キスして……」
「……目閉じて」

 横に顔を向かせ、唇を寄せる。

「ん」
「んむ」

 一瞬唇がくっついて、離れる。

「もう一回……」
「……ん」

 もう一度唇がくっつく。

「……テリー」

 あたしの体ごと振り向かせ、クレアが顔を寄せてきた。

(……あ)

 香水の匂いがする。

(……テリーの花の、香水)

「んっ」

 唇が重なる。

「ん、……ん……」

 クレアがキスしたまま、あたしをベッドに座らせた。唇を離せば、お互いの息が肌に当たる。

「テリー……」

 クレアがあたしの顎を優しく掴む。

「今年の仮装、……どうだ?」
「……まるで闇に堕ちたロザリー人形みたい」
「……可愛い?」
「ええ。すごく似合ってるし。可愛い。ヤキモチ妬くくらいよ」
「……もう一回言って?」
「……すごく似合ってるし、可愛い」
「もう一回」
「……すごく似合ってる」
「その後」
「……可愛い」
「♡♡♡!!!!」

 クレアが両頬を押さえ、もだえた。

「っっっ♡♡♡!!!!」

 あたしに抱きつき、すりすりしてくる。

「……もう一回……」
「可愛い」
「っっっっ♡♡♡!!!」
「あんた、可愛いって言われ慣れてるでしょ」
「もう一回言って?」
「だめ。何度も言ったら飽きるでしょ」
「もう一回言って? もう一回だけ」
「クレア」
「……だめ?」

(うっ)

 惚れた弱みとはこのことか。

「……」

 クレアに向き直して、正面から目を見て言う。

「愛しくておかしくなりそうなくらい、可愛いわ。クレア」
「……」

 頬を赤らめたクレアが目を伏せた。

「……もう……」

 そのままあたしに抱きつき、押し倒した。

「ちょっ」

 ベッドと背中がこんにちは。

「むふっ!」
「ダーリン……」
「クレア、重い」
「ね、キスして? んっ」
「んむっ」
「はあ。……もう一回して? ちゅ」
「むにゅっ」
「はあ。ダーリン、もう一回」
「ちょ、クレア」
「ダーリンったらいけない人。恋人のあたくしを口説き落とそうだなんて。仕方ないな。全く。ちゅ」
「ん、んむっ」
「ダーリンも可愛い。すっごく可愛い。ね、キスして。ちゅ」
「く、クレア……」
「ちゅ、むちゅ、むにゅ、ちゅ、むにむに」

(待て待て待て待て! 窒息する窒息する窒息する!!)

「ま、待って……」
「ダーリン。ん!」
「んっ」
「はあ……♡ はあ……♡ ダーリン、くち、あったかい……♡」
「ま、まって、クレア、息が、むっ」
「んっ」
「んうっ」
「ダーリン、口開けて? もう……あたくし……」

 ぷちんと、あたしの衣装のボタンが一つクレアに外された。

「テリーの中に入りたい」
「待てっつってんだろ!!」

 クレアが吹っ飛ばされた。

「はぶっ」

(だ、黙ってれば好き勝手触りやがって……!)

 キッ! と睨んで振り返る。

「見せたいものがあるんでしょうが! おら! 出せ!」
「……つまらん奴だ」

 クレアが再びぽっと頬を赤らめた。

「あたくしの心に悪戯するなんて、覚えておくがいい……」

(……悪戯した記憶はないのだけど……)

「……あの……」

 クレアが引き出しから何かを出し、ベッドに戻ってきた。

「……これ……」
「……手紙?」
「キッドの手紙は燃やされてしまうからな。燃やされないように、あたくしが心を込めて書いた」
「……そう」

(クレアが、あたしに心を込めて……)

 ……きゅん。
 また小さく胸が鳴ったあたしは手紙を見下ろした。

「……ありがとう」
「……うん」
「……読んでも良い?」
「……」

 クレアが顔を真っ赤にさせて、こくりと頷いた。

「……うん」
「……それじゃあ……」

 あたしは可愛らしい封筒から手紙を取り出し――白い目で黙った。


 ダーリンへ
 ハッピーハロウィン。
 お前のことを想ってこの手紙を書きます。
 大好き。愛してる。今すぐ会いたい。夜の星空を眺めていたらダーリンの顔を思い出します。火を見ているとお前の赤い髪を思い出して、胸がときめきます。夜はお前のくしゃみをする寸前の顔を思い出して自慰をしてます。お前が来た時にあたくしが行為をしたベッドの上にお前が乗ることを想像してまた今宵も自慰をする予定です。いつかお前とお風呂に入りながらしたいです。一緒に入ってお前の裸を眺めながら自慰を見せる行為をしたいです。お前のあそこやここやあんなところの毛をカミソリで剃ってみたいです。それで羞恥にもだえるお前の姿をこの目に焼き付けたいです。恋人になったから恋人らしいこともしたいです。一つのジュースを二人で愛のストローで飲んでみたいです。そしたらお前のつばとあたくしのつばがそのジュースの中に溶け込んで混ざり合ってこれこそ二人が一つになる瞬間。コートのポケットにお前の手を突っ込んで握り合いたいです。たくさんデートもしたいです。お前の下着の中にローターを入れてデート中にリモコンで操作したいです。もだえるダーリンはさぞ可愛いことでしょう。逆に、ダーリンがそれをあたくしにしたいというのなら、それでもいいです。あたくしはお前の手の中にあるリモコンで操られ、もだえることでしょう。全く。今いやらしい想像をしただろ。ダーリンのえっち。でもそれくらい愛されているということ。あたくしはなんて幸せ者なのでしょう。もうダーリンがいないと生きていけない。愛してる。ずっとダーリンのことが頭から離れない。ベッドの中で自慰する時はあたくしを想ってしてね。あたくしのヌード写真を入れておきます。この写真を飴のように舐めてしてね。ああ、想像するだけでどきどきしてきた。だって、お前があたくしの裸を舐めて一人でいやらしい行為をするなんて。よければ感想聞かせてください。繰り返しとなりますが、ダーリン、ずっと大好き。この先もよろしくね。

 あなたの愛しいハニーより。


 ――あたしは手紙を破った。

「ふんぬ!」
「あっ!」

 あたしは手紙とヌード写真を暖炉に捨てた。

「ああ! せっかく撮ったのに!」

 クレアが鬼の形相であたしを見下ろした。

「貴様、何をする!」
「てめえが何してるのよ!!」

 写真と手紙が灰となっていく。

「あなたに手紙を書かせたらろくなことがないわ。キッドの手紙は寒気がするし、あなたの手紙は欲望にまみれたR18レター!」
「自分の欲望を恋人に伝えて何が悪い! せっかく心を込めて書いたのに! 服だって脱いで、あられもない姿で撮ったのに! 燃やすなんて酷い! あたくしは、お前をこんなに愛してるのに!」
「うるせえ! お黙り! 手紙と聞いて期待したあたしが馬鹿だったわ!」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだぞ!」

(あー、出た出た! またこれよ!)

 大丈夫大丈夫。気持ちを落ち着かせて……。相手は、愛しいクレア。

「クレア、手紙は人様に見せてもいいような文章で書きなさい。キッドの時に何度もやってるでしょ」
「やだ! そんな他人行儀な関係! あたくしとお前は、二人で一つなのに!」
「だからってあの手紙はない」
「な……」

 喧嘩の鐘が鳴った。

「嫌い!」
「ああ、そう! 嫌いなの!」
「嫌い!」
「あっ、そう! じゃあ、ハロウィン祭には一緒に行かないのね!」
「なんでそうなるんだ!」
「あなたが嫌いって言ったんでしょ!」
「ばか!」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿になるって知らないの!? ばーか!」
「嫌い!」
「巨人!」
「チビ!」
「トリプルAの66!」
「ぐっ! こ、この……!」
「何よ!」
「この、ビッチ!!」
「な、な、なんですってぇーーー!」
「性欲魔人!」
「それはてめえだろうが!」
「ばか!」
「てめえがばかよ! ばかばかばかばかばーかばか!!」
「きぃいいいいやぁあああああああ!!!」

 二階が騒がしくなり、家が揺れる。しばらくしてじいじが時計を見て、ゆっくりと立ち上がり、二階に上り、扉をノックした。

「二人とも、祭りに行くのではないのか?」

 じいじが扉を開けると、泣きぐずるクレアと、それを抱きしめてあやすあたし。背中をとんとん叩きながら、じいじを横目で見る。

「……クレアの化粧を直してから行くわ」
「そうかい」
「あと三十分くらいで出るから」
「ああ、わかったよ。……クレア、テリーを困らせるんじゃないぞ」
「だっで! デリーが……! デリーが悪いがらぁ……!」
「じいじ、ごめんなさい。二人で話す」
「うむ」

 じいじが扉を閉めた。

「……ほら、クレア、つけまつげが取れてる」
「ぐぬぬぬぬぬ!」
「セーラがいたらなんて言うかしらね」
「……」
「……ごめんね。クレアちゃん」
「……いいよ。……あたくしもごめんね。ダーリン……」
「いいよ」
「……ぎゅってして」
「ん」

 仲直りのハグをする。

「……キスもして……」
「……ん」

 顔の角度を変えて、クレアに唇を押し付ければ、クレアがようやく大人しくなる。濡れた目はしっかりとあたしを見つめ、また涙を流す。

「……ずびっ」
「メイク直しましょう」
「……」
「座ってて。……メイク道具どこ?」

 クレアがベッドの下から宝箱を引っ張り出した。びっくり箱かと思いきや、メイク道具が揃って入っていた。

「……こんなところに隠してたなんて」
「……テリー、もう一回……」
「ん?」
「ずびっ。……もう一回、して」
「……はいはい」

 あたしはもう一度、クレアにキスをした。


(*'ω'*)


 死者を祝うパレードが始まる。
 さあ、お祝いしましょう。今日はハロウィン。死者を弔うお祭りだ。

「見て。テリー」

 丘の上で、花火を見る。

「今年も綺麗だ」

 クレアが半分のりんごをかじる。

「こいつはいい。街に光る明かりがヒトダマのようだ。ふわふわしていて、とても明るい」

 花火が鳴る。

「死者を弔う祭りだと言うが、死者も花火を見て綺麗だと思うのだろうか。ぜひ感想を聞いてみたいものだ」

 花火が形を作って弾ける。

「テリー、見てみろ。かぼちゃだ」

 楽しそうなクレアが隣にいる。キッドではなく、あたしが恋をするクレアが。

「また来年も一緒に見れると良いな」

 流石に未来のことまではわからないわよ。

「お前は嫌か?」

 ……。

 あたしは黙って半分のりんごを食べる。

「ねえ、嫌なの?」

 クレアがりんごの半分をかじる。

「まさかメニーと見たいとかほざくのではないだろうな」
「なんでメニーが出てくるのよ」
「お前がシスコンだからだ」
「……ばか」

 クレアの手に、手を重ねる。クレアの肩がびくん! と飛び上がった。あたしは花火を見る。横から痛いくらいの視線を感じる。あたしは無視して花火に集中する。

「……」

 クレアが指を絡めてきた。だからあたしもそれを受け入れる。

「……ダーリン」

 呼ばれて、クレアを横目で見た。そこには、花火の光に反射されて、美しく光るクリスタルが、頬を赤らめてあたしを見つめていた。

「また……来年も一緒に過ごしてくれるか?」
「……来年、一緒にいるかなんてわからないじゃない」

 お互い、喧嘩を重ねて、嫌いになって、別れてるかもしれない。

(……でも……)

 願わくば、また、

「……でも、できれば、……また一緒に過ごしたいって、今なら思う。……キッドじゃないわよ。クレア限定ね」
「……テリー、こっち来て」
「……ん」

 クレアに引っ張られ、彼女の肩に頭を乗せる。クレアの手は、あたしの肩に乗せられた。

「……なんかキッドみたい」
「これが落ちつくんだ」
「……クレアよね?」
「ここでキッドになったら、お前怒るだろ」
「当たり前でしょ」
「……なら、キッドにはならん。あたくしのままでいる」
「……ええ。そうしてちょうだい。あたしのクリスタル」

 クレアの体温が心地良い。
 クレアの手の重さが落ち着く。
 花火が鳴る。
 綺麗に光る。
 だけど、ここから見上げたら視界に映るクレアのほうが、とても綺麗に見える。

「……クレア」
「ん?」
「トリック・オア・トリート」
「えっ」

 お菓子は、戦利品が詰まったバスケットの中。あたしの横。

「……」

 クレアが期待の目であたしを見た。

「……」

 目を瞑り、あたしに唇を突き出した。

「……」

 クレアが待った。

「……」

 クレアが瞼を上げた。

「……」

 クッキーをもぐもぐ食べるあたしがクレアを無視して花火を眺めていた。

「おい」

 クレアが剣を抜き、あたしの首に刃を向けた。

「自分から言っておいて何もしないとは何事だ」
「何よ。悪戯よ。何もしないのも悪戯のうちなのよ。特にあなたはそのほうが効きそうだわ」
「そういうことならあたくしからしてやろう! トリック・オア・トリート!!」
「はい」

 あたしは即座にクッキーを差し出した。

「お菓子」
「……」
「いたずらしないで」

 クレアの目が据わった。

「だめだ」
「えっ」

 今度は、あたしの番。クレアに草の上に押し倒された。

「ちょ」
「悪い女め」

 クレアがあたしの手からクッキーを奪い、バスケットの中に投げ入れた。

「鞭ばかりでは愛は育たん。砂糖をくれないなら、強制的にいたずらしてやる」
「クレア、重い!」
「失礼な」
「どいて! 花火が終わっちゃうでしょ!」
「黙れ」

 クレアが顔を近づかせた。

(あ)

 美しいクリスタルが光る。

「花火よりも、あたくしを見ろ」

(……見てるわよ)

 どんな時だって、クレアだけよ。

(ま、調子に乗るから言わないけど)

 あたしが瞼を閉じると、直後にくるのは、温かな唇。花火の音。愛おしくなり続ける胸の音。

 ハロウィンは、今宵もおばけで彩られる。

 願わくば、また、あなたと。
 未来は、まだわからないけれど。







 来年もまたあなたと END
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