上 下
54 / 139
キッド

低気圧な日々

しおりを挟む

 雪ばかりが続く。今日も雪。なんだか頭痛がしてくる。気がつけば雪。晴れてるけど胸がもやもやする。今日は雪。湿気が多いとビリーが言ってた。雨かと思いきや、雪だ。

 雪がしんしんと降り続く。

(だる……)

 ベッドから抜け出せない。

(……)

 クッションを抱きしめてみる。違う。あいつはもっと固い。枕を抱きしめてみる。そうそう。こんな感じの安心感がある。シーツに潜ってみる。ああ、この中で二人で丸くなっていたい。

(テリー)

 ハロウィン祭の時には、この家にいただなんて。

(テリー)

 想いは募っていくばかり。

(会いたい)

 なんでこういう時に限って暇なんだろうな。

(10月はクソみたいに忙しかった。最近くらい何もなければ、もっとテリーの側にいられたのに。父さんのせいだ。祭りなんかやろうって言うから)

 もっとこの胸の中に閉じ込めて、二人だけの世界に耽っていたのに。

(……くそ)

 気だるい。体が重い。

(あー)

 ごろんと寝転がる。その先には壁。ここにテリーがいたらどうだっただろうか。

(確信が持てる。俺はテリーと丸くなって寝てただろうね)

 抱きしめたい。
 会いたい。
 声が聞きたい。
 あのひねくれたにらみ顔が見たい。

(テリー)

 目を瞑ればいる気がした。

(テリー)

 こんな時でも三代欲求が。ムラムラしてくる。仕方ないよ。だって健全な18歳だもん。

(……しよ)

 睨んでくるテリーを思い浮かべながら、キッドがシーツの中に潜った。


(*'ω'*)


 バレないように変装して、城下町を歩き回る。何か変わったことはないだろうか。ああ、そうだ。そろそろ帽子を買いに行こう。アリーチェは店にいるかな。お菓子でも持っていけば、喜んでくれるかもしれない。

(……ん)

 その瞬間、キッドのテリーセンサーが反応し、髪の毛が一本、ぴんと立った。

(この気配は!)

 にやりとしてそっちに向かえば、確かにいた。妹を隣に引き連れて。

「メニー、いいこと。動物の観察は癒やし効果にも繋がるのよ。あたしはね、メニー、癒やし効果が本当に適用されるかどうか試しているの。決してねずみを好きで見てるわけじゃないのよ」
「お姉ちゃん、飼うの?」
「飼わないわよ。こんなみすぼらしい汚いねずみなんて。飼うわけないでしょ。何がいいのよ。あたしを見てくるつぶらな瞳を、愛くるしいなんて思ってないんだから!」

(ああ、いたいた)

 またねずみを見てるのか。あいつは。

(飼えばいいのに)

「あ、動いた! メニー! ねずみが動いたわ! 見て! 尻尾を振ってる! あたしに、なにか言いたげだわ! お腹が空いてるみたい!」
「お姉ちゃんってねずみの気持ちがわかりそうだよね」
「はあ? わかるわけないでしょう? このねずみがチーズを食べたがってるなんて、あたし、そんなの知らないんだから!」
「お前が飼って食べさせてあげたら?」
「貴族令嬢がねずみなんて、飼うないでしょうが!」

 テリーが振り向く。その先にはにこりと笑うキッド。テリーがきょとんとして、ひゃっ! と悲鳴をあげて、メニーを背中に隠し、すさまじい睨みをキッドに向けた。

「現れやがったな! この巨人!」
「巨人はソフィアだろ」
「こんにちは、キッドさん」
「こんにちは、メニー」

 にこりと笑えば、メニーもにこりと笑う。中では笑顔かどうかは知らないが。

(残念だけど、用があるのはメニーじゃないんだな)

 小さな婚約者を見下ろす。

「ね、テリー。ここで何やってるの? 散歩?」
「なんだっていいでしょ。買い物よ」
「馬車もなしに?」
「馬車ならあるわ。向こうに」
「なるほど。家族で買い物してて、時間が余ってたから暇を潰してたんだ」
「見てたの!?」

(すごい。合ってたのか)

 あー。テリーの背中にいる女の子からの睨みが今日もすごいなー。にこにこ笑いながらよくそんな目が出来るよな。

(君はテリーの何なのかな?)

 ただの妹だろ?

(残念。俺は、婚約者)

 テリーの手を握りしめる。

「テリー、5分だけ時間ちょうだい」
「あ?」
「ね。お願い」

 引っ張ると、簡単にテリーが引っ張られていく。

「ちょ」
「おねがーい」
「おまっ」
「お願い、お願い」
「メニー!」
「お願いお願いお願いお願い」
「お願いじゃなくて、これ、強制……!」 
「ちょ、キッドさん、お姉ちゃ……」

 キッドが指を鳴らすと、ダンスチームが現れた。

「そーい! そーい!」
「どっこいしょー!」
「あわわわわ!」
「あーーー! メニーが上半身裸の男たちに囲まれたーーー!」
「大丈夫大丈夫」
「メニー! 大人しくしてなさい! すぐに戻るから!」
「大丈夫だよ。5分だけだから」
「あんたね!」

 テリーが路地裏に引っ張られた。

「ぎゃっ!」

 建物の裏に進んでいく。

「ちょ、てめ、どこまでい……!」

 キッドがテリーを抱きしめた。

「むぎゅ!」

(ああ)



 やっと、落ち着いた。



 静かな路地裏。
 静かな風。
 静かな曇り空。
 唯一、静かじゃないテリーが胸を叩いた。

「くたばれ!」
「はいはい」

 抱きしめれば、愛おしくなる。

「何の用よ。お前、城にいるんじゃないの?」
「今月に入ってから俺の仕事がなくてね」
「あ、そう」
「会えてよかった」

 キッドがきつくテリーを抱きしめる。

「会いたかった」
「……誰にでも言ってるんでしょ」
「テリーだけだよ」

 信用ないな。過去の行動が悔やまれる。

「俺にはテリーだけ」

 ぎゅっと締め付ければ、テリーが大人しくなる。

「……」

 テリーが何を思ったのか、ちらりとキッドを見上げた。

「……なに?」
「ん?」
「どうかしたの?」
「んー」
「……まさか!」

 テリーが目を見開いた。

「ビリーの体調が悪いの!? ああ! なんてこと! すぐにお見舞いに行かなきゃ!」
「違う」
「……まさか! リトルルビィ!? ああ! 何かあったのね! あの子ったらいっつも世話が焼けるんだから! 今行くわ!」
「違う」
「……ソフィアに、とうとう彼氏ができた!?」
「違う」
「……じゃあ、何よ。なんでそんな顔してるのよ」
「顔?」
「お前の顔よ」

 テリーが手を伸ばし、そっと、キッドの頬に触れた。

「すごく寂しそうな顔してるから」

 キッドがきょとんと瞬きした。テリーがそれを見て目を逸らした。キッドの口角が自然と上がっていく。そうそう。これこれ。これだよ。この感じ。

「それはね」

 この胸がいつまでも高鳴って鳴り止まない感じ。

「ずっとテリーとこうしたくて、やっと出来たから、安心してるんだ」
「くたばれ」
「心配してくれたの?」
「心配なんてしてない。そんなことだろうと思ってた。ほら、退いた」
「まだ5分経ってないよ」

 離さない。

「テリー」
「ちょ」

 離さない。

「やだっ」
「誰も見てないから」

 その唇にキスを。

「っ」

 テリーが胸を押してくる。だったらキッドは位置を逆転させて、テリーを壁に押し付ける。

「んっ!」

 閉じ込められたテリーにはなすすべはない。ひたすら、甘いキスをされる。

「……はっ……!」
「鼻で息して」

 口を塞げば、生意気な声。

「離して!」
「やだ」

 抵抗なんて無意味だ。

「あっ……」

 その唇を塞ぐ。
 そうすれば、ようやく心が落ちつく。
 そうすれば、ようやく安心する。

(テリーの唇)

 塞ぐ。

(テリーの)

 塞ぐ。

(テリー)

 テリーしか見えない。
 キッドの脳内はテリーで支配される。
 狂っていく。

「……もう5分だ」

 手を離した。

「じゃあね。テリー」

 頭に手をぽんと置いて、キッドがその場から離れていく。ダンスチームと共に、去っていった。メニーは急いで路地裏に走った。そこには、腰を下して、顔が赤くなったテリーが座り込んでいた。

「お姉ちゃん!」
「…… 」
「大変! お姉ちゃんがゆでだこになってる!」

(……あの腹黒……!)

 あんな顔であんなキスされたら、

(……くそ……)

 胸のドキドキがどうしても止まらない。息を止めたからだ。きっとそうだ。呼吸困難になって、空気を求めてるんだ。そう思って、テリーはゆっくりと鼻呼吸を始めた。

 一方その頃、キッドは唇の感触を思い出していた。

(やわらかかった)

 テリーの唇。

(可愛かった)

 テリーの声。

(エロかった)

 テリーの顔。

(……ああ、あのまま誘拐すればよかった)

 誘拐して、誰にも見つからない場所にテリーを隠して、幸せに暮らすの。

(なんて、素敵なんだろう)

 夏になればテリーの誕生日がくる。夏になれば、彼女は15歳となる。

(15歳になれば)

 結婚ができる。

 にた、とキッドの口角が上がる。

「テリー、愛してるよ」

 口から吐いた声が、どこから吹いてきた風に呑まれて、消えていった。なんだか、春が近づく匂いがした気がした。






 低気圧な日々 END
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~

さとう
ファンタジー
 町の電気工事士であり、なんでも屋でもある織田玄徳は、仕事をそこそこやりつつ自由な暮らしをしていた。  結婚は人生の墓場……父親が嫁さんで苦労しているのを見て育ったため、結婚して子供を作り幸せな家庭を作るという『呪いの言葉』を嫌悪し、生涯独身、自分だけのために稼いだ金を使うと決め、独身生活を満喫。趣味の釣り、バイク、キャンプなどを楽しみつつ、人生を謳歌していた。  そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!  これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。

王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T
ファンタジー
☆毎日更新中☆  護衛任務の際に持ち場を離れて、仲間の救出を優先した王都兵団のダンテ(主人公)。  依頼人を危険に晒したとして、軍事裁判にかけられたダンテは、なぜか貴族学校の教員の職を任じられる。  疑問に思いながらも学校に到着したダンテを待っていたのは、五人の問題児たち。彼らを卒業させなければ、牢獄行きという崖っぷちの状況の中で、さまざまなトラブルが彼を襲う。  学園魔導ハイファンタジー。 ◆◆◆ 登場人物紹介 ダンテ・・・貴族学校の落ちこぼれ『ナッツ』クラスの担任。元王都兵団で、小隊長として様々な戦場を戦ってきた。戦闘経験は豊富だが、当然教員でもなければ、貴族でもない。何かと苦労が多い。 リリア・フラガラッハ・・・ナッツクラスの生徒。父親は剣聖として名高い人物であり、剣技における才能はピカイチ。しかし本人は重度の『戦闘恐怖症』で、実技試験を突破できずに落ちこぼれクラスに落とされる。 マキネス・サイレウス・・・ナッツクラスの生徒。治療魔導師の家系だが、触手の召喚しかできない。練習で校舎を破壊してしまう問題児。ダンテに好意を寄せている。 ミミ・・・ナッツクラスの生徒。猫耳の亜人。本来、貴族学校に亜人は入ることはできないが、アイリッシュ卿の特別措置により入学した。運動能力と魔法薬に関する知識が素晴らしい反面、学科科目が壊滅的。語尾は『ニャ』。 シオン・ルブラン・・・ナッツクラスの生徒。金髪ツインテールのムードメーカー。いつもおしゃれな服を着ている。特筆した魔導はないが、頭の回転も早く、学力も並以上。素行不良によりナッツクラスに落とされた。 イムドレッド・ブラッド・・・ナッツクラスの生徒。暗殺者の家系で、上級生に暴力を振るってクラスを落とされた問題児。現在不登校。シオンの幼馴染。 フジバナ・カイ・・・ダンテの元部下。ダンテのことを慕っており、窮地に陥った彼を助けにアカデミアまでやって来る。真面目な性格だが、若干天然なところがある。 アイリッシュ卿・・・行政司法機関「賢老院」のメンバーの一人。ダンテを牢獄送りから救い、代わりにナッツクラスの担任に任命した張本人。切れ者と恐れられるが、基本的には優しい老婦人。 バーンズ卿・・・何かとダンテを陥れようとする「賢老院」のメンバーの一人。ダンテが命令違反をしたことを根に持っており、どうにか牢獄送りにしてやろうと画策している。長年の不養生で、メタボ真っ盛り。 ブラム・バーンズ・・・最高位のパラディンクラスの生徒。リリアたちと同学年で、バーンズ家の嫡子。ナッツクラスのことを下に見ており、自分が絶対的な強者でないと気が済まない。いつも部下とファンの女子生徒を引き連れている。

異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア
ファンタジー
突如異世界『ルーファス』に召喚された一ノ瀬凍夜ーは、5年と言う年月を経て異世界を救った。そして、平和まで後一歩かと思ったその時、信頼していた仲間たちに裏切られ、深手を負いながらも異世界から強制的に送還された。 それから3年後、凍夜はクラスメイトから虐めを受けていた。しかし、そんな時、再度異世界に召喚された世界は、凍夜が送還されてから10年が経過した異世界『ルーファス』だった。自分を裏切った世界、裏切った仲間たちがいる世界で凍夜はどのように生きて行くのか、それは誰にも分からない。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

ミュージカル小説 ~踊る公園~

右京之介
現代文学
集英社ライトノベル新人賞1次選考通過作品。 その街に広い空き地があった。 暴力団砂猫組は、地元の皆さんに喜んでもらおうと、そこへ公園を作った。 一方、宗教団体神々教は対抗して、神々公園を作り上げた。 ここに熾烈な公園戦争が勃発した。 ミュージカル小説という美しいタイトルとは名ばかり。 戦いはエスカレートし、お互いが殺し屋を雇い、果てしなき公園戦争へと突入して行く。

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

年増公爵令嬢は、皇太子に早く婚約破棄されたい

富士とまと
恋愛
公爵令嬢15歳。皇太子10歳。 どう考えても、釣り合いが取れません。ダンスを踊っても、姉と弟にしか見えない。皇太子が成人するころには、私はとっくに適齢期を過ぎたただの年増になってます。そんなころに婚約破棄されるくらいなら、今すぐに婚約破棄してっ! *短篇10本ノック3本目です*

処理中です...