冷たい花は温もりを知らない

知里

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第3話

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「で? どうだったんだ鷲見」

 何が、とは聞かなかった。聞くまでもなく転入生の事だと理解していたから。
 職員室を後にし、現在鷲見がいるのは生徒会室。入って真正面にある仰々しい座席が生徒会長専用のもので、右に副会長。その2人の座席を囲うようにして左右に書記、会計、補佐の座席がある。
 副会長以外の座席が全て埋まっている事から察するに理事長は鷲見が転入生を迎えに行っている間に彼らを呼びつけていたらしい。
 生徒会の特権の1つである公欠を利用したのだろう。理事長自らその使用を促したようだし今回の件はそれほど重要なのかと鷲見は1人思う。

「おいてめぇ、俺を無視すんなよ」

 問いかけに答えずにいた鷲見に中央の座席に座っている青年が苛立たしげに吐き捨てる。彼の名前は梵 來人そよぎ らいと。秋桜学園の生徒会長を務める鷲見と同じ3年生だ。少々短気な所がたまに傷だがそのカリスマ性と人を見る目は恐らくこの場にいる誰よりも優れている。

「申し訳ありません会長。どうだったか、でしたね。『私は彼が気に入りましたよ』」

 淡々と鷲見は答える。やはり最後の言葉は台詞地味ていて本心からの言葉でない事が窺える。それに生徒会の人々が気づくかはまた別の話だが。
 鷲見の答えに場の全員がぽかんと口を少し開けた状態で惚けている。それもそのはず、鷲見が誰かを気に入るだなんて事は今までなかったからだ。誰に対しても平等と言えば聞こえはいいが、鷲見はそんな生易しいものじゃあない。興味がないんだ。本当に何に対しても誰に対しても。

「お前がそんな事言うとはな……おもしれぇ」

「会長に賛同するのはなんか嫌だけどぉ、本当に珍しいよねぇ。れーちゃんがそんな事いうのぉ」

「ねぇねぇ昼休みに転入生のクラスに行こーよ!」

「ねぇねぇ昼休みに転入生に会いに行こーよ!」

「……ほんと、珍しい、ね」

 上から会長の梵、会計を務める2年の筒香 律つつごう りつ、補佐を務める1年の兄の橘 遙稀たちばな はるき、弟の橘 遙真たちばな はるま、書記を務める2年の阿比留 理貴あびる りき
 惚けていたのはほんの数秒ですぐさま各々が思ったままに言葉を口にする。いきなり一斉に喋り始めた彼らだがそれぞれが特徴のある喋り方であるため、聞き分けるのはさほど難しくない。慣れというのもあるが。
 結果その場は昼休みに転入生に会いに行くという事で決定し、各々自身の教室へと戻って行った。 

会長と副会長の2人を残して。



□□□□□□□□



「さっきはあんな事言ってたが鷲見、お前本当に転入生が気に入ったのか?」

 近くにあった書類を整理し終え、そろそろ自分も行こうかと言うところで後ろから声がかかる。ちらりとそちらに視線を寄越すと、たまに見せるやけに真剣な梵の顔がそこにはあった。灰色の瞳は目の前の鷲見を見ているようでその実、心まで覗かれているような心地になる。

(不快感はない……けど)

 それはあくまで自分に心がないからだ。心のある人間からすれば覗かれるだなんてたまったものじゃないはず。だからそう感じない自分にはきっと心がないんだと思う。
 それは別に昔酷く辛い過去があったせいで心を閉ざした、だとかそういう理由じゃない。元々、そうなのだ。だからこそ思う。『鷲見怜佳』という人間は心を持たない欠陥品なのだと……。

「さぁ、どうなんでしょうね」

 脈絡もなく唐突にそう思った。が、そこまで考えて俺はそれを捨てた。つい先程まで考えていた思考そのものを捨てた。あれは不要なものだ。考えても仕方がないことをいつまでも考えているのは無駄でしかない。そんなものはさっさと捨てて、それで終いだ。
 梵からの2度目の問いかけには曖昧に答えた。から言われていたのはもう既に終わっているから、わざわざ同じ台詞を3度も繰り返す必要はないと感じたのだ。
 俺の答えに梵は一瞬その灰色の瞳を大きく見開いた。まるで予想外だと言わんばかりに。
 そして小さくふっと笑い、そうかと一言零したのを見て俺は今度こそ生徒会室を出た。
 出るまでの間、梵がこちらを見ているのは気づいていたが、声をかけられる訳でもないのでスルーしたままそこを後にする。
 だから、か。梵が淡く熱を持った瞳で見つめていたことを知らない。その瞳が挑戦的な色を持った直後に零された言葉も知ることはなかった。

 鷲見が生徒会室を出た直後、梵がふいに零した言葉は誰にも聞かれることなく空気に溶けた。
 
「必ずお前も知らないお前の心を暴いてやるよ」



□□□□□□□□



 ある人が言った。お前はつまらない人間だと。
 ある人が言った。お前は他人の心がわからない冷たい人間だと。
 ある人が言った。お前は心を持たない美しいただの人形だと。

 またある人が言った。『お前は地位も名誉も誰も彼もを簡単に魅了してしまう美貌も何もかも全てを持ち合わせて生まれてきたから、生まれてきてしまったから、代わりに心がないんだよ』と。

 それは『鷲見怜佳』がこれまでの人生の中で幾度となく言われてきたことだ。
 誰に言われただとかは一々覚えていない。気にもしていない。ただそれを思い出すのが億劫になるくらい何度も何度も言われてきた言葉で非常に馴染みのある言葉だった。

(あぁでもだけは)

 時折見る記憶ゆめの中で見かけるあの子だけは鷲見に対してそんな言葉を投げかけたことはなかった。本当に1度たりともない。
 あの子のことを考えると妙にポカポカする自身の心臓。やはりそれが心地よくて鷲見は静かに目を閉じる。久しぶりに感じる心地良さに縋りながら……抗うこともせず静かに眠りに落ちていく。

 日々の職務で疲れが溜まっていたのだろう、鷲見は授業中であるにも関わらず眠っている。けれど教師も生徒もその場にいる誰もがそんな彼を起こすことも咎めることもしない。
 昼下がりの教室で窓から入ってくる光に照らされる鷲見の姿はさながら絵画のようで、ある者はあまりの神々しさに失神し、またある者は赤面しこれ以上ないくらいガタガタとその身を震わせ、またある者は荒々しく鼻で息をしながらその光景をどこからともなく出したスケッチブックに描き始める。

 後にその場にいた教師は溢れ出る鼻血をなんとか抑えながら語ったらしい。

「私たちの元に天使が舞い降りた」 と。
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