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6.浮かんでくる色
しおりを挟むフィリップ様が魔の物の討伐に向かってしまうと魔女の試験はあっという間にやってきた。
「ジャスミン、いつものように精霊に祈れば大丈夫だよ」
師匠の穏やかな声に送り出された私は、最後の試験になる魔女の雫を作る控え室で待っているのだけど、ちっとも落ち着かなくてそわそわしてしまう。
「はあ……――――」
ゆっくり息を吐いた。
きらきらした雪の結晶が描かれたローズ色の缶を取り出して、そっと表面をなでる。手のひらに収まるクリスマス柄の小さな缶は、討伐に向かう日に涙を拭ってくださったフィリップ様からいただいたものだ。
何個でも食べたくなるキャンディの薄い包み紙をひらいて口に入れる。ふんわりした苺の香りが鼻を抜け、舌の上で甘酸っぱい甘みと緊張する気持ちがゆっくりとけていく。
名前を呼ばれて部屋に入ると三名の試験官が待っていた。
「見習い魔女のジャスミンです。本日はよろしくお願いします」
深くお辞儀をすると馴染みのある薬草とハーブの香りが揺れ、試験官の魔女が口をひらく。
「ここにある薬草とハーブを使って回復薬を作ったあと、魔女の雫を作ってください」
「はい!」
机に並べられた薬草とハーブを端から確認すると、怪我や解熱によく効く小さなルビー色の果実が誘うように、きらりと光って見えた。迷うことなく宝石のような実を摘み取り、火傷や解毒緑など足りない効果のある薬草を選んで回復薬になるように調節していく。
竃の釜に手をかざして水の不純物を取り除いて魔力を通しやすくする。
ぷつぷつ泡がのぼる明るいコーラルレッドの水面をゆっくりかき回しながら魔力を注ぎ、ルビー色の果実と若草色、ざくろ色の薬草を順番に入れて魔力と練っていく。すべてを入れ終わり精霊たちに聞かせるように歌う。
「精霊よ ここにあつまり 魔女は願う 水の精霊はつどい 火の精霊はゆらし 植物の精霊はいやす 魔女はここに願う」
魔力を注ぎ終え、ゆっくり水面をかき混ぜる。ゆらりと虹色に光りながら鮮やかな宝石のガーネットみたいな色に変わっていくのを確認できると、思わず安堵の息をついた。
完成した回復薬を底から掬ってガラス瓶に三つ移すと試験官の魔女たちの前に置く。
「回復薬を提出します。次は魔女の雫を作ります!」
魔女の雫を作るのに必要な回復薬を残した釜の前で背筋を伸ばした。
目をつむれば、浮かんでくるのはどうしたってフィリップ様のことばかり……。
ゆっくりまぶたをひらいて、おまじないを唱える。
「魔女は願う 大切な人の 無事を求めて ここに祈る」
最初は憧れだったのに、気づいたら好きになっていた。言葉を交わすだけでしあわせな気持ちになるこの恋は、私にきらきらする宝物をたくさん与えてくれた。
フィリップ様が魔の物の討伐から無事に戻ってきますように、心からの祈りと魔力をゆっくりと注ぐ。
「闇の精霊はねむり 光の精霊はてらして 大地の精霊はみちびき すべての精霊よ 大切な者を生かし 護りの力をあつめ 魔女はここに祈る――」
試験まで毎日のように失敗の黒焦げを作っていたのに、遠くにいるフィリップ様に祈りが届くようにおまじないを唱えていると近くに精霊たちがいるのを感じた。
目には見えないけれど、おまじないを唱えるたびに回復薬の水面が輝いてラベンダー色に染まるとラピスラズリ色に変化する。
精霊たちが笑うように、サファイアブルー色からフォレストグリーン色にゆらりとうつろい、カナリアイエロー色がぱちぱち弾けてアプリコット色になった後、きらきら煌めいてスカーレット色の小さな雫の形をした『魔女の雫』になった。
今までで一番精霊を近くに感じることができたけれど、まさか、こんなに素敵な魔女の雫ができたなんて夢みたいで実感がさっぱり湧かない。
すごくすごく会いたい人の瞳とお揃いの色に輝く魔女の雫をそっと大切に小瓶へ入れるとぽわり、と淡く光っている。
「ジャ、ジャスミン……、ま、魔女の雫を提出します――っ!」
ふるふる震える声と両手でどうにか魔女の雫を提出した――。
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