上 下
5 / 7

5.願いをこめる色

しおりを挟む
 
 訳がわからないまま首を傾げると、なんとも言えない沈黙が流れる。

 動かなくなった指が気に入らないルーナが身じろいで音もなく、すとんと着地したみたいだった。
 見えないルーナに戸惑っているとプルンバーゴの枝がもぞもぞ動き出して、ひょこり顔を現した。

 あんなところに抜け道があったなんて知らなくて、まじまじと見ていたらルーナが、たたっと駆け寄ってきたので切り株を降りてラベンダーの籠を置いて腕を広げる。それなのにルーナは手前にある日向に止まって毛繕いをはじめてしまった。猫は気まぐれというけれど気まぐれすぎて目眩がする。

「――フィリップ副団長! 早く戻ってください!」

 遠くからフィリップ様を呼ぶ声が聞こえてくる。
 気になって切り株に戻ると孔雀のようなピーコックブルーの髪色の騎士様が急いでこちらに向かっていた。
 視線を戻すと僅かにフィリップ様の眉が寄っていたが、すぐに何かに気が付いたように表情を和らげてこちらを見つめ返してくる。

「ジャスミン、俺に恋人はいない。幼馴染と呼べるのはジャックという男だけで、そいつには妻も子供もいる」
「えっ、あ、あの……あれ? それじゃあ、昨日聞いたのは……?」

 混乱したまま疑問を口にすれば、フィリップ様は目を細めてにこりと微笑んだ。

「フィリップ副団長! どれだけ探し――」
「こいつは、幼馴染の恋人がいてクリスマスにプロポーズをする予定のフィーリプ副隊長だ。騎士の剣に誓って嘘はついていない」

 騎士様にとって一番の誓いをされてしまい動揺して視線が二人の顔を交互に何度も泳いでしまう。
 フィーリプ副隊長が苦笑いを浮かべてうなずいた。

「副隊長のフィーリプです。名前が似ているので、よく間違えられます――事情はよく分かりませんが、フィリップ副団長にずっと恋人がいないのは保証します」

 明るいピーコックブルーの目で興味深々に見つめられ気まずくてうつむいてしまう。

「フィーリプ、名前を改名しろ。それから彼女をジロジロ見るな、減るだろう。すぐに戻るからもう帰れ」
「ええ? 本当に早く戻ってきてくださいね」
「わかったわかった」

 ため息をつくフィーリプ副隊長をひらひらと手のひらで追い返すと、フィリップ様にまっすぐな眼差しを向けられる。

「ジャスミン、誤解は解けただろうか?」
「あ、あの、本当にすみませんでした……」
「いや、誤解が解けたならよかった。名残惜しいが、そろそろ行かないとだな――」

 眉尻を下げて困ったようにあごを触るフィリップ様の姿に、切なそうな声に、先ほどの言葉を思い出して心臓がどきどきと早鐘を打ちながら身体が熱くなっていく。
 フィリップ様の視線に、勘違いした恥ずかしさと誘われた嬉しさで茹だるくらいに熱を帯びた顔を両手で覆った。

「にゃあ!」

 毛繕いを終えたルーナが籠の中にあるラベンダーを一本咥えて私を見上げる。ルーナが選んだなら私の摘んだ中で一番いいものに決まっている。

「っ! フィリップ様、少しだけ時間をください」

 ルーナからラベンダーを受け取り、細い茎の先に紫色の小さな花を今にも咲かせそうな花穂に語るようにおまじないをささやく。

 女王のハーブと呼ばれるラベンダーは様々な効果があるが、魔の物を寄せず、遠ざける。魔の物の討伐に私ができることは、なにひとつないけれどフィリップ様の無事を願わせてほしかった。

「魔女は願う 植物の精霊はよりそい 禍は遠ざけ 無事を祈る 魔女はここに願う」

 魔力をゆっくり吸い込ませていくと花穂がきらきら煌めきラベンダーが澄んだように香り立った。紫をずっと濃くしたサファイアブルーの光の粒子がすう、とひとすじ青空にとけていくと香りがぴたりと消え去る。
 精霊の力を借りて魔の物にだけ届くようにしたラベンダーを青の小花を刺繍をしたハンカチにそっと包んで、フィリップ様に差し出した。

「フィリップ様、禍を遠ざけるよう精霊にお願いしてあります。どうか気をつけて……」
「ジャスミン、ありがとう」

 フィリップ様と視線が絡み、口をひらこうと思うのにうまく言葉が出てこなかった。目の前にいるフィリップ様を見ているだけで心臓が跳ねて、視界がにじんでしまう。
 それでも、どうしても伝えたくて……。

「あ、あの、えっと、わ、私――薬師の魔女になったらフィリップ様と一緒に食事をしたいです……まだ、大丈夫でしょうか……?」
「もちろんだ! すぐに討伐を終わらせて、クリスマスまでに戻ってくるから待っていてほしい」

 ふわりと微笑んだフィリップ様のあたたかな親指が私の目尻にたまった涙を優しくぬぐった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ドジっ子のうさみみメイドは、なぜか強面魔王さまの膝に転んじゃう

楠結衣
恋愛
強面な魔王さまに拾われたうさぎ獣人のメイドは、頑張って働いて大好きな魔王さまのお役に立ちたいのに、いつも失敗ばっかり。 今日も魔王城で一生懸命働くつもりが、なぜか強面魔王さまの膝の上に転んじゃって……。 「全く、お前は俺に抱かれたいのか?」 「も、も、申し訳ございませんんん!!!」 強面なのに本音がポロポロこぼれる魔王さまとうさみみをぷるぷる震わせるドジっ子うさぎ獣人メイドのいちゃこら溺愛ハッピーエンドです。 ✳︎一話完結の短編集です ✳︎表紙イラストは、りすこ様に描いていただきました ✳︎管澤捻さまのツイッター企画『#架空の小説タイトルからイラストを描く』で参加した架空のタイトル「ドジっ子うさぎちゃんメイドは頑張って働きたいのに、なぜか強面魔王さまの膝の上に転んじゃう」におはなしを添えたものです。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】黒伯爵さまに生贄として嫁ぎます

楠結衣
恋愛
多額の借金を抱えた子爵家のマーガレットに黒い噂のあるセイブル伯爵から縁談が舞い込み、借金返済と弟の学費のために自ら嫁ぐことになった。 結婚式を終えると家令の青年からこの結婚は偽装結婚で白い結婚だと告げられてしまう。そんなある日、マーガレットは立ち入り禁止の地下室に入ってしまったのをきっかけに家令の青年と少しずつ心を通わせていき……。 これは政略結婚だと思って嫁いだマーガレットが、いつの間にか黒伯爵さまに愛されていたという夫婦の恋のおはなしです。 ハッピーエンド。 *全8話完結予定です♪ *遥彼方さま主催『共通恋愛プロット企画』参加作品です *遥彼方さまの異世界恋愛プロットを使用しています *表紙イラストは、星影さき様に描いていただきました♪

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

ストーカー騎士に言い寄られていますが、正直迷惑です!! 【完結済み】

皇 翼
恋愛
王宮魔導士・エルカを手に入れたくて仕方がない恋にトチ狂った騎士・オルフェとその溺愛が疑わしく、向けられるその感情から逃げ出したい少女のお話。 ・短編です。 ・内容紹介入れ忘れてたのを記入しました(2020/08/11) ・ストーカー騎士にデロデロに甘やかされて〜からタイトルを変更しました。 ・2020/09/25完結。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】後輩くんは、キツネ顔

楠結衣
恋愛
キツネ顔の後輩くんと先輩の私のおはなし。 「先輩、大切な話があるので二人で会えませんか?」 キツネ顔の後輩くんとラインでやりとりする内に……。 私視点とキツネ顔の後輩くん視点のお話です。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

処理中です...