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登龍門を泳ぐ
聖女と意外なキス
しおりを挟むまわりの景色がどんどん大きくなるのに驚いたけれど、身体を抱きしめる腕が見当たらない。
「っ! っ?! っ、っ……! ~~~~っ?!?!」
ノワルを呼ぼうと思ったのに声も出せなくて、口がぱくぱくするばかり。どうしたらいいのか分からなくて、ぷるぷる震えていると、目の前に大きなノワルの顔が現れた。
「花恋様、大丈夫だよ」
「~~~~っ?!」
「龍の実を食べたら呼吸できるからね。あーん、してごらん」
言われた通りに大きく口をひらくと、龍の実を差し出されてパクリと食べる。途端に、身体中に空気が巡る感覚がして呼吸が楽になった。
「鯉はエラ呼吸だから、水中にいないと呼吸がうまくできないんだよ」
ノワルの両手に収まっている私を心配そうに見つめてくるノワルに、ヒレを動かして抗議する。そういう大切なことは、最初に教えてほしかった。えい、てい、えい、と慣れないヒレを動かす。
「ごめんね、花恋様。鯉になったらすぐに川に入れるつもりだったんだけど、鯉になった花恋様がすごく可愛くて……怖い思いさせて本当にごめんね」
申し訳なさそうに眉尻を下げて謝るノワルを見たら、胸が甘くきゅんとうずいた。声が出ない代わりにノワルの優しい手のひらに身体を預けて、もう大丈夫なことを示せば、柔らかな温もりに包まれる。
「ああ、もう、花恋様は本当にかわいいね……」
頭上から囁くような声が聞こえて、鯉の小さな口にノワルがちゅ、とキスをした。鯉の姿でキスされるなんて思ってもいなくて、あまりに驚いて口をぱくぱくしていたら、鯉の頭にキスされる。
「鯉の花恋様も好きだよ」
にっこり微笑むノワルと見つめあうと、ゆっくり顔が近づいてきて改めてキスされた。なんだか胸の奥がくすぐったくて甘い。
それから、ノワルが川ほとりにしゃがみ込むと、優しく川の中に鯉の私を入れる。
「ロズとラピスがいるから、大丈夫。ゆっくりヒレを動かして泳いでごらん」
泳げるかどうか心配だったけど、ノワルの言葉を信じて尾ヒレを動かしてみた。流れがあまりない川だからなのか、尾ヒレを動かすとすぅと前進する。身体の横についている胸ビレを動かすと行きたい方向に曲がることがわかった。
「……すごい」
スイスイ泳げる鯉に驚いて、ひとり言をこぼしたら声になっていてまたびっくりしてしまう。ぱくぱく口を開けたり閉めたりしても、全然むせないし、鯉ってすごい。
「カレン様」
「かれんさまー!」
「ロズ、ラピス……っ!」
鯉に感心していると、ロズとラピスの声が聞こえてきて、胸ビレを使ってくるりと回転した。ロズとラピスに早く会いたくて尾ヒレを精一杯動かしてスイスイ泳ぐ。
「かれんさまーかわいいなのー!」
「えっ、本当?! 自分では見えないから分からないんだよね」
川に入れてもらう前にノワルに見せてもらえばよかったと思いながら、私のまわりをくるくる泳ぐラピス鯉に答える。
「カレン様もわたしたちと同じ九紋龍と呼ばれる錦鯉ですよ」
「わああ、そうなんだっ」
「そうなのーおそろいなのよー!」
嬉しそうなラピスにつられてにこにこ笑顔になってしまう。くるんくるんの髪の毛はないけれど、ゆらゆら揺れる胸ビレを撫でる。
「真っ白な体と雲のような模様はお揃いでして、雲の色はピンク色ですよ」
「そうなんだ、かわいいね……っ!」
ロズとラピスとお揃いなんて嬉しくて、ラピスの真似をしてくるくる泳いでから、先ほどの疑問を口にした。
「ねえねえ、鯉は、水の中だと話せるの?」
「かれんさまー鯉になるとー水のなかではなせるのよー!」
地上の時は、どんなに声を出そうとしてもぱくぱく口が動くだけだったから、不思議な感覚がする。
「わたしたちが話しているのは、鯉言葉なので水中で話すことができます。それから、今は、カレン様が魔力で変化しているので、わたしたちは念話でも話すことができますよ」
「念話ってテレパシーのことだよね? えっ、すごい……っ! どうやってやるの? 話してみたいなあ」
テレパシーなんて格好いいというか、憧れちゃう。やってみたくてうずうずしてロズを見たら、鯉なのに色っぽく笑みを浮かべた。
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