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村を泳ぐ
聖女は返事に困ってしまう
しおりを挟む揺らめく熱に射抜かれるように目が離せない。
鼻をくすぐる瑞々しい春の匂いとゆっくり近づく真っ赤な熱に捕らわれて、甘い感触に惹かれるように目をつむるほんの少し前。
「ちょ、ちょ、ちょっと! お、おれたちのこと忘れるなよ!」
真っ赤なロズの瞳に負けないくらい真っ赤に染め上がったオーリ君が一番小さいグーラ君の若草色の両眼を塞いで、叫んだ。
「ひゃああ! ご、ご、ごめんね! えっと、これは、その、べべべつに変なことをしようと思ったわけじゃなくて、その、えっと、あの……、と、とにかく、ごめんなさい……っ!」
オーリ君に負けないくらい真っ赤に染め上がっていると思うくらい顔が痛くて熱い。恥ずかしくて大きな声で謝ると両手で顔を覆った。
ロズの瞳に引き寄せられて、回りがまったく見えていなかった。この前の宴のときも初めは恥ずかしかったのに、ノワルが食べさせてくれるロズのご飯が美味しくて、結局みんながいたのを忘れてキスしたことを思い出して、羞恥で血が沸騰しそうなくらい熱くなる。
「カレン様」
優しくロズに名前を呼ばれても恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。
ふるふると首を左右に振っていると、もう一度「カレン様」と柔らかな手つきであやすように髪をひと撫でされる。窺うように指の隙間から覗けば、優しい赤い瞳と見合う。
「それで、カレン様は姫さまとお会いしたいですか?」
真っ直ぐな赤い眼差しに問われ、大きくこくんと頷いた。
ベルデさんが命をかけても救いたいと思ったお姫さまに一度会ってみたいなと思っていた。体調がいまいちなら仕方ないけれど、元気で会う機会があるなら迷うことなんかない。
片想いなら仕方ないけれど、もし二人が両想いだとしたら、どうして結ばれたらだめなんだろうと気になってしまう。余計なお世話だろうけど、気になって村まで来たのだから折角なら確かめたい。
ロズが満足そうに笑みを浮かべると、ゆっくりオーリ君に視線を移した。
「オーリ殿」
「な、なんだよ?」
オーリ君が赤い顔で口を曲げている。グーラ君は両眼をふさがれていたのが嫌だったのか、若草色の髪を揺らしながら身をよじって光を手に入れて、眩しそうにぱちぱち瞬きをしている。
「ひとつ、頼まれていただけませんか?」
「……あのな、清めの儀式によそものは入れないんだよ」
ロズがなるほど、と頷くと困った顔をした私を見つめ、あやすように髪を撫でられる。その柔らかな手つきに村の決まりなら仕方ないなと小さく諦めの意味を込めて頷きながら、ロズを見つめる。
ロズが目を細め私の黒髪を梳き撫で終わると、オーリ君に笑みを深めてゆっくり微笑む。
「オーリ殿、カレン様とキスをしそびれてしまいました」
「……っ! わ、わかったよ! 聞いてくるだけだったら、いいぞ。それで、だめならだめなんだぞ!」
「ええ、構いませんよ」
ふわりと花がほころぶように笑うロズに見惚れていると、耳元ぎりぎりに唇を寄せられる。
「変なことの続きしようか——?」
「……っ!」
耳元で囁くようにくすりと笑われ、吐息が耳をくすぐると心臓が、どきん、と大きく跳ね上がる。
落ち着いていた熱が再び顔に集まり始め、視線が左右に揺れてしまう。そんな私に構わずにロズの細い指が頬をなぞりながらゆっくり顎に手をかける。
目尻に涙が浮かび、にじむような視線の先に見えるのは真っ赤な熱で、捕らわれたように目が離せない。
「だ、だからっ! 俺たちいるんだって! そ、そ、そういうのは、二人きりの時にしろよ!」
茹でたこのように真っ赤に茹だったオーリ君が大声で叫んで、はっと我に返る。
恥ずかしさで言葉が出てこないでいると、ロズが涼やかに口を開いた。
「ああ。まだいたのですか?」
「い、いたよっ! むしろ、ずっといたよ! ああ、もう! 今から、今すぐ聞いてくればいいんだろう!」
オーリ君がグーラ君の手を握り、興味津々そうに深緑色の瞳を輝かせるデーイ君の首根っこを掴んだ。
「ほら、ラピスも行こう!」
「ぼくはいいよだぜーなのー」
「だ、だめだって! こ、こんな、いちゃいちゃなんて、子どもは見ちゃいけないんだからな!」
「ぼくだっていちゃいちゃしてるんだぜーなのー」
「ラピスのは、ほっぺたにちゅーとかだろう? ロズ兄ちゃんやノワルさんみたいな、いちゃいちゃなんてしてないだろ! ほら、早く一緒に行くぞ!」
デーイ君にグーラ君を任せると、ぷくっと頬を膨らませたラピスの手をぎゅっと掴まえて、オーリ君は風のように扉へ向かい始めた。
ラピスが私に助けを求めるように視線を投げるものの、なんて言ったらいいのか、おろおろと迷っている内にロズがオーリ君に言葉を投げる。
「オーリ殿」
「な、なんだよ! まだ、なにかあるのかよ?」
「村長殿に、勝利酒をご用意出来ますよ、とお伝えください」
「……っ! わかった! ああ、すごくいいな、それ」
オーリ君が大きく頷いて、嬉しそうに笑った。
扉に手をかけたオーリ君にロズがもう一度話しかける。
「オーリ殿」
「まだ、何かあるのか?」
「赤熊のとっておきの部位が残っているのですが」
「まじか? よしっ、俺に任せとけって! 昼飯までに戻るから! いちゃいちゃはほどほどにして、ちゃんと用意しておいてくれよな! ロズ兄ちゃんの飯、めっちゃ旨いもんな!」
ベルデさんみたいに、ニカっと笑顔を見せてオーリ君は意気揚々と出ていった。腕を引っ張られたラピスがちらりと振り返ると唇を尖らせた拗ねた表情で、「べー」と舌を出した——。
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