上 下
37 / 95
村を泳ぐ

聖女は返事に困ってしまう

しおりを挟む


 揺らめく熱に射抜かれるように目が離せない。
 鼻をくすぐる瑞々しい春の匂いとゆっくり近づく真っ赤な熱に捕らわれて、甘い感触に惹かれるように目をつむるほんの少し前。

「ちょ、ちょ、ちょっと! お、おれたちのこと忘れるなよ!」

 真っ赤なロズの瞳に負けないくらい真っ赤に染め上がったオーリ君が一番小さいグーラ君の若草色の両眼を塞いで、叫んだ。

「ひゃああ! ご、ご、ごめんね! えっと、これは、その、べべべつに変なことをしようと思ったわけじゃなくて、その、えっと、あの……、と、とにかく、ごめんなさい……っ!」

 オーリ君に負けないくらい真っ赤に染め上がっていると思うくらい顔が痛くて熱い。恥ずかしくて大きな声で謝ると両手で顔を覆った。
 ロズの瞳に引き寄せられて、回りがまったく見えていなかった。この前の宴のときも初めは恥ずかしかったのに、ノワルが食べさせてくれるロズのご飯が美味しくて、結局みんながいたのを忘れてキスしたことを思い出して、羞恥で血が沸騰しそうなくらい熱くなる。
 
「カレン様」

 優しくロズに名前を呼ばれても恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。
 ふるふると首を左右に振っていると、もう一度「カレン様」と柔らかな手つきであやすように髪をひと撫でされる。窺うように指の隙間から覗けば、優しい赤い瞳と見合う。

「それで、カレン様は姫さまとお会いしたいですか?」

 真っ直ぐな赤い眼差しに問われ、大きくこくんと頷いた。

 ベルデさんが命をかけても救いたいと思ったお姫さまに一度会ってみたいなと思っていた。体調がいまいちなら仕方ないけれど、元気で会う機会があるなら迷うことなんかない。
 片想いなら仕方ないけれど、もし二人が両想いだとしたら、どうして結ばれたらだめなんだろうと気になってしまう。余計なお世話だろうけど、気になって村まで来たのだから折角なら確かめたい。

 ロズが満足そうに笑みを浮かべると、ゆっくりオーリ君に視線を移した。

「オーリ殿」
「な、なんだよ?」

 オーリ君が赤い顔で口を曲げている。グーラ君は両眼をふさがれていたのが嫌だったのか、若草色の髪を揺らしながら身をよじって光を手に入れて、眩しそうにぱちぱち瞬きをしている。

「ひとつ、頼まれていただけませんか?」
「……あのな、清めの儀式によそものは入れないんだよ」

 ロズがなるほど、と頷くと困った顔をした私を見つめ、あやすように髪を撫でられる。その柔らかな手つきに村の決まりなら仕方ないなと小さく諦めの意味を込めて頷きながら、ロズを見つめる。
 ロズが目を細め私の黒髪を梳き撫で終わると、オーリ君に笑みを深めてゆっくり微笑む。

「オーリ殿、カレン様とキスをしそびれてしまいました」
「……っ! わ、わかったよ! 聞いてくるだけだったら、いいぞ。それで、だめならだめなんだぞ!」
「ええ、構いませんよ」

 ふわりと花がほころぶように笑うロズに見惚れていると、耳元ぎりぎりに唇を寄せられる。

「変なことの続きしようか——?」
「……っ!」

 耳元で囁くようにくすりと笑われ、吐息が耳をくすぐると心臓が、どきん、と大きく跳ね上がる。
 落ち着いていた熱が再び顔に集まり始め、視線が左右に揺れてしまう。そんな私に構わずにロズの細い指が頬をなぞりながらゆっくり顎に手をかける。
 目尻に涙が浮かび、にじむような視線の先に見えるのは真っ赤な熱で、捕らわれたように目が離せない。

「だ、だからっ! 俺たちいるんだって! そ、そ、そういうのは、二人きりの時にしろよ!」

 茹でたこのように真っ赤に茹だったオーリ君が大声で叫んで、はっと我に返る。
 恥ずかしさで言葉が出てこないでいると、ロズが涼やかに口を開いた。

「ああ。まだいたのですか?」
「い、いたよっ! むしろ、ずっといたよ! ああ、もう! 今から、今すぐ聞いてくればいいんだろう!」

 オーリ君がグーラ君の手を握り、興味津々そうに深緑色の瞳を輝かせるデーイ君の首根っこを掴んだ。

「ほら、ラピスも行こう!」
「ぼくはいいよだぜーなのー」
「だ、だめだって! こ、こんな、いちゃいちゃなんて、子どもは見ちゃいけないんだからな!」
「ぼくだっていちゃいちゃしてるんだぜーなのー」
「ラピスのは、ほっぺたにちゅーとかだろう? ロズ兄ちゃんやノワルさんみたいな、いちゃいちゃなんてしてないだろ! ほら、早く一緒に行くぞ!」

 デーイ君にグーラ君を任せると、ぷくっと頬を膨らませたラピスの手をぎゅっと掴まえて、オーリ君は風のように扉へ向かい始めた。
 ラピスが私に助けを求めるように視線を投げるものの、なんて言ったらいいのか、おろおろと迷っている内にロズがオーリ君に言葉を投げる。
 
「オーリ殿」
「な、なんだよ! まだ、なにかあるのかよ?」
「村長殿に、勝利酒をご用意出来ますよ、とお伝えください」
「……っ! わかった! ああ、すごくいいな、それ」

 オーリ君が大きく頷いて、嬉しそうに笑った。
 扉に手をかけたオーリ君にロズがもう一度話しかける。

「オーリ殿」
「まだ、何かあるのか?」
赤熊レッドベアーのとっておきの部位が残っているのですが」
「まじか? よしっ、俺に任せとけって! 昼飯までに戻るから! いちゃいちゃはほどほどにして、ちゃんと用意しておいてくれよな! ロズ兄ちゃんの飯、めっちゃ旨いもんな!」

 ベルデさんみたいに、ニカっと笑顔を見せてオーリ君は意気揚々と出ていった。腕を引っ張られたラピスがちらりと振り返ると唇を尖らせた拗ねた表情で、「べー」と舌を出した——。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜

アマンダ
恋愛
「世界を救ってほしい!でも女ってバレないで!!」 え?どういうこと!?オカマな女神からの無茶ぶりに応え、男の子のフリをして―――異世界転移をしたミコト。頼れる愉快な仲間たちと共に世界を救う7つの至宝探しの旅へ…ってなんかお仲間の獣人騎士様がどんどん過保護になっていくのですが!? “運命の番い”を求めてるんでしょ?ひと目見たらすぐにわかるんでしょ?じゃあ番いじゃない私に構わないで!そんなに優しくしないでください!! 全力で逃げようとする聖女vs本能に従い追いかける騎士の攻防!運命のいたずらに負けることなく世界を救えるのか…!? 運命の番いを探し求めてる獣人騎士様を好きになっちゃった女の子と、番いじゃない&恋愛対象でもないはずの少年に手を出したくて仕方がない!!獣人騎士の、理性と本能の間で揺れ動くハイテンションラブコメディ!! 7/24より、第4章 海の都編 開始です! 他サイト様でも連載しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!

綺咲 潔
恋愛
クリスタ・ウィルキンスは魔導士として、魔塔で働いている。そんなある日、彼女は8000年前に聖女・オフィーリア様のみが成功した、生贄の試練を受けないかと打診される。 本来なら受けようと思わない。しかし、クリスタは身分差を理由に反対されていた魔導士であり婚約者のレアードとの結婚を認めてもらうため、試練を受けることを決意する。 しかし、この試練の裏で、レアードはクリスタの血の繋がっていない妹のアイラととんでもないことを画策していて……。 試練に出発する直前、クリスタは見送りに来てくれた騎士団長の1人から、とあるお守りをもらう。そして、このお守りと試練が後のクリスタの運命を大きく変えることになる。 ◇   ◇   ◇ 「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」 「お断りいたします」 恋愛なんてもう懲り懲り……! そう思っている私が、なぜプロポーズされているの!? 果たして、クリスタの恋の行方は……!?

【完結】黒伯爵さまに生贄として嫁ぎます

楠結衣
恋愛
多額の借金を抱えた子爵家のマーガレットに黒い噂のあるセイブル伯爵から縁談が舞い込み、借金返済と弟の学費のために自ら嫁ぐことになった。 結婚式を終えると家令の青年からこの結婚は偽装結婚で白い結婚だと告げられてしまう。そんなある日、マーガレットは立ち入り禁止の地下室に入ってしまったのをきっかけに家令の青年と少しずつ心を通わせていき……。 これは政略結婚だと思って嫁いだマーガレットが、いつの間にか黒伯爵さまに愛されていたという夫婦の恋のおはなしです。 ハッピーエンド。 *全8話完結予定です♪ *遥彼方さま主催『共通恋愛プロット企画』参加作品です *遥彼方さまの異世界恋愛プロットを使用しています *表紙イラストは、星影さき様に描いていただきました♪

穏やかな日々の中で。

らむ音
恋愛
異世界転移した先で愛を見つけていく話。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱
恋愛
同級生に生活をめちゃくちゃにされた聖川心白(ひじりかわこはく)は、よりによってその張本人と一緒に異世界召喚されてしまう。 「聖女はどちらだ」と尋ねてきた偉そうな人に、我先にと名乗り出した同級生は心白に偽物の烙印を押した。そればかりか同級生は異世界に身一つで心白を追放し、暗殺まで仕掛けてくる。 命からがら逃げた心白は宮廷魔導士と名乗る男に助けられるが、彼は心白こそが本物の聖女だと言う。へえ、じゃあ私は同級生のためにあんな目に遭わされたの? そうして復讐を誓った心白は少しずつ力をつけていき…………なぜか隣国の王宮に居た。どうして。

処理中です...