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森を泳ぐ
聖女は薬湯に浸かる
しおりを挟む「んん、きもちいい……」
思わず声を漏らしてしまう。
あの後、ノワルに横抱きにされて家に入ったものの、力の抜けたまま身を預ける私に「一緒にお風呂に入る?」と顔を覗き込み、色気たっぷりに言われてしまう。
更に、ノワルの瞳が優しく細められ近づいて来て、私の顔が痛いくらい赤くなった。
「ひゃあ! む、無理だよ……っ!」
鼓動があり得ないくらいに速くなり、涙目で首を思いっきり横に振ると、くすくす笑い声を漏らして下ろしてくれた。
「ゆっくり温まっておいで。さっき採った菖蒲と蓬の薬湯にしてあるよ」
ノワルに優しくお風呂に案内され、こうして菖蒲と蓬が束ねられ、ぷかぷかと浮かぶ香り豊かで風情がある薬湯に浸かったところで、ふう、と息を吐いたところなのだ。
こわばっていた両手を伸ばし、お湯を弄んだ。
ぽかぽかと体の芯から温まってきた頃に、扉の向こうからノワルの優しい声が掛けられる。
「花恋様、お湯加減はどうかな?」
「ひゃあ! え、えっ、と……丁度いいです……」
まさか入浴中に声を掛けられるとは思っていなかったので、慌てて伸ばしていた脚を折りたたむ。
見られていないと分かっていても扉一枚しか隔てていないので、湯船の中でこれ以上ないくらい小さくなってしまう。
そんな私の気も知らないノワルの声が優しく響く。
「それならよかった。もう菖蒲の葉を頭とお腹に巻いた?」
「えっ? ま、巻いてないよ……」
「菖蒲の葉を頭に巻くと頭が良くなって、お腹に巻くと病気をしなくなると言われているんだよ」
「そうなんだ! じゃあ、やってみるね!」
ノワルに言われ、湯船に浮かぶ鮮やかな緑色の束を手元に引き寄せ、巻いてみるものの束になっているので意外と難しい。もたもたしていたらノワルに再び話しかけられる。
「花恋様、よかったら頭とお腹に巻いてあげようか?」
「だだだ、だ、だいじょうぶ、です!」
扉の向こうでノワルがくすくす笑う気配がした。
「そう、残念だな。それなら束の中から長い葉を一本取って、それを頭に巻いて鉢巻きにするといいよ。その後に『健康で頭が良くなりますように』っておまじないを唱えるんだよ」
「わかった! ノワル、ありがとう!」
言われた通り長い葉を引き抜いて、頭とお腹に巻いた。一本なら簡単に出来て、嬉しくなってしまう。
「健康で頭が良くなりますように!」
お祈りのポーズをしながらおまじないを唱えると、扉の向こうでノワルの柔らかく笑う声がした。
目元を細め、愛おしそうに笑うノワルの顔が見れないことを寂しく感じてしまう私は、薬湯に相当のぼせているのかもしれない。
「ちゃんと巻けてよかったね。のぼせないように上がっておいで」
「うん、……ありがとう」
薬湯でしっかり温まった後に、用意してくれた着替えに袖を通す。
ふわふわの肌触りの半袖パーカーに同じふわふわなショートパンツの組み合わせ。柔らかなふわふわな白色に優しいパステルボーダーの部屋着。ショートパンツの裾にちょんと金色の鯉のぼりの刺繍が入っていて、思わず笑ってしまった。
着替えが済んだら、今度は濡れたままの髪が気になる。
肩下の黒髪はちゃんと乾かさないと翌朝広がって大変なことになってしまう。見渡してもドライヤーが見つからないので、髪をタオルで簡単にくるっと巻いてリビングに向かった。
「お風呂、ありが……っ」
ありがとう、が最後まで言えなかった。
リビングの扉を開けたら執事服に身を包んだノワルと目が合った。
朝も同じ格好を見ている筈なのに、キラキラ光っているみたいで直視することが出来ない。
お風呂上がりなのに顔が赤くなるのが自分でも分かり、ますます視線を泳がしてしまう。
「花恋様、こっちにおいで」
ノワルが、にこりと笑って手招きをする。
その優しい笑みにときめきが積もってしまい、うまく足を動かすことが出来ない。
仕方ないな、と言うようにノワルの口許に笑みが浮かぶと、私に歩み寄りもう一度横抱きにしてソファに運んでくれる。
ソファーの座面ではなくノワルの膝に乗せられ、恥ずかしくてうつむくと、ゆるく巻いたタオルがすべり落ちる音がした。
しっとりと濡れた黒髪が肩にかかる。
ノワルは、私の顔にかかる一房の髪を掬い取ると、耳朶をなぞるように髪を耳にかけてくれる。
触れられた耳朶から熱が広がるみたいに、鼓動がうるさく音を鳴らし、涙目でノワルを見上げた。
「このままだと風邪引いちゃうから乾かそう」
「……うん」
「それとも、違うことする?」
「……うん」
ノワルの言葉に自然と、こくん、とうなずいていて、きゅっと瞼を閉じて上を向く。
ノワルがたまらずと言う感じにため息をついた。
「ああ、もう……。本当にかわいいね」
ノワルの甘くて温かな感触が唇に落とされた。
私はノワルに抱きしめられ、小指が甘いピンク色に煌めいたのは見えなかった。
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