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異世界を泳ぐ

聖女は異世界に放り出される

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 ぶるぶると怒りで震えていた国王陛下は、見た目から想像が出来ないくらい素早く、たっくんの鯉のぼりのポールの上で輝く金色のカツラを奪うと、さっと頭の上に装着した。
 私は、鏡を見なくてもカツラって完璧に乗せることが出来るんだな、なんて現実逃避をしている。

「おい、魔道士団長! この偽聖女を始末しろ」

 魔道士団長と呼ばれた人は、黒ローブに金糸の刺繍の人が震えながら国王陛下に近づいた。

「こ、こく、国王陛下……ぶぶっ、恐れながら、我々が黒魔法を使用すると……こ、こ、今後、……ぶはっ、聖女召喚の魔法が使えなくなるかと……」

 視線が彷徨い、私を見ては吹き出すのを必死に堪え、たっくんの鯉のぼりを見ては、肩を震わせていた。この人、笑い上戸じゃないだろうか。

「ああ、もういい! とにかく王都から追い出せ。二度と顔を見せれないようにしろ!」

 魔道士団長の今にも笑い崩れそうな様子に、茹でタコならぬ茹で豚になった国王陛下はそう言い捨てる。

「はっ! ぐふっ……では、マロン、代わりに……ぶぶ、た、たのむ……っ!」
「魔道士団長って笑い上戸だったんですね。まあ、確かに傑作でしたけどね。じゃあ、彷徨いの森に仮聖女ちゃんを移転させるのでいいっすかね?」
「ああ、ぶふっ……それで、良い」

 マロンと呼ばれた黒ローブの男性は、私に向き合うとぶつぶつ呪文を唱え始める。足元の魔法陣が淡く光り始める。

「——彷徨いの森へ」

 刹那。
 魔法陣が眩しく光り、ぐにゃりと視界が歪み、歪んだ視界の端に、ニヤニヤ笑う国王陛下の顔が見えた。

「ここ、どこなの?」

 視界の歪みが無くなり、気付いたら目の前に大きな湖がある木立の中に、たっくんの鯉のぼりを抱きしめて立っていた。

 今度はへなへなと草の上に座り込んだ。
 ピンクのスカートの上からチクチクした草の感触を感じる。今日のラッキーアイテムのピンク色の大きなリボンが目に入った。

「ラッキーアイテムなんて、嘘ばっかり……」
 
 ぽかぽかした陽射しが大きな湖に反射して、キラキラ煌めいていて、そよそよと心地の良い風が頬を撫でて行く。
 大学のサークルみんなでピクニックに来たい場所だな、と現実感がない頭に考えが浮かんだ途端に、一気に今までの出来事が頭に押し寄せる。

 思い出したら、もう駄目だった。
 目頭が熱くなると、頬を熱いものが伝って、涙がひと粒溢れ落ちる。
 一度溢れ出すと、次から次へと溢れて、止まらない。

「……っく、うう、……もう、やだよ。帰りたいよ、っく……みんなに会いたいよ……」

 私の涙はぽたぽたとたっくんの鯉のぼりにも溢れて行く。
 聖女召喚に巻き込まれ、異世界に連れて来られた私が唯一持っていた物は、このたっくんの鯉のぼりだけなのだ。皺になるのも構わず、ぎゅっと握り締めて泣いた。だって、もう、たっくんに鯉のぼりを返せないって知ってしまった。

 よく分からないまま偽聖女や仮聖女だと言われて、よく分からない森に飛ばされた。しかも元の世界に帰ることが出来ないってあのカツラ陛下が言っていた。
 これで泣かないなんて無理だよ。

 どのくらい鯉のぼりを抱きしめ、泣いただろうか?

 ——ぽわん……

 たっくんの鯉のぼりが淡く光り始めた。
 徐々に淡い光が煌めき始め、カッと強い光を放つ。
 あまりの眩しさにまぶたをきつく閉じる。

 瞼に感じる刺すような眩しさがなくなり、恐る恐る瞼を開けて、視界に入ったのは……

 黒髪と赤髪と青髪の浮世離れした綺麗な顔の三人組が立っていた。そして、なぜか、執事の服を着ていた。

「……だ、れ?」

 黒髪の美青年がゆっくり私に近付き、跪くと白い手袋を口で外す。その瞳は哀しそうにしていた。

 黒髪の襟足が長めで、ゆるくパーマがかかり、毛先が遊ぶように揺れる。今は見上げるように、しっとりした黒目で見つめられるが、先程立っていた時に背が高くて驚いた。一九〇センチはありそうだった。

 ひとつひとつの仕草が色っぽくて、惹きつけられたように目が離せない。

「遅くなって、本当にすまない。俺たちは、たつや様の鯉のぼりで、聖女様の聖獣です」

 白い手袋を外した手は、私の目尻に溜まる涙をするりと拭うと、そのまま口に運び、ペロリと涙を舐めた。
 今度は、色気たっぷりの瞳で黒髪の美青年は私をうっとり見つめてくる。

「ふえっ?」

 私の口から溢れたのは、色気の欠片も無い声だった。
 こんな色気だだ漏れの美青年に涙を舐められるなんて、完全に私の容量オーバーだ。
 男性経験のない私には、この美青年の仕草は刺激が強すぎる。

「抜け駆けなんて、この卑怯者め」
「ずるいのー!」

 赤髪の美少女が腕を腰に当てて黒髪の美青年を非難し、青髪の美少年がほっぺたをぷくっと膨らませて怒っていた。

 三人のやり取りを聞いていたら、急に体から力が抜けて、目の前が暗くなる。

「……っ、聖女様!」

 三人の焦った声が聞こえたが、そのまま私は意識を手放した——。
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