12 / 22
本編
12.やきもち
しおりを挟む学園祭が終わり、鮮やかな赤や黄色に染まった紅葉がポミエス学園を彩る頃には、メルヘンチックなカフェテリアにライアン王子とアンナ様がいるのが日常の風景になっていた。
いつものように魔術の授業前に職員室に行くと、アレックス様とアンナ様がとても難しそうな魔術式について熱心に語り合っている。
職員室の入り口で美男美女の虎獣人の2人に見惚れていると、わたしに気づいて話を切り上げたアレックス様とアンナ様がこちらにやってきた。
「ソフィア様、ごきげんよう。アレックス先生の説明がすごくわかりやすくて、ついつい話してしまってごめんなさいね。アレックス先生、また放課後にお願いします」
華やかに笑うアンナ様は薔薇の香りが漂っていて、立ち去る後ろ姿まで優雅で美しい。
こんなに聖女みたいな人を見かけたら王子もひと目惚れするのも当然だと思いながら、うっとりつぶやく。
「アンナ様は、本当に聖女様みたいに美しいですよね……」
騎士の訓練で怪我をした王子をアンナ様が光の魔術で癒す姿は、聖女そのものだと言われている。
「ライアン王子とアンナ様は、ロマンス小説に出てくる王子様と聖女様みたいですてきですよね」
「そうなんだね」
「ライアン王子は、アンナ様に騎士の誓いをするために鍛錬をすごく頑張っているみたいですよ」
「そうなんだね」
「ライアン王子は、アンナ様といつも一緒にいたくて空き時間のすべてを使ってカフェテリアで待っているなんて、すごく愛を感じますよね」
「そうなんだね」
うっとり瞳をつむり両手を組みあわせて、ほお、と息をもらすとアレックス様がものすごく近くに迫っていて心臓が大きく跳ね上がった。
「ソフィーは、ライアン王子に興味があるのかな?」
にっこり深い笑みを浮かべたアレックス様の質問に思わず首をこてりと傾げる。
「えっ、ロマンス小説みたいなので2人の恋は気になるけど、ライアン王子は特に――…あっ、でも、ひとつだけ、……っ!」
気づいたらなぜか壁に背中がどんっとぶつかっている。
アレックス様が肘を壁につき、わたしを離さないように囲っていて端正な顔はくっつきそうなくらい近い。熱を帯びている瞳から視線を逸らせなくて、体温が一気に上がるのがわかった。
「ソフィーは、王子のどこが気になるのかな?」
「あ、えっと、……お、王子がアンナ様を待っているカフェテリアのテラス席は、いつもエミリーとクロエと集まっていたお気に入りで、テラス席は魔術科が見えるから、もしかしたらアレク様が見えるかなって、いつも思ってて、だからあそこにずっと通っていて、あっ、あの、……今のは忘れてください……」
アレックス様の熱を持つまなざしに心臓がどきどき早鐘を打ちすぎて、言わなくていいことまで口走ったことに気づく。
いつもアレックス様を探していることをうっかり告白してしまった恥ずかしさに、たれ耳がぷるぷる震える。うさぎらしく脱兎のごとく逃げたいのにアレックス様に捕らわれてどこにも行けなくて、どうしたらいいのか本当にわからなくなって目の前にいるアレックス様にぎゅうっと抱きついた。
アレックス様の広い胸にたれ耳をぐりぐりこすりつけて羞恥を紛らわす。
「ソフィー、ちょっと待って……。僕の婚約者が本当にかわいすぎる……」
安心させるように大きな手でたれ耳をやさしく撫でられて、おずおず顔を上げた途端にあごをくいっと持ち上げられる。
「ソフィー、これからも僕だけを見ててね」
まっすぐにふたつの黒眼で見つめられ、かすかにうなずくと甘いキスが降ってきた。
アレックス様に魔術科の見えるカフェテリアのことを話してからライアン王子をメルヘンチックなカフェテリアで見ることはなくなった。
◇◇◇
冬の足音がどんどん近づいてきても、いつものように魔術の授業前に職員室を訪れる。
「っ……」
いつものようにアレックス様とアンナ様が熱心に魔術について語り合っていた。いつもと同じ美男美女が並ぶ光景なのに心臓がちくちく痛む。
ライアン王子がメルヘンチックなカフェテリアに現れなくなってからアンナ様と一緒にいるところをまったく見かけないので不仲や破局など色々な噂が流れていた。
お似合いすぎる美男美女に、たれ耳がぺったんと垂れさがっているとアンナ様からにこやか話しかけられる。
「ソフィア様、ごきげんよう。アレックス先生の話が興味深くて時間を忘れて話し込んでしまって……。それではアレックス先生、今日の放課後もお願いします」
薔薇の香りを残して軽やかに立ち去ったアンナ様が今日も美しすぎて、たれ耳がぺたたんと下がった。アレックス様は先生だから生徒と話すことは仕方ないのに、アンナ様のことがどうしても頭にちらついてしまう。
廊下を歩きながら、たれ耳をすんっと伸ばして、できるだけなんでもないように口をひらく。
「アレックス先生は、アンナ様をどう思っていますか?」
「アンナ嬢ですか? そうですね、アンナ嬢は目標に向かって頑張っているので応援していますよ」
「……そうなんだ」
すごく嬉しそうに答えるアレックス様を見たら、胸の奥でもやもやが広がってしまう。階段の踊り場で立ち止まったわたしの膨らんだ頬をアレックス様の両手が包みこみ上を向くように動かされた。
「ソフィー、これは、やきもちを妬いてくれていると思っていいのかな?」
「――――っ!」
甘い笑顔を浮かべたアレックス様にじっと見つめられるとじわじわ頬に熱がたまっていく。
「それとも、僕の気のせいだったかな?」
「う、ううん……。き、気のせいじゃない……」
「うん、ソフィーは素直でかわいくて、かわいいね」
アレックス様の醸し出す甘い予感にあわてて腕の中をすり抜ける。階段を数段あがって振り向くといつもは見上げているアレックス様の凛々しい顔がすごく近くにあって心臓がどきんと跳ねた。
「あ、あの、アレク様、目をつむってくれる……?」
真っ赤なわたしの顔が映る黒い瞳をとじたアレックス様の肩に手を置いてゆっくり顔を近づける。
「あのね、アレク様、……すき」
アレックス様にわたしの唇をそっと重ねる。ふれた体温から好きがとけあっていく。
やきもちに膨らんだわたしの気持ちは、アレックス様と触れあっていたら甘くしぼんで蕩けて消えた。
1
お気に入りに追加
929
あなたにおすすめの小説
前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。
……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍
バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。
全11話
悪役公爵令嬢のご事情
あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。
他のサイトにも投稿しております。
名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。
本編4話+外伝数話の予定です。
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!
石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。
ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない?
それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。
パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。
堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる