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7.プロポーズ

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「「――え?」」

 
 兄上と僕の声が重なる。ジェラール様のとんでもない発言に耳を疑う。

「あ、あの、ジェラール様、今なんて言いましたか……?」
「俺と結婚しろと言ったな」
「――えっと、結婚って、夫婦になる婚姻関係を結ぶ結婚でしょうか? え、あ、あの、勘違いでなければジェラール様が僕にプロポーズしているように聞こえるのですが……?」
「それであっている」
「ええっと、ジェラール様、僕は男ですよ」
「知っている。安心しろ、これは契約結婚の提案だからな」
「っ――」

 とんてもないことを当たり前のように話すジェラール様に困惑して、ただ見つめ返すしかできない。そんな僕に構わずジェラール様は、長い足をゆったり組み直した。
 驚いて固まる僕より先に口をひらいた兄上の声が低く響く。



「ジェラール筆頭、……本気ですか?」
「ああ、もちろん。エリオットの聖女の力は計り知れない。ハワード伯爵家では持て余すだろう――隣国や海を越えた皇女からの縁談を断るにも聖女との婚姻ほど相応しい理由はないからな。聖女は王族と結婚する習わしを存分に利用させてもらう」

 兄上の鋭い視線を浴びているはずのジェラール様は、なにも気にした様子も見せずにあっさり理由を告げた。怒っている兄上には申し訳ないけど、僕にプロポーズした理由が愛や恋ではなくて安堵する。

「それは――エリオットを利用するつもりですか?」
「双方に利益があってこその契約結婚だ。エリオットには不自由のない生活の保障、ノルマン子爵家とバイカル侯爵家から守ると約束しよう。白い結婚だが愛人は好きに持ってもらって構わない」
「なっ、我が家でエリーは守ります!」
「本当に平気か? 子爵家は問題ないだろうが、侯爵家は伯爵家には荷が重たいはずだ――その点、俺なら筆頭魔術師に加えて王弟という立場がある。物理と権力からも守ってやれるぞ」

 ジェラール様と兄上の視線がぶつかり合い、部屋の中に緊張が張りつめる。僕はオロオロと視線を二人の間を彷徨わしてから、思い切って声を上げた。

「あ、あの……! アンナとスティーブから守るってどういうことですか? 二人は僕なんかまったく気にしてないと思うのですが……」

 言っていて虚しくなるけど、二人は僕なんて眼中にないと思う。悲しいけど、昔も今も。だから、ジェラール様の契約結婚の提案にも驚いた以上に、僕を守るという発言に違和感を覚えてしまう。僕の不思議そうな顔を見た兄上が表情を和らげて口を開いた。

「婚約解消をする際に、ノルマン子爵家に持ち込んでいたエリーのハーブティーと刺繍を全て残らずに回収したんだ。エリーの癒しと祝福を十年間受けていたのに突然なくなると、どうなると思う?」
「……受けてなかった状態に戻るとか。あの、どうなるのですか?」

 まだ聖女の力に実感がないので、兄上の質問に首を傾げながら答える。

「そう。本来の状態に戻るんだ」
「本来に戻る、ですか?」
「ああ、つまり優秀だと言われていた事実自体が幻だったと気づくことになると思う」
「……はあ」

 あまりに突拍子もない話に曖昧な相槌を打つ。アンナは幼い頃からなんでも人並み以上にできていたし、スティーブも騎士としての才覚があったのを僕はずっと見てきた。兄上やジェラール様の話が嘘だとは思わないけれど、二人の優秀さが幻になるなんて想像もできない。

「信じられないって顔だね?」
「あ、えっと、そうですね……。兄上だってアンナの優秀さをいつも見てきたでしょう?」
「ああ、エリーの聖属性魔法の癒しと祝福を存分にもらっているにも関わらず、かろうじて上位に入るレベルしかない様子をずっと見てきたね」
「……へ?」
「エリー、今は信じられなくても、すぐに意味がわかると思うよ」

 いつものようににっこり微笑んでいるはずなのに、兄上を見ていると背中に冷たいものが落ちてなにも言えなかった。


 
 
「では、話が纏まったところで俺達の契約結婚についても決めようか。きちんとした契約魔術をするから安心してもらっていい」
「…………。へ?」

 まだ契約結婚の話が続いていたことに困惑しているのに、ジェラール様は落ち着いた様子で口をひらいた。

「突然没落をはじめた子爵家とお荷物になった三男を抱えた侯爵家――窮鼠猫を噛むというだろう? 助手よりにも筆頭魔術師で王弟の俺と結婚になれば、手を出すのは不可能になるからな。兄上陛下には俺から話しておこう」
 
 僕は慌てて首を横に振る。

「あ、あの、ジェラール様、申し訳ありません……っ! 僕はお互いに想いあう関係に憧れているのです……。そ、その、貴族なのに、と笑われるかもしれませんが――!」

 ジェラール様は僕の言葉に笑わず、顎に手を当ててから紫色の瞳を向けた。

「互いが想いあう関係を笑うわけないだろう。そうだな、俺も不誠実なことはしないと約束しよう」
「えっ、ええ?」
「地位も権力、それに美しさもある――俺のなにが不満だ?」

 心底不思議で仕方ないという眼差しで見つめられる。流し目の色気に男同士であるはずなのに、心臓がどきん、と跳ねた。恥ずかしくて言いたくなかったけれど、言わないと伝わらないと思って口をひらく。


 
「……も」

 掠れた声が言葉にならずに部屋に溶ける。
 
 
「ん? なんと言った?」
「…………子供がほしいのです。僕、子供が好きなので、血を分けた自分の子供がほしいのです……っ」
「なるほど――男同士ゆえの興味深い問題だな」

 大きな声で告げれば、なぜかジェラール様の口角が上がった。
 
「面白い、気に入った――その問題、俺が全力を尽くして取り組んでやろう」
「は……っ!?」
「天才魔術師と呼ばれる俺に不可能はない。俺とお前で子どもが持てるように研究してやる――それならいいだろう?」
「ええええ~~~!??!」
「いやいや、ジェラール筆頭! 流石に男同士の子作りは無理がありますよね!?」
「あ、兄上~~~!」

 ようやく加勢に加わった兄上に縋りつくしかない。ジェラール様、頭のネジがおかしくなってます……!!
 
「俺に不可能はない。もしできなければ、エリオットの望むような結婚相手を俺が責任を持って紹介してやろう」
 
 
「……ジェラール筆頭、研究の期限は一年間。仕事中にエリオットへ不埒な真似をしない、一年間エリオットを助手として雇い期限が過ぎた後にエリオットが望めば仕事も婚約者も紹介する。それから――」

 一度言葉を切ってから兄上が射抜くような眼差しをジェラール様へ向けた。
 
「わたしに片付け魔術の使用許可をいただける条件ならば婚約の話を受けましょう!!」
「あ、あ、兄上……!?!?」

 突然の兄上の寝返りに頭について行かず、ただただ兄上を見上げた。目があった兄上がパチンとウインクされたけど、意味がわからない。本当に訳がわからない。

 

「ああ、構わない――契約成立だな」

 僕は、ジェラール様と兄上が握手を交わすのをただ呆然と見つめた――。
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