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4.助手
しおりを挟む早速片付けを開始する。
まずは本棚の魔術書を並び直す。魔術に対する憧れはあったので、家の魔術書は大体読んでいた。なにが役に立つかわからないなと思いながら分類して並べる。床に広がる魔術陣が描かれた羊皮紙を集め、発動する魔術がわかるように一箇所にまとめておく。顔を出した兄上に魔術関連を確認してもらう。
なぜか床に点在するブランケットやクッションを拾い集め、埃を叩いてお日様に当てる。もちろん明らかなゴミは全て捨てていく。僕は、ローブの色が紺から白に変わりながら黙々と片付けを行った――。
「……終わったあ~~っ!!」
あまりの嬉しさにハタキとモップを持ったまま勢いよく万歳をする。手を挙げた拍子にハタキからふわふわと埃が落ちてきたのを見て苦笑いを浮かべた。折角綺麗になった部屋に埃を舞い上げないために両手をゆっくり下ろす。少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。
「……ああ、綺麗になった」
僕は部屋を隅から隅まで見渡した。整理整頓された資料棚、必要なものしか乗っていない机、なにも落ちていない床は磨き上げたから射し込む光で輝いている。僕の胸は、達成感で満たされていく。
「…………誰だ?」
突然、入り口の扉がひらき驚いて振り返ると、驚くほどの美丈夫が立っていた。王宮魔術師のみ着用できる黒いローブを身につけ、ノックをせず入室するのは部屋の主しかいない──ジェラール筆頭魔術師。
知的な紫色の瞳、雪原みたいに煌めく銀色の髪を後ろに流している。長身の兄上より背が高く、顔立ちは目を見張るほど整っていた。芸術品を見るように思わず見惚れてしまう。
「……おい」
「っ! す、すみません……っ! あ、あの、今日からジェラール様の助手をす、」
「ふん、白々しい。嘘をつくなら、せめてもう少しまともな嘘をつくんだな」
僕の言葉を遮り、鋭い声を発する。凍てつく視線に背筋が凍って、何か言わなくては思うのに口が上手く動かない。焦った僕の状況を見て、一層冷めた表情を浮かべたジェラール様が指をパチンと鳴らす。
「――出て行け」
「っ!? えっ、ええっ、ま、待ってくださいい……! あ、あにうえええ――っ!!!」
部屋の中にいるのに、ぶわりと突風が吹いてきて身体が宙に浮いた。手に持っていたハタキは一瞬で吹き飛ばされ、モップにしがみついた僕は浮き上がり一直線に扉へ向かっていく。兄上がいる隣の部屋の扉を視界の端に捉えて、精一杯の声をあげて助けを呼んだ。
「エリーどうし──!? ジェラール筆頭、不審者ではありませんので下ろしてください! 今日から新しい助手が来ると伝えてあったはずです」
「――覚えていない。何度もいうが助手は必要ない」
「絶対に必要ですよ! ほらほら折角の綺麗になった部屋を荒らさないでくださいね」
兄上の言葉に完全同意をしたい。折角綺麗に整えた本棚や羊皮紙の束が風で舞い上がってる。
「ジェラール筆頭、会議は疲れたでしょう。助手のエリーは魔術を使わない片付けもハーブティーを淹れるのも得意ですよ――筆頭はハーブティーお好きでしたよね?」
ぴくりとジェラール様の眉が動く。にっこりと笑みを浮かべた兄上が綺麗になったばかりのソファにジェラール様を誘導して座らせる。深くため息をついたジェラール様が眉間の皺を揉むと、浮かんだままの僕を一瞥した。
「仕方ないからハーブティーは付き合おう。だが助手は要らない――飲んだら帰ってもらうからな」
僕の返事を聞かないままジェラール様は指を下に向かってスウ、と振る。途端に空中で留まっていた僕の身体は急に重みを思い出す。ぐんっと落下をはじめ、地面に落とされると思った瞬間にゆっくり足先から着地した。
「す、すごい……っ」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってるんだ」
「歴代最高峰の筆頭魔術師のジェラール殿下、散らばったものも戻していただけますか?」
「ふん、今回だけだぞ――巻き戻せ」
時間が巻き戻る。散らかってしまった羊皮紙や本、落ちてしまったインク瓶やインクが元の位置に戻っていく。素晴らしい魔術に思わず目を見張る。時を操る魔術は難しいはずなのに、さすが筆頭魔術師のジェラール様だと感動してしまう。
「……いつもこうしてくだされば助手は必要ないのですがね」
「これは時を戻しただけだ。片付けは面倒くさいから嫌だ」
「まあいいでしょう。エリー、いつもと同じおまかせでハーブティー淹れてくれる?」
「あの、兄上、でも、……」
「大丈夫大丈夫。エリーのハーブティーは世界一美味しいから心配しなくていいよ」
全然大丈夫ではないと思うけど。僕の気も知らない兄上に手を引かれて僕が磨いたばかりの給湯室に案内された。
「エリーのハーブティーで、ジェラール様の疲れを癒してあげてほしい」
兄上の言葉でジェラール様の疲れた様子を思い出す。半分は突然現れた僕のせいかもしれないけど。
ジェラール様の様子からハーブティーを淹れたら僕はすぐに去らなくてもいけないだろう。喜んでくれたお母様や伯爵家のみんなの顔を思い浮かべると胸が痛む。
でも、歴代最高峰と呼ばれる筆頭魔術師ジェラール様にハーブティーを淹れる機会なんて、僕の人生できっと最初で最後。疲れているジェラール様に効果があるかどうかはわからないけど、僕にできる精一杯の一杯を淹れたい――。
「わかりました。僕にできる最高の一杯を淹れますね」
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