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翌朝、腫れぼったくなった目を冷やしていたら、玄関の扉がノックされた。ウルーフ家の執事のセバスチャンさん。
「エリサ様、一緒に来ていただけませんか?」
「えっと、今日は……」
「ヒューゴ様に頼まれております。ふむ、屋敷に着くまでに目の腫れが引けばよろしいでしょうかな」
「えっ、あっ、そうですね……?」
「セバスにお任せください。さあ、参りましょう」
少し強引なセバスチャンさんに促されるまま馬車に乗り込む。ヒューゴの屋敷までは馬車で二時間。セバスチャンさんが甲斐甲斐しく目元に冷えた布を当ててくれる。
「あの、ヒューゴになにか……?」
「エリサ様、驚かないでほしいのですが、」
セバスチャンさんは一度言葉を切って、私をまっすぐに見つめた。
「ヒューゴ様が勇者様であると神託がくだり、大神官猊下自ら迎えにきております」
「…………え」
「ヒューゴ様は今日の内に発たねばならないでしょう」
「えっ、ヒューゴが勇者で……うそ? えっ、今日に発つ……? え?」
頭が真っ白になった。ヒューゴが勇者様ってどういうこと? 今日には発つってしばらく会えないってこと? ううん、勇者様は魔王を討伐するために魔王城がある世界の果てに行くこと。
魔王はものすごく強くて、もちろん勇者様も強いけど、勇者様が死んだ時は違う勇者様が現れて、何人もの勇者様が挑んでようやく魔王討伐を果たす。それって……つまり、死んでしまう勇者様もいるってこと?
──ヒューゴが死んじゃうかもしれないってこと?
ひゅ……
喉から変な音が鳴った。心臓がばくばく鼓動する。ヒューゴに会えなくなるなんて、考えたことなかった。ずっと一緒に過ごしていたから、ヒューゴのいない世界なんて想像もできない。
こんな時に自分の気持ちに気づくなんて、泣きそうになってしまう。
馬車が止まった。沢山の神官に囲まれているヒューゴを見て、勇者様に選ばれたのが本当なんだと実感する。
「エリサ」
神官たちを置いてヒューゴが私のところに近づいて、ぎゅっと抱きしめられた。
「エリサ、俺、勇者に選ばれた」
「うん……セバスチャンさんに聞いた」
「そっか。今からすぐに王都に発つんだ、聖女と魔法使いも待ってるって」
勇者様に選ばれることは名誉なことだから「おめでとう」と口にしなくちゃと思うのに、なにも言葉にならない。ただヒューゴの背中に腕を回して、きつくきつく抱きしめる。
「ヒューゴ、怪我しないで……」
「うん、エリサの薬いっぱい持ってく」
「ヒューゴ、回復薬の飲み過ぎはだめだよ」
「うん、エリサの回復薬は毎日一本にする」
「ヒューゴ、迷子にならないように目印つけるんだよ」
「うん、エリサの頭文字を書くね」
こうやって抱き合っていると、ヒューゴの体温とさわやかな甘い匂いがして、深く匂いを吸い込む。ずっと毎日一緒だったのに……。
「……ヒューゴ、好き」
ヒューゴの身体がびくんと震えて固まった。
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