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ドジっ子のうさみみメイドは、なぜか強面魔王さまの膝に転んじゃう

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「全く、お前は俺に抱かれたいのか?」
「も、も、申し訳ございませんんん!!!」

 転んだ拍子に魔王様のお膝の上に乗ってしまったら、魔王様の呆れた声が降ってきた。
 慌てて黒いうさ耳を垂れ下げて、膝から下りようと思ったのに、腰をがっちり掴まれて身動きが取れない。どうしたらいいのかわからなくて、ぷるぷる震えながら魔王様をうかがった。

 魔王様は、立派な二本の黒い角と鋭い牙が生えていて、泣く子が見たら大泣きするような強面だけど、今もわたしが割ってしまったティーカップの欠片で怪我をしないように膝の上に乗せたままにしてくれる優しさが尊すぎる。好き。

「俺は腕が疲れたから、お前が書類の判子を押せ」
「っ、はいっ!」

 魔王様は、むきむきの逞しい腕と魔王服を押し上げる素晴らしい筋肉があって、マッスルフェスティバルに参加したらぶっちぎりの優勝を果たしてしまうような体力無尽蔵なお身体なのに、わたしが膝の上にいることを気を使わせないように魔王様の印章を渡してくれるさり気ない優しさに胸をズキュンと撃ち抜かれる。好き。

 うさぎ獣人のわたしは、魔族と同じ黒色のうさ耳を持って生まれたため、一族に不幸をもたらす厄介者として魔族の森に捨てられたところを偶然通りかかった魔王様に拾われた。
 その時から、わたしは命の恩人の魔王様の役に立ちたくて、魔王城のメイドとして働いている。……失敗ばっかりだけど。

「ここに押せ」
「はいっ!」

 魔王様の太めの指で、トン、と書類の上をたたいたので、気合いを入れて判子を押した。

「ぺったん!」





「…………やば、くそ、かわいい――…」


 枠からはみ出さずに押せたと思って魔王様を見上げたら、鮮血色の千里先も見通せる鋭い瞳で執務室の黒ランプを睨みつけていた。黒ランプの埃がたまっているのかもしれない。


「あの、魔王様、なにか言いましたか?」


 控えめに魔王様の洋服をつまむと、射貫くような視線がわたしを通過して書類に落とされる。


「おい、逆さまだ……」
「も、も、申し訳ございませんんん!!!」

 魔王様が大きなため息を黒いうさ耳に落とした。
 わたしは魔族語が読めないけど、魔王様の印章を押す書類が重要であることくらいわかっている。
 慌てて魔王様の膝の上からスライディング土下座をしようと思ったのに、腕ベルトでギッチリ固定されていて丸い尻尾も揺らせない。どうしたらいいのかわからなくて、うるうるにじむ目で魔王様をうかがった。

 魔王様は、凛々しすぎる眉を寄せて書類をしばらく眺めてから、悪巧みを企むように口角をニヤリと上げると書類を燃やしてしまった。

「あ――…手がすべった」

 わたしの失敗を咎めない懐の深すぎる優しさに胸が苦しくなる。もう、好き。

「二人でやったほうが早いな」

 魔王様のごつごつした大きな手のひらに、印章を掴んでいるわたしの手が包み込まれる。岩石も握りつぶせる魔王様なのに、わたしの手を宝物と勘違いするくらいソフトタッチでふんわり柔らかに持ってくださるから、ときめき過ぎて息をするのも忘れてしまう。もう、好き。

「早く押さないと終わらないぞ」
「っ、ぷはっ、はいっ!」

 息を止めていたわたしは、魔王様の言葉で生き返る。危うく死ぬところだった。
 魔王様に手を握られるという状況に、頬っぺたがとろけるプリン並みに落ちそうになるのを気合いで固焼きプリン並みに引き締めて、ぺったん、ぺったん判子を押す。わたし、今から右手は洗わない。

「終わったぞ。お前がいて助かった」
「っ、はいっ! ありがとうございます!」

 魔王様のお役に立てたのが嬉しくて、うさ耳も尻尾もぷるぷる歓喜に打ち震えるのが止まらない。魔王様の大きな手が、黒いうさ耳のもふもふを確かめるように撫でていくのも、嬉しくて恥ずかしくて好き。好き好き。

「…………好き」




「…………は?」


 魔王様の鮮血色の瞳が釣り上がり、強面を通り越して凶悪な顔で睨まれた。

「も、も、申し訳ございませんんん!!!」

 メイドなのに魔王様に想いを伝えてしまった羞恥心に耐えられなくて、魔王様の膝から脱兎の如く逃げ出したいのに、魔王様にかっちりきっちり拘束されている。どうしたらいいのかわからなくて、真っ赤に染まった顔で魔王様をうかがった。

「おい、お前は本気で俺に抱かれたいのか……?」

 魔王様は、唸るようにつぶやく。
 ただの黒うさぎ獣人のわたしは、魔王様に運良く拾われたから魔王城で働くことができたのに、不相応に魔界の頂点に君臨する魔王様に恋をしてしまった。身分をわきまえないメイドは、厄介者としてすぐに魔王城から放り出されてしまうだろう。それなら――…



「はいっ! 大好きです! 凛々しいを通り越して強面の顔も、逞しすぎて厚みのある身体も、鮮血を思い出す鋭すぎる真っ赤な瞳も、黒色の髪をオールバックになでつけ、尖った耳にドクロのピアスも最高にお洒落! 立派すぎる二本の角も牙も完璧! それなのにわたしの失敗をいつも受け止めてくれる優しい魔王様を好きにならないなんて、わたしには無理でした……っ! 魔王様、わたしを拾ってくださったこと感謝しても仕切れません。今までお世話になりました!」

 口を半開きにして牙を見せながら唖然とわたしを見ている魔王様の無防備な姿に、どうしてもときめいてしまう。
 ぺこりとうさ耳を下げ、丸い尻尾を跳ねあげて膝から離れようと思ったのに、魔王様にぎっちり固定されたままなので身じろぐこともできない。どうしたらいいのかわからなくて、うさ耳をへにょりと下げて魔王様の腕をちょんちょん、とつついて見上げる。




「…………はあ、まじ、かわいい――…」


 魔王様は、鮮血色の魔界中の魔族を震え上らせる眼光で執務室の黒ランプに凄んでいた。あとでメイド長にお願いして、魔王城を去る前に黒ランプの埃を落とさせてもらおう。


「あの、魔王様、下りたいのですが……」


 控えめに魔王様の洋服を引くと、ぎろりと睨まれた。


「おい、俺が拾ったと言うならお前は俺のものだ。俺のものなのに、俺の膝から勝手に下りるな」
「も、も、申し訳ございませんんん!!!」
「そんなに俺に抱かれたいなら、この書類にお前の名前を書け――――婚姻届だ」
「はいっ! えっ? ええっ?!」

 魔王様が太めの指で、トン、と書類の上をたたく。

「ほら、ここだ」

 わたしは魔族語を読めないけど、魔王様に名前の書き方を教えてもらった。
 急すぎる展開にちっとも頭がついてこないのに、魔王様は書類にさらさらと名前を書き終え、ペンを渡してくれたので、下手っぴな文字で自分の名前を魔王様の下に書いた。

「ここに俺の判子を押すぞ」
「っ、はいっ!」

 魔王様が太めの指でもう一度、トン、と書類の上をたたく。


「はじめての共同作業だな」


「…………………っ!」


 魔王様の言葉で、ぶわりと熱が全身に広がった。
 黒うさ耳がぷるぷる震えて、魔王様とずっと一緒に居られることが嬉しくてたまらないことを伝えている。


「あの、魔王様、大好きです!」


「…………ああ、まじ、俺の嫁かわいい――…」


 魔王様は、鮮血色のまなざしで執務室の黒ランプをぎろりと見ている。わたしにはよく見えないけど、埃がそんなにたまっているのだろうか……?


「あの、魔王様、早くはじめての共同作業したいです……」


 ランプの埃より、わたしを見てほしくて魔王様の洋服をきゅっと握ると、燃えるような視線が突き刺さる。



「ほら、押すぞ」
「はいっ! ぺったん!」



 こうしてはじめての共同作業を終えたわたしは、魔王様のお嫁さんになって、大好きな魔王様のお膝の上で判子を一緒に押す専属メイドになった。





 おしまい
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