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番外編 II 『くま好き令嬢は理想のくま騎士に触りたい』

とらの毛皮

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 季節は何度も回り、柔らかな風が吹くたびに桜の花びらが、ひらひらと舞う。
 ふんわりと花や若芽の匂いが風に乗って、頬を撫でていく気持ちのいい春の一日。

 アリーシアは、宝物のくまのカイそっくりなガイフレートと仮の婚約者になっていた——。

 アリーシアは、ガイフレートが王立エトワル学園を卒業した後、オルランド侯爵家が代々仕える王立騎士団に入隊してしまうと、ガイフレートと会えなくなると知り、自分の恋心を自覚する。
 初恋を意味する刺繍のハンカチと共に「ガイ様が好きです」と伝えると、ガイフレートの両親のオルランド侯爵と侯爵夫人によって、あっという間に二人は婚約者になった。
 の婚約者と言うのは、二人の年の差が十以上も離れており、アリーシアが王立エトワル学園を卒業するまでに、他に好きな男性が出来たら婚約解消をしてもいいとガイフレートから申し出があったからだ。
 アリーシア本人は「ガイ様が見惚れる素敵な大人の女性になります」と伝えて、ガイフレートに「楽しみにしている」と、ぶはっと笑われている——。


 ガイ様の仮の婚約者になり、騎士団がお休みの日は、オルランド侯爵家に遊びに行くの。
 侍女のサラに、春の空みたいに白を多めに混ぜたような水色で、ふわりと裾が揺れるワンピースを着せて貰い、おでこをすっきり見せてくれる編み込みの髪型にして貰ったの。

 オルランド侯爵家に到着すると、ガイ様がお好きな木陰に向かったの。
 空色のシャツを着たガイ様がゆっくり過ごしているのが見えたのと、ガイ様が私を見つけたのは、きっと同じだったと思うわ。
 ガイ様に向かって、たたっと走って、ぎゅっと抱き着くと、座っているのに簡単に大きな身体で受け止めてくれるの。ガイ様に、おでこをぴとっと引っ付けると甘い匂いがするわ。

「アリーシア嬢は今日も元気だな」

 優しいエメラルドグリーンの瞳と目が合うと、穏やかな声でこう言ったわ。私は勢いよく、ガイ様のお顔をがばっと見上げたの。

「ガイ様……っ! 髪を切ったのですか?」
「暑かったからな」
「アリー触りたいです!」
「ぶはっ、まあいいぞ」

 大きな声で笑うガイ様の後ろに回ったの。
 ガイ様は髪を短くするとホクロが二つ衿あしに見える。これは、ガイ様の目印だから指でちょんとホクロに触れると胸がほわりと温かくなるの。
 片手をガイ様の肩に乗せて、もう片手でそっと衿あしの短い髪の毛を下から上に撫でる。

「ふふっ、ちくちくします……っ!」

 少しだけちくちくする感覚が楽しいの。
 ちくちくがザザザッと移動するのが大好きで、ガイ様の切りたての髪の毛でしかない感覚なのよね。
 ちくちく、ザザザ、ちくちく、ザザザ……を繰り返すと、頬が緩んでしまう。

「ガイ様、アリーの手、また止まらない魔法にかかったみたいです! ガイ様の髪の毛、とっても楽しいです……っ」
「——そうか」

 ガイ様が穏やかな声で応えてくれたので、ますます嬉しくなって、手を下から上に動かしていたの。
 魔法がかかったみたいで夢中で手を動かすの。

 ——ぽすっ

 シルバータイガーのティグルが、私が撫でていた腕の間から顔をひょこっと覗かせたの。
 ティグルは、オルランド侯爵家で飼っている番犬ならぬ番虎なの。 
 広いオルランド家の庭に放し飼いにされているシルバータイガーは数匹いて、ティグルは一番大きな子だけど、一番私に甘えてくる可愛い虎さんなのよね。
 
「ガウガウッ」
「あっ! ティグルも撫でて欲しいの?」
「ガウ!」
「ティグルは、もふもふなのよね!」

 両手でティグルをもふもふと撫でていく。ぐるぐると気持ち良さそうに喉を鳴らすティグルが可愛くて、背中や首の後ろを撫でると、ティグルはもっと撫でてと強請る様に、頭を私の体に擦り付け、身体中の匂いを嗅いでいる。

 楽しくなった私は、両手を使い抱きしめる様に撫でると、もふもふな毛並みが頬や体に触れて癒される。
 ティグルにもっともっとと強請られている内に、ティグルに押し倒されてしまったわ。

「……っ!」

 もふもふに包まれて動けないわ、とわたわた慌てていると、大きな腕が直ぐに引き上げて下さったの。

「ティグル、アリーシア嬢を困らせたら駄目だろう」
「——ガウウ……」
「アリーシア嬢もティグルは大きいから気をつけるんだぞ」
「はい……ごめんなさい」
「アリーシア嬢が怪我をしたら困るからな。そろそろ部屋に戻ってお茶にしよう」

 ガイ様は優しく私を覗き込み、大きな手で私の頭を撫でたの。そして、私のことをひょいっと抱っこしてしまったの。
 もう抱っこされるような年齢じゃないと思ったけれど、ガイ様はぽかぽかと温かくて甘い匂いがするから、なんだか嬉しくて、ぎゅっと抱き着いたの。
 ほんの少しだけ、またガイ様の切りたての髪を撫でたら、ガイ様がくすくすと笑った気配がしたけど、私は気付かない振りをしたのよ。

「アリーシア嬢、また魔法にかかるぞ?」
「もう魔法にかかっています……っ! アリー、ガイ様の短い髪が一番好きです!」

 ぶはっと笑うガイ様に抱っこされて、私はガイ様とお部屋に戻ったの。
 ガイ様が用意して下さった『くまさんクッキー』を見た途端に魔法が解けたのは、内緒なの。


 アリーシアが帰った後のオルランド侯爵家——。

「ねえガイ、ティグルに勝ててよかったわね?」
「ガウガウ!」
「母上もティグルも何を言っているんですか……」

 ガイフレートが侯爵夫人に揶揄われたとか、揶揄われないとか——。
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