上 下
27 / 60

デビュタント 7

しおりを挟む


 お父様に知りたかった事を優美な音楽に合わせて踊りながら尋ねる。

「お父様、どうしてガイ様がお戻りになる事を知っていたのですか?」

「戻るかどうかまでは分からなかったがね。可愛い娘が泣きそうな顔をしていたんだ。戻って来なかったら婚約を解消するぞと連絡したんだよ。それくらい言っても良いだろう?」

 ふんと横を向くお父様は悔しそうな拗ねた複雑な表情をしている。

「お父様、ありがとうございます」
「鼠や虫より熊の方がずっとマシだからな……」

 お父様の愛情を感じて胸が温かくなっていると、横を向いたお父様がぼそっと呟いた。
 えっ、ネズミが無視して食う? 早口過ぎてよく分からなかったわ。
 横を向いていたお父様が温かな眼差しを私に向けていた。

「アリー、幸せになりなさい」

 お父様の温かな言葉が心に沁み渡る。目元にじわりと熱いものが込み上げ、小さく頷くと、お父様がふふっと柔らかく微笑みをうかべる。

「学生結婚は許さないし、ガイが嫌になったらいつでも婚約解消や他国の通い婚を取り入れるのもいいかもね。離縁して我が家ウィンザー侯爵家にいつでも戻って来ていいからね」

 大真面目な顔をして言うから、お父様ったら先程の感動を返して欲しくなるわ。


「やっとアリーと踊る番が回って来た!」

 花が咲いたように笑うアレクお兄様への反応に困りながらステップを踏む。
 ガイ様と見た先程のアレクお兄様の周囲を白いドレスの女性達が囲み、声を掛けられる事を期待する熱い視線を注いでいた光景を思い出し、アレクお兄様と踊りながら話し掛ける。

「あの、アレクお兄様、私以外の方と踊ってもいいのですよ?」

「嫌だ! アリー以外となんて踊らないし、踊りたくない! 後々面倒だろうし……」

 最後の嫌そうに呟く言葉に思わず納得した。
 アレクお兄様の好みはもっと年上の女性で、年の離れた妹と同い歳の幼い子には興味が湧かないのだろう。
 あ、あれ? ガイ様とアレクお兄様は同じ歳だから自分の言葉が自分にぐさりと刺さる。ふるふると脳内で頭を横に振り、ガイ様の言葉を信じようと思い直す。そんな私を見て、アレクお兄様が「小さな妹のままならずっと傍に居れたのになあ」と淋しそうに呟いたのは聞こえなかった。
 アレクお兄様が「それにしても」と話題を変えた。

「移転魔法の使用許可は取り付けたけど、ワイバーンや地竜アースドラゴンが出現してたのにな。あっという間に壊滅されるなんて、ガイは恐ろしい程に強いな」

「えっ?」

「僕が広域の移転魔法陣を新しく作って、陛下に使用許可を取り付けたんだ。これで間に合わなかったら言い訳出来ないだろうし、アリーの婚約者に相応しくないから婚約解消しようと思ってたのに……! アリー、僕の活躍をガイから聞かなかったの?」

 アレクお兄様が不満そうに口を尖らせるけど、ほんの少し耳が赤くて、私がガイ様に会える様に手を尽くしてくれた事が分かったの。

「アレクお兄様、ありがとう!」
「アリーはいつまでも僕の可愛い妹だからね。ガイが嫌になったら直ぐに教えてね?」

 嬉しくて心が温かくなってお兄様に感謝を伝えると、真面目な顔でへんなことを言ったの。もう、アレクお兄様ったら……。

 お父様とアレクお兄様は、飲み物を片手に会話が盛り上がっている。舞踏会の熱気や何曲も踊り疲れた体に、冷たい飲み物が喉を滑り落ちるのが心地よい。
 ふぅ……と深呼吸をして、周りを見渡すと中央のダンスフロアでは何組もの男女が音楽に合わせて踊り、美味しそうな食事が並ぶテーブルや壁際では会話に花が咲いている様子を眺めたの。

 私の近くで騒めきと足音が聞こえ、振り向くと腹黒さを完全に隠した爽やかな微笑みを浮かべたフェリックス殿下が立っていた。

「仔猫ちゃんは焦らすのが好きなのかい? さあアリー、わたしと踊ろう」

我が家ウィンザー侯爵家には、仔猫は居ないものですから殿下の仔猫様宛てに送り直しました。公爵家に到着したころかと?」

「なっ!」

 殿下の仔猫がどうかしたのかしらと思うけれどら私とフェリックス殿下の間にお父様とアレクお兄様が塞ぐように並び立ち、お父様が殿下とやり取りを始めた。これでは殿下の顔は全く見えない。

「覗いたら駄目だよ、アリーが減るからね」

 これは不敬に当たらないのかしらと不安に思い、アレクお兄様の肩ごしに殿下を覗こうとしているとアレクお兄様が首だけで振り向いて言ったの。
 えっ、なにか呪いの一種かしら? よく分からないけれど、とりあえず耳を澄ませる。

「ウィンザー侯爵、わたしは真実の愛を見つけてしまったのだ。そこを退いて欲しい……アリーと二人きりで話がしたいのだ」

「ほお、真実の愛ですか?」

 お父様がフェリックス殿下の言葉に愉快そうな声で応えているが、私は血の気が引くのを感じた。

 まさか殿下がお父様やアレクお兄様、それに視線を左右に動かすと聞き耳を立てている白いドレスのご令嬢が周りに沢山居たのだ。
 こんな公衆の面前で、私とガイ様の魔写真真実の愛の話をしたいなんて、契約違反だわ! もう一枚追加で魔写真を頂きたいくらいねと血の気が引いた頭で考えていると、ぐいっと力強く腰を引き寄せられた。大好きな甘い匂いに包まれる。
 
「アリー、遅くなってすまない。ああ、顔色が悪いな。少し休んだ方がいい。行こうか?」

「ガイ様! お帰りなさい! えっ、でも――」

「アレク、アリーが疲れたみたいだ。行っていいか?」

「ガイ、遅いぞ。アリーが減るから早く連れて行って」

 ガイ様とアレクお兄様で話を終えると、私はガイ様に連れられ、この場を離れる。
 フェリックス殿下が余計なことを話さないか心配でちらりと振りかえると、私の腰に回した逞しい腕に力が入り、ぐっとガイ様と距離が近くなる。

「侯爵とアレクに任せておけば大丈夫」

 驚いてガイ様を見上げると穏やかに微笑んでいた。殿下も私が居ない時に魔写真の話はしない契約だし、きっと大丈夫よね?

 ガイ様と立ち昇り始めた夏の星座を潜り抜けると、美しい庭に辿り着いたの。
 ガイ様と噴水を背にして並んで座ると、舞踏会の熱気が嘘みたいな静かな夜だった。白い花が月の光に映え、甘くどこかミステリアスな香りが暖かな風に乗って漂って来る。

「あっ、流れ星!」
「アリー、ちゃんとお願い事はしたか?」
「……もう全部叶ったの」

 ガイ様がふふっと柔らかく笑い、髪を優しく撫でながら聞かれたの。小さな声でつぶやいたのに二人きりの静かな庭ではガイ様には聞こえていたみたい。

「どんな願い事が叶ったのか聞きたい」

 恥ずかしいのにガイ様が腰に逞しい腕を回し、引き寄せるからガイ様の厚い胸板に寄り掛かる格好になる。目線をガイ様に送ると、穏やかに微笑むガイ様と目が合うの。
 夜の闇が顔の熱を隠してくれるのに励まされ、言葉をつむぐ。

「ガイ様が無事に帰ってくることと、ガイ様の隣に居てもいいこと、です」

 やっぱり恥ずかしくて、目元が潤み耳まで痛いくらいに熱い顔を見られたくなくて、ガイ様の胸板にぐいぐい顔を押し付けるようにしてしまう。

「これはやばいな」

 ガイ様が呟いたのは私には聞こえなかった。
 ガイ様が熱い大きな手を私の頬に滑らし、耳元で「アリー」と甘く掠れた声を落とした。びくっと体が動くと、頬に添えていた手がガイ様を見つめるように上を向かせる。
 恥ずかしくて、視線を逸らしたいのに、吸い寄せられるようにガイ様の甘い瞳に捕らわれてしまう……。

「アリー、好きだ」

 夏の夜空一面に煌めく星に見守られるように、私はガイ様とはじめてのキスを甘く重ねたの——
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...