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デビュタント 6
しおりを挟む華やかな音楽に合わせ、高い天井の豪華なシャンデリアから光がキラキラと舞い降りる。
華やかさに満ちたダンスフロアで、ガイ様と向き合いながら踊るのは夢みたいな時間だった。
音楽に合わせて踊りだすと、黒の正装服に覆われていてもガイ様の逞しい肩や腕、厚い胸板を意識してしまい自分の心臓の鼓動が聞こえるくらい。ガイ様の顔を見上げると、穏やかな笑みを浮かべていた。見惚れていると、ガイ様の視線が私に向けられる。
いつも穏やかな瞳に甘やかさを感じ、どきりと心臓が跳ねたの。
「ーーアリー」
すっと顔を近付けたガイ様から甘さを含む掠れた声が小さく耳元に落とされ、ぼんっと顔から音がしたわ。
私の顔や耳は痛いくらいに熱く、体は震え、目が潤んでくるのを感じる。ガイ様の甘い匂いに包まれて、体中が心臓になったみたいに鼓動が聞こえるの。
「俺に呼ばれるのはーー嫌か?」
心臓の鼓動が収まらない内に、ガイ様の大人の色気漂う掠れた声で聞かれ、エメラルドグリーンの瞳に真っ直ぐに見つめられる。返事をしたいのに、口の中からも鼓動が聞こえて来るみたい。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなった私の口から漏れたのは、私の心そのものだった。
「ーーしあわせ、です」
いつの間にか止めていた息は、私の素直な気持ちと熱い吐息となって一緒に漏れてしまったの。
ガイ様を見つめる事が恥ずかしくて視線を左右に揺らすと、腰に回された逞しい腕に力が篭り、ぐっと引き寄せられる。ガイ様の甘い匂いが一層香り立ち、ガイ様の色気に酔ってしまったみたいにくらくらしたわ。
「アリー」
もう一度甘やかに、ガイ様が私の名前を愛おしく耳元に落としたの。
私は名前を呼ばれる事が、こんなにも震えるくらい嬉しくて、溶けるように甘くて、焼けるみたいに熱いなんて知らなかった。
音楽が止まり、お父様やアレクお兄様の元へ戻らなくては、と頭では思うのに、ガイ様と触れる温もりも甘やかに香る甘い匂いも離れがたくて、愛おしいの。
ガイ様もそうだったらいいのに、すがるように見上げるとガイ様は瞠目し、「俺も余裕がないな」となにかを呟いて上を向き、一瞬目を閉じると一つ小さく息を吐いた。
「もう一曲、踊ってもいいか?」
「えっ?」
ガイ様の言葉に思わず息を呑んだの。
同じ異性とダンスを二回以上踊るのは、婚約者であることを意味する。
ガイ様と私は婚約者同士だから二回踊るのは問題がないのだけれど、ガイ様はずっと仮の婚約者の立場を変えず、私がいつでも婚約解消出来る様に、そんな気持ちは私にはほんの一欠片も無かったけど、ガイ様はずっと気を遣っていたのにーー。
もう一曲踊る、その意味をガイ様が分からない訳がなくて。
「ガイ様、あの、それは」
「ああ。俺の隣で背縫いをして欲しいーーもし嫌なら突き飛ばしてくれ」
私の腰に回した腕に力が篭り、密着するみたいにぐっと距離が近くなる。射抜くみたいなその瞳に焼かれる。
ガイ様の顔が涙で滲むと、直ぐに大きな親指でそっと拭われる。言葉が出て来なくて、ただ頷くだけの私を見たガイ様は、その瞳を甘やかな瞳へと変化させ、顔を綻ばせるように笑った。
私とガイ様は、鳴り始めた音楽に合わせて、二曲目を踊り始めた。
ガイ様が何度も何度も耳元で私の名前を甘く甘く囁き、その度に真っ赤になる私を目を細めて揶揄う様に微笑むの。ガイ様ってもしかして意地悪なの? 音楽が止まるとガイ様が急に困った顔をしたの。
「アリー、アレクが土砂降りの雨に濡れた犬みたいになってる」
「えっ?」
アレクお兄様はどこにいるのかしら、と視線を彷徨わせるとガイ様が視線でお父様とアレクお兄様の場所を教えてくれた。
アレクお兄様……確かに土砂降りの雨に濡れた犬の様になっているわ!
「アリー、アレク義理兄様に挨拶に行こう?」
ガイ様が戯けた表情で肩を竦めるので、私も笑ってしまうの。二人の元に辿り着くと、アレクお兄様に攫われる様にガイ様から引き離される。
「ガイ、ほら早く報告に行って来い!」
「アレク義理兄様はせっかちだな……」
「気持ち悪い呼び方をするな! それにもう充分過ぎる程、待っただろう」
「分かった分かった。くれぐれも変な虫を寄せないようにしてくれ」
ガイ様とアレクお兄様が息の合った掛け合いをするのを聞きながら『報告』の言葉に首を傾げる。
「ガイはさっき王都に戻ったばかりなんだよ。まだ騎士団の報告が残ってるんだ」
「え?」
アレクお兄様が私の髪を撫でながら教えてくれて驚いて思わず声を上げる。アレクお兄様が呆れた顔でガイ様を見たの。
「ガイ、何も話してないのか?」
ガイ様はそんなアレクお兄様を無視して、私を甘く見つめる。
「アリー、直ぐに終わらせて戻るから、待っていてくれるか?」
「はいっ!」
「アリーは元気だな」
ガイ様がぶはっと笑い、私に触れようと手を伸ばしたのにアレクお兄様に手を払われてしまうと、仕方ないと肩を竦めて報告に向かったの。私はその広くて大きな背中を見送ったわ。
私は、お父様とアレクお兄様と踊りながらガイ様の事を聞いて驚いてしまったの——
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