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刺繍のハンカチ 2

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 刺繍のレッスンやお茶会をして楽しくすごしていても、ウィンザー家に怪盗が忍びこむ事件がたびたび起こっていたの。

 わが家に忍びこむ怪盗――その名も『怪盗くまくま団』といい、気に入ったもの見つけると置き手紙を残して持ち去ってしまう世紀の怪盗なの。

「サラ、今日はなんだかいやな予感がするわ――」
「まあまあ、それは大変です! みんなに知らせてまいります」

 ふわふわの黒いうさ耳帽子をかぶった私はとっても神妙な顔つきで侍女のサラに伝えると、同じくらい神妙な顔つきのサラが大きくうなずいて部屋から立ち去ったわ。

「――怪盗くまくま団の正体は誰も知らないのよ」

 ぎゅっと抱きしめたカイにつぶやくと、うなずいてくれたの。

 ウィンザー家にたびたび出没する怪盗は、もちろんアリーシアとくまのカイだ。
 ウィンザー家の使用人たちは当然気づいているが、アリーシア特製のくまくま団の置き手紙――『このクッキー大好き』『ピンク色のリボンとお花が気にいったの』――アリーシアのかわいらしい素直な感想や好みをよく知ることができるため、怪盗くまくま団が出没する日にあわせて新しいメニューのお菓子や料理、好みの知りたい洋服や小物などを目立つ場所に置いている。
 ふわふわ黒いうさ耳帽子をかぶり怪盗になりきって忍び足で歩いているアリーシアの姿がとても愛らしく、今日も今日とてウィンザー家の警備はゆるゆるなのだ――

 怪盗大歓迎のウィンザー家のキッチンへたどり着いた怪盗くまくま団のアリーシアとカイはさっそくお目当てのお菓子をつまみはじめていた。

「わあっ――フロランタンのキャラメルがかりっとして、すごくおいしいわ! こっちのビスキュイも好きだわ」

 ぱくぱくとクッキーをほおばるの。
 見つかったら怒られてしまうだろうけど、世紀の怪盗くまくま団の正体は誰にも知られていないからきっと大丈夫ね。少し前に読んだ怪盗の本がおもしろかったから私とカイが怪盗になるのも仕方ないわ。

 食べてくださいと置かれているクッキーを一枚ずつ食べ終えると、一番美味しかったチョコクッキーに怪盗くまくま団の置き手紙――『チョコがたっぷりで大好き』をお皿の近くに置いたの。とっても美味しかったから、あとでこっそり食べるために数枚いただいていくことにしたわ。
 最初の宝物も手に入れたから次はすてきなお花を見つけようとお庭に出ると、陽射しがさんさんと降り注いでいて夏がもうすぐやってくるわと思ったの。

「アリーただいま」

 アレクお兄様の声に視線を向けると、ガイ様の姿も見えたの。

「ガイ様――! アレクお兄様もおかえりなさい」

 ガイ様に走っていき、がばっと抱きつくとガイ様はしゃがみ込んで私の目を見てくれたの。

「アリーシア嬢は、今日も元気だな」
「ガイ様、アリーと遊びましょう!」
「ああ、少しならいいぞ」

 優しい瞳をしたガイ様が穏やかな声で答えてくれると、ほわりとあたたかな気持ちになったの。
 ひみつの話がしたくてガイ様の耳元に顔をよせたわ。

「ガイ様、これは誰も知らないひみつなの――アリーは世紀の怪盗くまくま団なの。ガイ様もくまくま団の一員になってくれる?」

 ガイ様がぶはっと大きな声で笑ったから、あわてて人差し指をくちびるに当てたの。

「ああ、すまなかったな。いいぞ、俺はどうしたらいいんだ?」

 アレクお兄様に聞こえないようにガイ様とひみつのお話を終えると、ガイ様の腕を引っぱって走り出したわ。

「ああ――アリーが遊んでくれない……」
「アレク様、どんまいです」

 私たちの背中を泣きそうな顔でつぶやいたアレクお兄様をサラがなぐさめていたことを私は知らない。
 怪盗くまくま団になったばかりのガイ様とお部屋に飾るためのバラの宝物を見つけるために温室に忍びこんだの。

「これは見事なバラ園だな」

 ガイ様が穏やかな声でほめてくださったからとても嬉しくなったの。

「ガイ様はどのバラが好きですか?」
「俺は男だからあまり花に詳しくはないが――このバラはアリーシア嬢の瞳の色に似ていて、とてもきれいだと思うぞ」

 ガイ様が選んでくださったピンク色のバラは――花びらがフリルのように何枚もかさなった少し大人っぽいものだったの――魔法がかかったみたいにきらきらして見えたわ!

「ガイ様、怪盗くまくま団はこのバラをいただくことにしましょう!」
「ああ、いいぞ」

 バラを切るために置いてある園芸用はさみを手に持つとガイ様がひょいと抱き上げてくださって、きらきら輝いている宝物のバラを一輪はさみでちょきんと切ったの。

「このバラはガイ様にあげます」
「アリーシア嬢が欲しかったんじゃないのか?」

 なぜだか分からないけど、ガイ様のそばにこのバラがあったらいいなと思ったの。

「はじめてガイ様と見つけた宝物だからさしあげます」
「アリーシア嬢、ありがとう」

 ガイ様が穏やかな声で大切にバラを受け取ってくれたのが、とっても嬉しくて胸の奥がぽかぽかしたあたたかな気持ちになったの――。
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