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恋の呪いと魔法使い

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「ええーっ! 葵、誰とも付き合ったことないの?」

 花音の声が教室に響き渡る。

「ちょ、ちょっと、花音……! 声が大きいよっ!」

 慌てて花音に落ち着くように言う自分の声も大きくなってしまい、周りでお昼ご飯を食べるクラスメイトの視線が飛んで来る。
 まだ親しくないクラスメイトにまで、私の恋愛事情を知られてしまい、恥ずかしくて泣きたくなる。

「ごめんごめん! 塾でも葵は、すっごく可愛いって同中の男子に人気あったから驚いちゃって。あっ、そっか、理想が高くて、告白されても断ってたとか?」

 うんうん、と首を上下に動かし、明後日の方向へ納得する花音に、何て言うべきか頭を抱えそうになった。

「じゃあさ、何人に告白されたことあるの?」

 瞳をキラキラさせて花音に期待されたように、見つめられる。
 ため息を零しそうになるのを必死に呑み込む。
 花音の私の評価が高くて嬉しいような、現実の自分とあまりに掛け離れていて、情けなくなるような気持ちになる。

 ゆっくりと首を横に振る。
 花音が意味が分からないみたいで、小首を傾げる。美人な花音のさらさらな黒髪が肩に流れ、思わず見惚れてしまう。
 年上の彼氏のいる花音は、同じ年というより、綺麗なお姉さんみたい。

「告白されたこと、ないよ。一回だけあったけど、罰ゲームでされた告白だったから……ないかな」

 本当に小さな声で、向かいに座る花音にだけ聞こえるように話す。
 目の前の花音が、綺麗な二重の瞳をこれ以上ないくらいに見開いて、目をぱちぱちと瞬かせる。

 そっと天の河のヘアピンに触れた。
 つるりとした感触なのに、指先からふわりと温かいものがゆっくりと身体を巡る。
 普段なら絶対話さない話だけど、今日は、花音には話しても大丈夫だと思った。

「私の黒歴史なんだ。——内緒ね?」

 唇に人差し指を当てて、わざと悪戯っ子みたいに振る舞った。
 ほんの少し、胸の奥がちりちりと焦げるような感覚があったけど、もう一度、天の河のヘアピンに触れると、驚くほど大丈夫だと思えた。

 花音が真面目な顔でゆっくり頷くと、八の字に眉を下げる。

「もしかして、それって中三の夏?」
「えっ、何でそう思うの?」

 やっぱり、と一人で納得する花音に、今度は私が首を傾げる。

「夏期講習の時に、葵がばっさり髪を切ってたから、何かあったのかなって思ってたんだよね」

 当時、花音とは学校も違っていたし、髪型の変化だけでそんな事を思っていたことに驚いてしまう。
 
「罰ゲームで告白するって立ち聞きしちゃったのが、その頃だよ。一緒に北高を受験する予定だったけど、一緒にいるのが辛くて、西高を単願受験して、……逃げちゃったんだ」
「そうだったんだね……。その時に、葵のこと何か言っていたの?」
「——見た目が、可愛くないみたいな事、かな……」

 あの時の、立ち聞きした日の事を思い出したら、花音と二人で話しているのに、背筋に寒気がした。
 勢い良く首を振って、その人のことを頭から追い出そうとして、眉間に皺が寄るのが分かった。

「葵、それ——呪い掛けられてるよ……っ!」

 花音が当然のように言って来たけど、私は首を傾げる。

「え……っと、花音、ちょっと意味が分からないんだけど……?」
「葵、……安心して! 恋の呪いは、王子様が解くって決まってるけど、王子様に出会う前に、魔法使いがお姫様に変身させるって言うのも決まってるじゃん!」

 両手を花音にぎゅっと握られる。
 花音は瞳をキラキラ輝かせ、私の両手を握ったまま宙を見ている。

「私が、魔法使いになって、葵を変身させる! 任せて……っ!」
「えっ? 花音、本気なの?」
「もちろん!」

 花音の勢いに押されて、苦笑するしかない。
 驚いている私は、花音に促されるまま、急いでお弁当を食べることになった。

 花音は、お昼休みの残り時間を使って、私に魔法をかけた。

「──……っ」

 思わず手に持つ鏡を、落としそうになった。

「どう? すっごく可愛いでしょう?」

 満足そうに頷く花音の横で、手鏡に映る私は、自分じゃないみたいに可愛らしくなっていて、頷くよりも首を傾げてしまう。

「花音、これ……どんな特殊メイクなの……?」

 驚き過ぎて、上手く言葉が出てこない。

「別に特別なことはしてないよ。ちょっと、眉毛を整えて、色つきリップ塗っただけだよ。元々、葵が可愛いんだよ」
「いやいや、そんなわけないよ……っ」

 鏡の中に映っているのは、ちゃんと・・・・可愛い女の子なのだ。

「ねえ、葵の呪いはさ、心を支配されたことだよ」

 急に真面目な声色になった花音に、振り向くと、真っ直ぐに見つめられる。

「可愛くないって言われて、葵自身が自分は可愛くないって思い込んで行動しちゃうのが、葵に掛けられた呪いだよ……っ!」

 花音が、私のことを私以上に考えてくれている優しい友達の言葉に、胸が温かくなった。
 花音の綺麗な口元が弧を描き、ぴしっと指を突き立てる。

「魔法使い花音は、責任を持って、葵が可愛くて、可愛いものがすっごく似合うことを、葵自身に知ってもらいます……っ!」

 鼻息荒く言う花音と見合うと、お互い吹き出して笑い合った。

「魔法使いの花音さん、よろしくお願いします」

 くすくす笑いが止まらないまま、花音にお願いしていた。
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