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第十二章

お父さんの恋人(2)

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 部屋には、大きな本棚と作業机、そしていたる所にお母さんと、あたしの写真が飾られている。写真立てには少しの埃もついてないし一番目立つ場所にきちんと置かれていた。
 お父さんは大雑把で、オムレツだってよく失敗するけど、家中にあるあたしとお母さんの写真だけは、海よりも深いあいによって常にピカピカにされている。
 一ヶ所だけごちゃごちゃした引き出しがあった。映画チケットの半券や、いつ拾ったかわからないドングリ、地名の描かれたキーホルダーなんかであふれている……。
 お母さんとの思い出が詰まった引き出しなのかな。探っていると、恋人時代のふたりのものらしい交換日記までみつかった。
 そしてそこに、あの便せんもあった。
 ――やっぱりあった!
 便せんを取り出すと、その奥に一冊の本がしまわれている。どうしてこの本だけ本棚じゃなくて引き出しにあるんだろうとふしぎに思ったあたしは、本を開こうとして、そのタイトルを目にした瞬間息がとまった。

『ハローワールド』

 表紙にそう印刷されている。作者名はどこにもない。手作りなのかな? 図書室に並んでるようなちゃんとした質感の本じゃないけど、自費製本にしてはしっかりした作りだった。絵本仕立ての本で、開くと右半分に文章、左半分に大きく挿絵が入っている。
 マーモットの子・ウッディーと、おっとり屋のコグマの子・マイニーモーが、レティシアと名乗る女の子の帰る場所を探すため、世界中を旅してまわるお話のようだ。ファンタジーらしく、原色の色使いが鮮やかで、森や空に海といったお話の舞台がとくに美しく描かれている。
 あたしはふと〝マイニーモー〟の絵が描かれたページで、このキャラクターに見覚えがあるのに気がついた。
 ――どこで見たんだろう……?
 考えをめぐらせると、ひとつの記憶にたどりつく。薬局のおばさんから渡されたトートバッグに描かれていたクマだった。
 ひとりでいることが好きで、しょっちゅう図書室に閉じこもっているくらいにはたくさん本を読んできた。図書館にだって行く。でもこんな本は知らない。キャラクターグッズが出てるくらいの本なら、名前くらい聞いたことがあってもおかしくないのに……。
 さらにページをめくっていき、巻末を見ると頭の中が真っ白になってしまった。
 そこには、作者名が書かれていた。

『帰路《きろ》朱里《あかり》』

 ――朱里⁉

 突然送られてきた『ハローワールド』という件名のメールと、その差出人である朱里。そして今お父さんの部屋で見つけた本『ハローワールド』と〝帰路朱里〟という作者。
 混乱していた。この本の作者と、いつもメールしている朱里が別人だなんてとても思えない! なにがなんだかわからないし、理解したくもないけどどういうことなの! お父さんははじめから全部知ってたってこと⁉ 朱里っていったいどこの誰⁉

 メールを見せたときにお父さんがいっていた言葉――。

『あ、それからもうひとり、茜に会わせたい人がいるんだ』

 頭の中に、すごくいやなひとつの予感が浮かんでくる。お父さんの恋人の存在だ――新しいお母さんになる可能性のある人のことだった。でもだからって、どうしてこんなまわりくどいやり方をしなくちゃならないの⁉

 考えたくない!
 考えたくないよ!

 お父さんが最近妙に元気だったのは、きっと恋人ができたからなんだ。そしてその人が娘のあたしとつながって、しかも仲良くなってきて、未来に期待して……。
 裏切られた思いでいっぱいになったあたしは、気がつけば家を飛び出していた。
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