42 / 66
第十二章
お父さんの恋人(2)
しおりを挟む
部屋には、大きな本棚と作業机、そしていたる所にお母さんと、あたしの写真が飾られている。写真立てには少しの埃もついてないし一番目立つ場所にきちんと置かれていた。
お父さんは大雑把で、オムレツだってよく失敗するけど、家中にあるあたしとお母さんの写真だけは、海よりも深いあいによって常にピカピカにされている。
一ヶ所だけごちゃごちゃした引き出しがあった。映画チケットの半券や、いつ拾ったかわからないドングリ、地名の描かれたキーホルダーなんかであふれている……。
お母さんとの思い出が詰まった引き出しなのかな。探っていると、恋人時代のふたりのものらしい交換日記までみつかった。
そしてそこに、あの便せんもあった。
――やっぱりあった!
便せんを取り出すと、その奥に一冊の本がしまわれている。どうしてこの本だけ本棚じゃなくて引き出しにあるんだろうとふしぎに思ったあたしは、本を開こうとして、そのタイトルを目にした瞬間息がとまった。
『ハローワールド』
表紙にそう印刷されている。作者名はどこにもない。手作りなのかな? 図書室に並んでるようなちゃんとした質感の本じゃないけど、自費製本にしてはしっかりした作りだった。絵本仕立ての本で、開くと右半分に文章、左半分に大きく挿絵が入っている。
マーモットの子・ウッディーと、おっとり屋のコグマの子・マイニーモーが、レティシアと名乗る女の子の帰る場所を探すため、世界中を旅してまわるお話のようだ。ファンタジーらしく、原色の色使いが鮮やかで、森や空に海といったお話の舞台がとくに美しく描かれている。
あたしはふと〝マイニーモー〟の絵が描かれたページで、このキャラクターに見覚えがあるのに気がついた。
――どこで見たんだろう……?
考えをめぐらせると、ひとつの記憶にたどりつく。薬局のおばさんから渡されたトートバッグに描かれていたクマだった。
ひとりでいることが好きで、しょっちゅう図書室に閉じこもっているくらいにはたくさん本を読んできた。図書館にだって行く。でもこんな本は知らない。キャラクターグッズが出てるくらいの本なら、名前くらい聞いたことがあってもおかしくないのに……。
さらにページをめくっていき、巻末を見ると頭の中が真っ白になってしまった。
そこには、作者名が書かれていた。
『帰路《きろ》朱里《あかり》』
――朱里⁉
突然送られてきた『ハローワールド』という件名のメールと、その差出人である朱里。そして今お父さんの部屋で見つけた本『ハローワールド』と〝帰路朱里〟という作者。
混乱していた。この本の作者と、いつもメールしている朱里が別人だなんてとても思えない! なにがなんだかわからないし、理解したくもないけどどういうことなの! お父さんははじめから全部知ってたってこと⁉ 朱里っていったいどこの誰⁉
メールを見せたときにお父さんがいっていた言葉――。
『あ、それからもうひとり、茜に会わせたい人がいるんだ』
頭の中に、すごくいやなひとつの予感が浮かんでくる。お父さんの恋人の存在だ――新しいお母さんになる可能性のある人のことだった。でもだからって、どうしてこんなまわりくどいやり方をしなくちゃならないの⁉
考えたくない!
考えたくないよ!
お父さんが最近妙に元気だったのは、きっと恋人ができたからなんだ。そしてその人が娘のあたしとつながって、しかも仲良くなってきて、未来に期待して……。
裏切られた思いでいっぱいになったあたしは、気がつけば家を飛び出していた。
お父さんは大雑把で、オムレツだってよく失敗するけど、家中にあるあたしとお母さんの写真だけは、海よりも深いあいによって常にピカピカにされている。
一ヶ所だけごちゃごちゃした引き出しがあった。映画チケットの半券や、いつ拾ったかわからないドングリ、地名の描かれたキーホルダーなんかであふれている……。
お母さんとの思い出が詰まった引き出しなのかな。探っていると、恋人時代のふたりのものらしい交換日記までみつかった。
そしてそこに、あの便せんもあった。
――やっぱりあった!
便せんを取り出すと、その奥に一冊の本がしまわれている。どうしてこの本だけ本棚じゃなくて引き出しにあるんだろうとふしぎに思ったあたしは、本を開こうとして、そのタイトルを目にした瞬間息がとまった。
『ハローワールド』
表紙にそう印刷されている。作者名はどこにもない。手作りなのかな? 図書室に並んでるようなちゃんとした質感の本じゃないけど、自費製本にしてはしっかりした作りだった。絵本仕立ての本で、開くと右半分に文章、左半分に大きく挿絵が入っている。
マーモットの子・ウッディーと、おっとり屋のコグマの子・マイニーモーが、レティシアと名乗る女の子の帰る場所を探すため、世界中を旅してまわるお話のようだ。ファンタジーらしく、原色の色使いが鮮やかで、森や空に海といったお話の舞台がとくに美しく描かれている。
あたしはふと〝マイニーモー〟の絵が描かれたページで、このキャラクターに見覚えがあるのに気がついた。
――どこで見たんだろう……?
考えをめぐらせると、ひとつの記憶にたどりつく。薬局のおばさんから渡されたトートバッグに描かれていたクマだった。
ひとりでいることが好きで、しょっちゅう図書室に閉じこもっているくらいにはたくさん本を読んできた。図書館にだって行く。でもこんな本は知らない。キャラクターグッズが出てるくらいの本なら、名前くらい聞いたことがあってもおかしくないのに……。
さらにページをめくっていき、巻末を見ると頭の中が真っ白になってしまった。
そこには、作者名が書かれていた。
『帰路《きろ》朱里《あかり》』
――朱里⁉
突然送られてきた『ハローワールド』という件名のメールと、その差出人である朱里。そして今お父さんの部屋で見つけた本『ハローワールド』と〝帰路朱里〟という作者。
混乱していた。この本の作者と、いつもメールしている朱里が別人だなんてとても思えない! なにがなんだかわからないし、理解したくもないけどどういうことなの! お父さんははじめから全部知ってたってこと⁉ 朱里っていったいどこの誰⁉
メールを見せたときにお父さんがいっていた言葉――。
『あ、それからもうひとり、茜に会わせたい人がいるんだ』
頭の中に、すごくいやなひとつの予感が浮かんでくる。お父さんの恋人の存在だ――新しいお母さんになる可能性のある人のことだった。でもだからって、どうしてこんなまわりくどいやり方をしなくちゃならないの⁉
考えたくない!
考えたくないよ!
お父さんが最近妙に元気だったのは、きっと恋人ができたからなんだ。そしてその人が娘のあたしとつながって、しかも仲良くなってきて、未来に期待して……。
裏切られた思いでいっぱいになったあたしは、気がつけば家を飛び出していた。
110
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
九竜家の秘密
しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
君を殺せば、世界はきっと優しくなるから
鷹尾だらり
ライト文芸
結晶化する愛について。
その病を持つ者が誰かからの愛情に応えた時。
罹患者の愛は相手の体内で結晶化する。
愛した宿主はやがて死に、あとには結晶だけが遺る。まるで汚れたガラス片が波に磨かれて、いつか浜辺の宝石に生まれ変わるように。
その夏。人殺しの僕が彼女と出会ったのに、運命的なものは何一つなかった。
出会って、時々話すようになって、恋をする。そうしてまた殺すまでには三ヶ月あれば十分だ。
彼女を殺すのは難しいことじゃない。
朝起きてから顔を洗って、遊びに連れていって。そしていつか「愛してる」と伝えるだけでいい。
これは人殺しの僕が、優しさを信じた歪な少女──氷雨を殺すまでの、雨音混じりの夏の物語だ。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
かみしまの海〜海の守護神、綿津見となれ〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
渚は子どもの頃、海の神「ワダツミ」と名乗る巨大な生き物に溺れたところを助けられた。
ワダツミは言った、約束を守れば命は助けてやる。その約束とは、日本の美しき海を護ること。
そして渚は約束をした。約束の見返りに命は助けられ、その約束を果たすための能力を与えられた。
あれは夢だったんだ。
そう思いながらも、いつしか渚は海上保安官への道を選んだ。
第十一管区海上保安本部にある、石垣海上保安部へ異動。ワダツミとの約束を果たすため伊佐の奮闘が始まる。
若き海上保安官たちとワダツミが導く海の物語です。
※完全なるフィクションです
カクヨム、小説家になろうでは「海の守護神、綿津見となれ」として公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる