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第十章

未来永劫チクワ(3)

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 その日、大和のおばさんはいなかった。店長さんに聞いたところによると、好実ちゃんの具合が悪くて休んでいるそうだ。
「吉田くんのお母さんも大変だなあ。もし先にわかっていたらなにか手伝えることないか聞きにいけたのにね。小さな子がいるとなにかと大変だからな。あ、茜、ちゃんと手を洗ったかい?」
「うん!」
「よし! なでなで」
 ふたり仲良くテーブルに食材を並べてサンドイッチを作っていく。
 お父さんがパンを切って、あたしがバターを塗る。
 お父さんが切ったチクワを、あたしがパンに並べていく。
 こんな作業があたしは大好きだった。
「ね! ねえ、ささ…さー、さっきいってたみらっ、み…みー未来をのぞこうゲームって、ど、どういう…うのだったの?」
「ん?」お父さんがにまっと笑って顔をあげる。
「交代でね、竹輪をのぞくんだ。それで、未来をいいあうの。未来がのぞけなかったら一口食べる。交代で食べる。そのうち見える。見えなくても食べちゃったら勝ち! 負け知らず!」
「み、未来?」
「なんでもいいんだよ。明日はきっとカレーライスで、そのカレーライスがおいしい! とかね! そんなおいしい未来! 楽しい未来! わくわくする未来!」
 あんまり思い出せないし、他人事みたいだ。そんなんだったのかもしれないけど、妙に子どもっぽすぎて、ちょっと恥ずかしい。でもすごく楽しそうなお父さんを感じてあたしは幸せだった。最近なんだか本当に元気でうれしいんだ。
「ねえ、茜ぇ、なにそれ? って顔してるなあ?」お父さんがほっぺたをふくらます。
 サンドイッチを作りながら無言で笑うと、お父さんは続けた。
「そんな顔してないで聞いてくれるかい? お父さん話したいんだ。その未来をのぞこうゲームのさ、ちっちゃかった茜の、お父さん的ベストワンを知りたいかい?」
 聞くよ、聞きますよ。あたしはにっこり笑う。
「明日は一番お父さんとお母さんが好き! ってやつだよ」
 ――一番好き?
 あたしは思わず手をとめて見上げる。
「そう、始めお父さん、それ聞いたときこう思ったんだ。なんだよそれ、茜、今日はそんなに好きじゃないのかい? ってね。そしたらちっちゃい茜はこういったんだ。ううん、今日も一番好きだよ! でも明日はもっと好きになるの! だから毎日が一番になるの! 明日は今日よりもっと好き!」
「じつはお父さん、それ聞いて泣いちゃった」
 体がかーっと熱くなる。はずかしい!
「それがね、今日よりももっと好きな明日――未来をのぞこうゲームの、お父さん的金メダルだよ」
 きっとあたしは顔をまっ赤にしてたと思う。下を向くあたしの頭にお父さんは両腕を巻き付けると、その先の手でサンドイッチの続きを作っていった。
「さあ茜! チクワサンドイッチを作るぞ!」
「くる、おとーさっ! くる、くるしいっよ!」
「ほぉら、茜」お父さんは、まだ切っていないチクワを一本手に取ると、指を突っ込んで、目の前に差し出す。
「イナイイナイチクワー」
「お、お父さん、なーななにそれ!」
「イナイイナイチクワだぞ! 見えないんだぞ!」
 イナイイナイチクワ! それは覚えてる‼
 よくお父さんとこれでかくれんぼして、お母さんに怒られてたんだ‼
「思い出した! かくれんぼ! おこっ! おこられたよ!」
 お父さんはニカっと笑う。
「ライオンじゃないぞチクワだぞ」
「ゾウじゃないぞ、チクワだゾウ」
 キッチンが幸せな空気でみるみる染まった。今日のサンドイッチにはこんな笑い声もきっとたくさん挟まってる。めちゃめちゃおいしいんだろうな。
「ははっ、こんなことしてたらまた叱られちゃうね。内緒だよ?」
 お父さんは、ついにお母さんの写真に背中を向けて、くちびるにそっと人差し指を添わす。
「うん! わ、わーわかったよっ!」
 あたしもお父さんのマネをして写真に背を向けると、くちびるに人差し指をあてた。それをみたお父さんは後ろからあたしの目をふさいで抱きしめる。
「イナイイナイチクワ!」
「チクタクワクワクチクワ!」
「ワクワクックパッドチクワ!」
「風邪にはチクタックチクワ!」
「お、お父さんっ、そーそ、それ…わっ、わーわかりづらいよ!」
「うーん、そぉかあ?」
 キッチンにはいつまでも笑い声が響いた。後ろから視線を感じる気がする。きっと天国のお母さんもすごく笑ってるって、あたしはそう思った。
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