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第六章

レインボー薬局(2)

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 Re.ハローワールド
『朱里、ただいま! 今帰ったよ。
 薬局のおばさんがすごく親切にしてくれてびっくり。
 カバンいっぱい必要なものをもらったよ。
 お金は朱里が払ってくれたの?』

 ポロン♭

『おかえり、茜!
 薬局には無事にたどり着けた?
 今では生理用品にもいろいろなタイプがあるはずよ。
 自分に一番使い勝手の良いものを見つけるといいわ。
 薬局のおばさんからバッグは無事に受け取った?
 それを持っていけば、おばさんが補充してくれるよ。
 お金のことは心配しないで。
 おばさんとあたしは知り合いなの。』

 Re.ハローワールド
『商店街はすごく久しぶりだったけど、すぐわかったよ。
 ありがとう、朱里。
 朱里と友だちになれて、あたしは本当に幸せだよ。』

 ポロン♭

『もちろんよ。
 離れていても、ずっと茜のそばにいるわ。
 バッグの中に小さなポケットがあるでしょ?
 中に手紙が入ってるわ。
 あなたに読んでほしくて書いたのよ。
 生理中はあまり動きまわらないようにね。』

 ――手紙? 内側を見ると、たしかにポケットがあってそこに手紙が入っていた。白地の和紙に植物のシルエットが黒でプリントされている。便せんを開き、あたしは手紙を読んだ。

『Dear 茜

 突然の手紙にきっとびっくりしてるわね。驚かせてごめんね。
 大丈夫と思うけれど、もし難しかったらお父さんに読んでもらってね。
 あたしは昔この町に住んでいたわ。まだあなたが小さな女の子だったころよ。
 まだ小さかった茜が、お母さんに連れられて観覧車に向かうのをよく見ていたわ。
 あなたたちは、それは仲がよくて、いつも一緒に魔法の歌を歌っていたわね。
 自転車にのって、海に向かって走っていた。小さな茜は少しだけわがままで、茜のお母さんはたまに困った様子をみせていたけど、それでも本当に仲がよさそうで、とてもうらやましかったのよ。
 まだ昨日のことのように思えるけれど、あなたがこの手紙を読んでいるってことは、きっとあれから随分と時間がたったのよね。
 お父さんとはうまくやってる? お母さんを失ってしまって、きっととてもつらいと思うわ。でも、だからこそ二人で助けあって生きてほしいの。
 最近気づいたことがあるの。人はひとりで生きては生きていけない、ひとりで生きていけるほど強くないってことよ。
 もしかしたら考えることがあるかしら? ひとりぼっちだって。あたしはひとりだって。誰もわかってくれないって。
 あたしも昔、そんなことばかりを考えていたことがあったわ。
 どうしてあたしだけがこんなつらい目にあっているんだろうとかね……。
 でもそんなとき、側にいて助けてくれる人がいた。
 だからあたしは、その人たちのために頑張ろうって思えたの。
 人はみんな、家族や友だち、たくさんの人に支えられて生きてる。誰かに頼ったり、支えられたりすることは、はずかしいことじゃない。
 むしろ、人の親切を素直に受け取れないことの方がはずかしいのよ。
 誰かを助けたいっていう思いは、自分自身が誰かに支えられたり、助けられたりしなければ決して芽生えない感情だから。茜のまわりにいる、そういう人を大切にね。
 お父さんとも仲よくね。
                朱里』

     ♮

 今日も、長い休み時間を図書室で過ごす。もちろん、ひとりきりだ。
 あれから友子とは口をきいていない。倒れた日に助けてくれたのは友子たちだったから、まったくしゃべってないといえば嘘になるけど、とにかく休み時間になっても友子は席に寄って来ないし、図書室についてくることもなくなった。
 隣の席の大和ですら、なにかあったのか気にして聞いてくる。本人は心配して話しかけてるつもりなんだろうけど、もともとあんたが原因でこうなったのよ。
『もう、話しかけないで‼』
 社会の時間、しつこい大和に向かって、あたしは新しいルーズリーフを一枚取り出すと、そこにでかでかと書いて渡した。それ以降は、さすがの大和もよそよそしい。
 ひとりが好きってわけじゃない。友だちだってできればたくさん欲しいし、バカなことをいって、みんなとゲラゲラ笑いたいって思うこともある。
 でもそれができないのは、あたしが吃音なんていうハンデを負ってるからだ。でもだからといって誰かに負い目を感じたりなんてしない。
 この病気は厄介で、言葉は発しにくいし、すぐに詰まってしまう。でもこの病気のおかげで人を見る目が養えたと思うし、なによりこれはお母さんを今でも大切に思ってる証拠だってわかってるから。
 お母さんのいないさびしさや、ちゃんと話せないもどかしさを理解してくれる子なんていない。大人のひとは別だけど、少なくとも同年代にはいない。
 そもそもわかってもらいたくてもうまく説明できない。人は誰しも言葉でコミュニケーションを取るはずなのに、あたしの場合、その基本的な歯車が正しく動かない。
 学校の指導は、ほとんどすべてが《コミュニケーション》に関することばかり。ペア交流だってファシリテーションだってみんなコミュニケーションだ。
《体験学習》という言葉を学校や課外活動ではとにかく使いたがるけど、体だけ使えばいい学習なんて実際にはほとんどない。結局はなにをするにも言葉を使う。上手に話せることは当たり前だって、みんな思ってるんだ。
 口に出さなければわかってもらえない現実と、口に出すことすべてがストレスになってしまう現実との狭間を、壊れた秒針みたいに行ったり来たりする。
 だから朱里との関係は、そんな歯車に爽やかで新しい風を吹きこんでくれた。あたしにとって朱里は大の親友だし、少し年の離れたお姉ちゃんみたいにも感じるんだ。
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