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第二章

ハローワールドの住人(6)

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 本を戸棚に戻そうとして、奥に写真アルバムがあるのに気づく。こんなところにあったのか――そう思いつつ、古いえんじ色の刺繍が施された分厚いアルバムを取り出した。
 戸棚の中にあったにも関わらず埃が被っていて、ずっと眠っていたような雰囲気だった。着ていたパジャマで表紙の埃をぬぐうと、膝の上に置いてページを開く。お母さんが映っているページは、なんとなく見ないようにして飛ばしていった。
 先へめくっていくと島根の写真が出てくる。父方のおばあちゃん家だ。
 ……赤ちゃんのあたしが、おばあちゃんに抱かれて広間でお披露目されている。もちろん記憶なんてない。――裾が長く、赤い立派な着物を着ている。こんなのきっと一度着て終わりだから、もったいないなあと思う反面、こうやってちゃんとお祝いされてたんだと感じられるのは、悪いことじゃない気もする……。
 背景はどれもこれも木ばかり。木、木、木……。いくら写真をながめても、記憶はよみがえらないし、虫が多そうだなとしか感じない。電線の一本だって映ってないし、ただ広がる真っ青な空と、緑と茶色の風景ばかり。この場所がどれほど山の中にあるのか想像もできない。
 おばあちゃんとは電話で話すこともあるし、お母さんがいなくなってからしばらくは泊まりで来てくれていたから、それなりに知ってはいる。すごく独特なしゃべり方で、ほがほがいったり、じゃけじゃけいったりで、なにをいっているのかさっぱりわからない。もっとも、おばあちゃんも同じ気持ちみたいで、あたしが吃るたびに何度も聞き直してくる。
 それがとってもいやだった。それでもおばあちゃんはまだマシな方だ。だって島根に帰ってしまえば同じようにほがほがいったり、じゃけじゃけいったりする人たちが他にもいっぱいいて、ちゃんと会話は成立するんだもん。
 あたしはというと……。
 あたしのまわりには誰もいない。
 吃音で悩む友だちなんて、誰ひとりとしていないんだ。

 部屋に戻り、「朱里」からのメールをもう一度読んでいると、不思議な気持ちになってくる。あたしは、この〝お友だち候補〟っていう考えにときめいている自分に気づいた。もしかしたら物心ついてから〝お友だち〟っていう言葉にわくわくしたのなんてはじめてかも。たった十二年しか生きてない人生だけど、それなりにあたしは〝不幸〟だし。
 そんなことを考えながら心の中でちょっと笑う。
 ――返事のメールは明日しよう。
「は、は…はっじめまして。朱里さん、あ、ああ明日、メール……す、するっ…ねっ。おや、おおやす…み、な、なっさい」
 声に出してそういうと、パソコンを閉じて掛け布団を頭からかぶった。
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