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第二章
ハローワールドの住人(1)
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午前の授業が終わり、給食を食べ終えると、あたしは残りの休み時間を図書室で過ごす。
♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャック・イファウッドチャック・クッドチャックウッド?
図書室へ向かう廊下で、あたしは鼻歌混じりに早口言葉を口ずさむ。
昔はお母さんとよく言葉遊びをした。ロンドン橋や十人のインディアン、ヒッコリー・ディッコリー・ドックなんかの言葉遊びも。歌の意味なんてとっくに忘れてしまったけど、一言目が走り出すと不思議と条件反射のように吃らずに最後までいえる。
本を読むのは好き。だって、頭の中では全然吃らずにすらすら読めるから。現実に音読すれば、あたしは途端に本が嫌いになるだろう。だからまあ、安西先生が国語であたしを当てないのは、本を好きでいるためにはちょっと感謝しなくちゃならない。
「茜ちゃん、図書室? あたしも行く」
ついてこなくていいのに、友子は必ずくっついて来て図書室で時間をつぶす。
「茜ちゃんはいつもすごいよね。あたしなんか宿題の本でさえ最後まで読めないのに。ねえ、今日はどんなの読むの? 最近なにかいいのあった?」
友子は本を読むのが苦手。というより、そもそもじっとしていられない性格。まあ彼女ひとり教室に残っていてもきっと居心地は悪いだろうから、したいようにすればいいと思っている。
ただ、あたしが本を読んでる間、どうでもいい話で邪魔してくるのには正直うんざりなんだ……だって、本の内容がぜんぜん頭に入ってこないんだもの。
「な、なっなんにも、と、……とくに、はないよっ」
「そっかあ、なんか面白い本を見つけたらあたしにも教えてね」
友子はどうしてか、肘をついてうれしそうにあたしを見る。これにはなかなか慣れない。自分も本を読めばいいのに、ただ隣でつきあっているだけだ。
なんでいつもピンクの服を着てるのかとか、なんで本を読まないのに毎日図書室についてくるのかとか、とにかくわからないことだらけ。でもうまく質問もできないから、きっとこの先も聞くことはないんだろう。
友子がまた袖口をいじっている。なるべく気にしないように、気持ちをそらして本を読んでいると、ふいに友子がいった。
「ねえ、茜ちゃん、明日遊ばない? お母さんいないんだ」
「ご、ごごめん、……あっあ、明日びょっ、びょびょういんの日だよっ」
「あ! そうか、ごめんごめん! そうだったね、毎月第二金曜日は病院の日だった! 頑張ってね」
友子は残念そうにしたけど、どことなくほっとしたようにも見えた。
「あ、五限は音楽かあ……」
友子がふいにつぶやいて、暗い気持ちが舞い戻ってくる。図書室を出ると、友子がお預けを解かれた犬みたいにしきりに話しかけてくるけど返事をする気分になれない。黙っていると、「ねえ大丈夫? どっか痛い?」と心配してくる。
音楽ね。普通にしゃべったり歌ったりできる人には簡単だ。時間割を見るたびに一喜一憂する気持ちなんて、普通の人にはわかるはずもないんだから。
こうやって無邪気に口にした言葉が、あたしみたいな人間を傷つけることがあるってことに、みんなは気づいたりしない。
それは無自覚でのことだし、誰の責任でもない。そんなことはよくわかってる。でもだからこそ、あたしはこうやって黙り込むしかない。本当に孤独だ。
♪ ハウマッチウッド・ウッドアチャック・イファウッドチャック・クッドチャックウッド?
図書室へ向かう廊下で、あたしは鼻歌混じりに早口言葉を口ずさむ。
昔はお母さんとよく言葉遊びをした。ロンドン橋や十人のインディアン、ヒッコリー・ディッコリー・ドックなんかの言葉遊びも。歌の意味なんてとっくに忘れてしまったけど、一言目が走り出すと不思議と条件反射のように吃らずに最後までいえる。
本を読むのは好き。だって、頭の中では全然吃らずにすらすら読めるから。現実に音読すれば、あたしは途端に本が嫌いになるだろう。だからまあ、安西先生が国語であたしを当てないのは、本を好きでいるためにはちょっと感謝しなくちゃならない。
「茜ちゃん、図書室? あたしも行く」
ついてこなくていいのに、友子は必ずくっついて来て図書室で時間をつぶす。
「茜ちゃんはいつもすごいよね。あたしなんか宿題の本でさえ最後まで読めないのに。ねえ、今日はどんなの読むの? 最近なにかいいのあった?」
友子は本を読むのが苦手。というより、そもそもじっとしていられない性格。まあ彼女ひとり教室に残っていてもきっと居心地は悪いだろうから、したいようにすればいいと思っている。
ただ、あたしが本を読んでる間、どうでもいい話で邪魔してくるのには正直うんざりなんだ……だって、本の内容がぜんぜん頭に入ってこないんだもの。
「な、なっなんにも、と、……とくに、はないよっ」
「そっかあ、なんか面白い本を見つけたらあたしにも教えてね」
友子はどうしてか、肘をついてうれしそうにあたしを見る。これにはなかなか慣れない。自分も本を読めばいいのに、ただ隣でつきあっているだけだ。
なんでいつもピンクの服を着てるのかとか、なんで本を読まないのに毎日図書室についてくるのかとか、とにかくわからないことだらけ。でもうまく質問もできないから、きっとこの先も聞くことはないんだろう。
友子がまた袖口をいじっている。なるべく気にしないように、気持ちをそらして本を読んでいると、ふいに友子がいった。
「ねえ、茜ちゃん、明日遊ばない? お母さんいないんだ」
「ご、ごごめん、……あっあ、明日びょっ、びょびょういんの日だよっ」
「あ! そうか、ごめんごめん! そうだったね、毎月第二金曜日は病院の日だった! 頑張ってね」
友子は残念そうにしたけど、どことなくほっとしたようにも見えた。
「あ、五限は音楽かあ……」
友子がふいにつぶやいて、暗い気持ちが舞い戻ってくる。図書室を出ると、友子がお預けを解かれた犬みたいにしきりに話しかけてくるけど返事をする気分になれない。黙っていると、「ねえ大丈夫? どっか痛い?」と心配してくる。
音楽ね。普通にしゃべったり歌ったりできる人には簡単だ。時間割を見るたびに一喜一憂する気持ちなんて、普通の人にはわかるはずもないんだから。
こうやって無邪気に口にした言葉が、あたしみたいな人間を傷つけることがあるってことに、みんなは気づいたりしない。
それは無自覚でのことだし、誰の責任でもない。そんなことはよくわかってる。でもだからこそ、あたしはこうやって黙り込むしかない。本当に孤独だ。
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