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百十一話
しおりを挟む今まで生きてきて初めてだった。
姉を失い半ば脱け殻のように生きていた自分が新しい世界で、女性に対して強く愛おしいと思ったのは。
家族に対する愛情、といういみであれば姉に抱いていたそれだが、リリアやアカネ、ミソラ、アリアに対する気持ちはもっと複雑で怖いものだった。
失うこと、離れる事、嫌われる事……そのどれもが怖くて表面上は強がって、何とも無いように振る舞って動いていたような気もする。
今まで経験したことのない不安が首をもたげて耳元で囁く。
あれだけの命を奪っておいて人並みの幸せを望むのか?
家族を失い、それでもまた失う苦しみを味わいたのか?
どれも心の底で考え続けていた事だ。
だからどれだけ相手からの好意を感じても踏み込みはしなかった。
しかし、リリアやアリア、ミソラやアカネに想いを告げられた事で、あと一歩を踏み出す決心がついた。
彼女達が関係が変わってでも、前に進みたいと願い告げた言葉がどれほど勇気が必要だったのか今なら分かる。
だからこそ、俺もその勇気に応えたい。
そう決断し、行動することを決めた。
まずはリリア達には内緒でヴィスコールの民に事情を説明し、一世一代の舞台の為として村の広場を借りる。
その後カータシアさんに全員のスリーサイズを伝え、服屋の店主も呼んで最高のウェディングドレスを準備する。
なぜスリーサイズを知っているのかは企業秘密で通しておいた。
近親者達にも説明を行い、日にちを決めて準備な内密に進め、自分は自分でホームで作業を開始する。
「むぅ……元々あるシルバーリングに……それぞれにあった色の宝石がいいよな。 リリアは……翠かな? アカネは朱で、ミソラは青。
アリアは……なんだろ」
ふと最初のころのふるーつ俺事件を想いだし、黄色だなと思う。
いや実際黄色似合うしな。うん、それでいい。
作りながら彼女達との今までの出来事を思い出す。
本当に色々あったなと苦笑しつつ、丁寧に仕事を勧める。
気合いを入れて全ての準備を勧め……時は来たのだ。
目の前にはそれぞれが特徴を表すかのように美しいドレスに身を纏った四人がいる。
何が起きるのかは何となく想像がつきもするが、それでも夢心地にあるようだ。
周囲には色とりどりの花が準備され、四人の美しさを更に引き立たせるように配置されていた。
「ここまで待たせてしまったが……ようやく決心がついた。 これからも波乱の多い人生となるだろう。 それでもこの五人で手を取り合い、幸せな家庭を築いていきたいと思う。 この一生のプロポーズをどうか……受けて頂けないだろうか?」
一世一代、今まで出したことのないような緊張と不安と、願いを込めた言葉。
もちろん相手が四人もいるというだけで不誠実である。
それでも共に進みたいと願ったこの気持ちは嘘じゃない。
「俺の国では愛するものとの永遠の誓いという意味で、相手の左手の薬指に指輪を贈ることがプロポーズとされている。 どうか俺の気持ちを受けては頂けないだろうか?」
四人の前で膝をつき箱を開ける。
なかにはそれぞれを表す色調の指輪をセットしている。
四人はしばらく動かないかと思ったが、真っ先に動いたのはミソラだった。
「うふふふふふ。 これがわたしのゆびわだね。 ねぇますたー……いやちがうね。 ねぇあなたさま。 これからもみらいえいごう、よろしくね!」
そこには普段のようなぼーっとした表情ではなく、まるで大輪の華が咲いたかのように美しい笑顔が咲いていた。
「ああ、命尽きるまで共に歩もう」
ミソラは今の崩れきっている表情を隠しもせず、自ら指輪を嵌めて蕩けた表情を見せている。
次に指輪をとったのはアリアだった。
アリアはそっと指輪を取り、夢心地でそれを左手の薬指に添える。
「ゼクトさんの毒牙にかかっちゃいましたね」
うふふふふふ。 と上機嫌に笑うアリア。
その頬が真っ赤に染まっている。
「貴方が選んでくれた事が何よりも嬉しい。 これからも……支えてくれるのよね」
「勿論だ。 今後何があっても君を守り抜く。 そう誓う」
「約束ですよ……ア、ナ、タ。 うふふふふふ」
幸せ絶頂にあるアリアの言葉が鼓膜を揺らし、少しだけ頬が緩む。
続いたのはアカネだった。
アカネは着なれないドレスでなんとか近付き、先の二人とは打って変わって大人しい。
「あ、あの! 妾はその……出来ることも少ないし……その可愛らしさなどないし……そ、それでも妾は御主人様と!」
「分かってる。 俺はアカネにとても助けられている。 俺にはお前が必要なんだ。 アカネ、受け入れてくれるか?」
アカネの左手を取り見つめる。
顔面真っ赤で名前の通り朱に染まったその顔がゆっくりと頷く。
それに合わせアカネの左手の薬指に指輪を通す。
アカネはその手を胸の前で何よりも大切なものを抱き締めるようにして、ゼクトに笑みを向ける。
「心より……心より……愛しております、貴方様」
「俺もだ」
少しアカネが離れ、そして最後にリリアが箱から指輪を取り出す。
深緑というように深い翠色の宝石が輝いており、ゼクトがその手を取りゆっくりと嵌める。
「わ、わたひ……ぜったいゼクトさんと釣り合わないし……ひっく……いつか捨てられると思ってたのにこんな……こんな……うぐっす」
「そんな訳ないだろう。 俺が人を……誰かを愛したいと思えるようにしてくれたのはリリアなんだ。 どんな時でもずっと側にいたい。 失うのが怖い。 拒絶されるのが怖いそんな気持ちにさせてくれたのはリリアだ。 俺はリリア達が心の底から大切なんだ」
「ぜ、ゼクトひゃん……ずっと……ずっと一緒ですからね。 離さないでくださいね?」
「勿論です」
泣きじゃくるリリアを抱き締めると、他の三人もリリアを抱きしめるように続いてきた。
四人に囲まれる中、さて次に進めようとレイブンに視線で合図を送り、それにレイブンが答えようとした時。
レイブンが拡音石で思わず、「えっ! あっえっ!」と意味不明な声をだす。
その視線が俺のほうに向いていた為、後ろを向くも何もない。
参加客達も何故か固唾を飲んでこちらを見ている。
リリアやアリア、アカネとミソラもじっとこちらを見ている。
何事かと思ったその時。
頬を伝うものがあった。
指で触れると湿っている。
涙だった。
本当にいつ以来なのか。
目から溢れる涙が溢れ、思わず顔を抱える。
「参ったな……こんな……つもりは……」
緊張や恐怖ではない。
ただ単純に……嬉しかった。
人並みの幸せなんて考えてもいなかった。
そんな俺に……世界で何よりも大切な存在が出来た。
愛おしいと思った。
そんな彼女達と心から繋がることが出来た。
「ああ…………嬉しいと……こんなに涙が出るものなんだな」
あまりに久しぶりの感情に自分が制御できず、声が……言葉が震える。
「じぇくとしゃん!」
「うふふふふ。 いっぱい泣いていいですよ」
「ますたー……じゎなかったあなたさまがなくなんて」
「貴方様の涙……妾ももらい泣きしそうですわ」
広場の中央で寄り添い合う五人。
そこに少しずつ拍手がおき始める。
「旦那! 幸せになれよ!」
部下を連れて、太い腕で大きく拍手を送るヤクトやゴード達紳士組。
他にも知った顔が祝福の言葉を投げ掛けてくる。
今まで味わったことのない、幸せの言葉達。
『こちらの食事やお酒はゼクト様からのお祝いで、他にも皆様から頂いたものを使用しています! 好きなだけ飲んで騒いでください!』
レイブンが拡音石で司会を進め、皆が思い思いに俺たちの結婚を祝い、パーティーが始まった。
「いきあたりバッタリなサプライズではあったけど……取りあえず……良かったよ。 それに皆とても綺麗だった」
かなりの人数を相手にさせられたゼクトは少し離れた場所で、やっと一息つき腰をおろす。
めでたい事が好きなのかヴィスコールの民達は、色んな人を巻き込んで踊り出している。
「幸せって……凄いんだな……」
すると隣に主賓ながら同様に抜け出してきたリリアが顔を赤くして戻ってきた。
間違いなく飲んでいる酔っぱらいバージョンである。
「ゼクトしゃん!」
「はいはい、どうしました」
「私はゼクトしゃんがぁ……好きです! 朝起きたらゼクトさんを探します!」
「……?」
「そして、いたら安心して二度寝します!」
「いやダメです。 叩き起こします!」
「それです!」
もはや一体なんの話をしているんだろうかリリアさん。
気絶させていい?ちょっと面倒くさいよ?
「そんな……いつもと変わらない……じぇくとしゃんとしゅごす日常がしゅき、なんです。 しゅきですよー。 うふふふふふふ。 だぁい好き。 だから、もうなかにゃくていいんですからね?」
かなりギリギリまで飲んでいたのだろう。
もはや人語としてかろうじて成立しているであろう状態である。
リリアは最後の言葉で意識が切れたのかパッタリと倒れこむ。
「そうだな……これからは幸せな笑顔をいっぱい作っていこう……一緒に……」
気絶したように眠るリリアの頭を膝に乗せ、ゆっくりと撫でる。
いつ以来だろうかと思いながら、考える。
きっといつか……君の事も笑いながら語れる日が来るのかな。
そう、願わずにはいられないな。
※ここまで見てくださった皆さん、超絶不定期な困ったちゃんな私の作品を見ていただき本当にありがとうございました!
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