上 下
18 / 21

十八話

しおりを挟む

 よく晴れたいい天気なのに清々しくもあるような、そうでもないような。
 気持ち一つで天気の見え方がこんなにも違うなんて考えたこともなかった。
 問題を一つ一つ解決していってるのに、新たな問題が山積していくこの状況はなんなのだろうか。
 森で暮らしていた時は問題なんて明日何を食べるか、妙な生き物が荒らしに来たとかその程度のもので即解決出来るものばかりだった。
 今も後腐れなんて気にせずやろうと思えば力で全て解決出来るとは思う。
 が、感性が少し人間に近づいているせいか、無理矢理解決というものを躊躇うようになっている気がする。

「……まあ、感性が人間に近づくというのも悪いことばかりではないか」

 ベッドで休むレーティアを見てそう感じずにはいられない。
 私は昨日初めて怒りや殺意、虚無感といった今まで覚えたことの無い感情を抱いた。
 どれも全く気持ちのいいものではないが、それらを抱いた理由は単純にレーティアが自分にとって大切だったからだ。
 まだ出会って数日しか経っていない彼女に私は愛着のようなものを抱いている。
 今まで動物のような生活をしていた私に、大切なものが出来たのだ。
 それも傷つけられて激しい怒りや殺意を覚えるほどに。
 無目的に生きていた私にとってこの出来事は大きな意味があると思う。

「大切だと分かると、途端に心配になるものだな」

 大切なものが傷つくというのはかつてない怒りと共に失う恐怖を覚えた。
 自分がレーティアから離れた時にまた同じように誰かに傷つけられてしまうのではないか。
 そんな問題を解決するため、そして彼女を排斥しようとしたアイレノールの民への意趣返しとして奴等の肉体を使い、護衛兼奴隷として一体の人型を造り上げたのだが……今になって若干これで良かったのかと心配にはなっている。
 ベッドの傍らに立つ女性型の生き物。
 どうせレーティアに仕わせるなら綺麗な見た目がいいかと思い、造形にはそこそここだわってみた。
 真っ黒な髪を肩付近で切り揃えており、シミ一つ無い真っ白な肌が眩しい。
 色に明暗が分かれているからか、黒と白の対比がハッキリしている。
 眼の色はレーティアに揃えて青色にし、レーティアよりも少し身長が低めにして圧迫感を覚えないように調整してある。
 人間は胸や尻に肉付きが良い方が人気とどこかで聞いた記憶があるのでその辺は適当に盛ってある。
 最後に仕える者という意思表示を込めて執事服を着せている。
 見た目はそこそこ完璧に仕上げたつもりだ。
 中身も私の触手を核に造り上げているので、意志疎通も完璧だ。
 ただ何故かは分からないが全く喋らない。
 今のところはただひたすらに命令を忠実にこなす執事だ。
 血で汚れたレーティアを洗い着替えをさせ、他の衣類を洗濯するなど実に細やかにサポートをしてくれる。

「……ん……? あれ、私……」

「目が覚めたか? 身体の調子はどうだ?」

「あれ? ゾア様……はっ!? あれ!? 私、生きてる?」

 ぼんやりしていた様子から一気に色々思い出したのか身体を確認しはじめた。
 あれだけ傷を負っていたのだから、それが無くなっていると驚くのも無理はないのか。

「起きて早々だがレーティア。 まずは謝罪させてほしい。 私は君を護るつもりでいながら、あんな目に遇わせてしまった。 言い訳のしようもない」

 ふとレーティアを見つけた時の姿を思い出す。
 死の一歩手前まで傷つけられた彼女の姿に後悔の念が滲んでくる。
 あれは間違いなく私の浅慮によるものだ。

「え、ええ!? ち、違います! ゾア様のせいじゃありません! あ、ああああ頭を上げてください!」

「いや、アイレノールの民が狙われていると分かっていたのに、君に民族衣装を着せたまま町を行動させていた。 町の人間達が狙っているわけではないと知り触れないでいた」

「……あっ、そう言えば。 犯人はその……この町の人達ではなかったんですか?」

「正確に言えばこの町に住むフェルレシア教とかいう教会の連中だ。 そいつらがアイレノールの民の血が世界を救うなどという妄言を吐き、君の村を襲ったようだ」

「フェルレシア教……聞いたことないです」

「ああ。 私もそう詳しい訳ではない。 奴等にはいずれ理由を問いただすとしよう」

 正直最初はアイレノールの民に同情している部分もあったが、今はどちらにも肩入れしたくないというのが心情だ。
 ギブレ族長だけなら護ってやってもいいが、それは個人であってアイレノールの民を護るという気にはなれない。

「分かりました…………ところでその……そちらの綺麗な女性は……? はっ! も、もしかして私がふ、不要になったのでしょうか!?」

 執事服を着せたこれが気になった様子だが、何を思ったのか急に泣き出しそうな表情を見せるレーティア。
 不要になる事などないというのに。

「君を不要と思うことなどない。 これは今回の一件でレーティア専用の護衛の必要性を感じて造ったモノだ。 喋りはしないが私と君の命令を聞き、君を護る用に造っている」

 紹介すると丁寧に深々と頭を下げる執事。
 泣きそうな彼女にどこからかハンカチを取り出し、手渡している。
 ……造った私より細やかな気遣いが出来るとはどういうことだろうか。

「え、つくった……?」

「ああ。 人型を造るなんて初めてだったが、案外うまくいくものだな」

「……い、命を造り出すなんて……まるで神様みたいですね」

「私が? はははっ! なら私は神でも邪神寄りだろうな」

 私は完全に利己主義だからな。
 人間にとっての優しい神では間違いなく無い。
 悪魔という方がまだ近いかもしれない。

「そ、そんな、ことはありません! ゾア様は立派な方ですから!」

「いや、立派な者がやらないような事を昨日やっているからな。 ……君には嫌われるかもしれないが、私は君を傷つけた君の村の者達をどうしても許せなかった。 君が村の連中に酷い扱いをされていたという記憶も見た。 感情に歯止めが効かずあの牢屋にいた者達を皆殺しにした。 だから私は決して立派な者ではないよ」

 彼女にとっては敵のようなものでも、間違いなく同族ではある。
 そんな村の者達を皆殺しにしたことに彼女は怒るだろうか?
 嫌われたくはないな。

「私が襲われてるのを見て……怒った、んですか?」

「うん? ああ、そうだな」

「ふ、ふふふ。 あ、すいません笑っちゃって。 でもその……ゾア様が私なんかの為に怒ってくれたっていうのがなんだか嬉しくて」

 頬を赤らめて笑うレーティア。
 同族を皆殺しにしたのに嬉しそうな彼女の笑みはどこか儚げで美しい。
 地下に入った時に不安のようなもので心臓が不自然に一つ跳ねたが、今もまったく別の感情で心臓が跳ねた気がする。

「君の村の連中を殺してしまったのだが……怒っては、いないか?」

「……怒ってません。 あそこまでやられて……同じ仲間だなんて思えませんから」

「そうか……」

 確かに酷い有り様だったしな。
 いくら人間で同じ村の者達だったとしても危害を加えてくるものを仲間とは思えないか。

「その、ゾア様はこれからどうされるんですか?」

 これからか。
 言われてみれば何も考えていなかった。
 フェルレシア教の連中に関してはラハット司教とかいう者が怪しいが、今のところは率先して関わるつもりはない。
 彼等が使おうとしたアイレノールの民は全て始末したし、計画は頓挫しただろう。
 生き残りを狙うかもしれないが拠点らしき教会も潰したから集める場所もそうそう無いだろうし、すぐには動けないだろう。
 これからか……やりたいことをやればいいのだが……やりたいこと。
 ……ふと、先程のレーティアの笑顔が浮かんだ。
 彼女の喜ぶ顔はとても綺麗で何度でも見たいと思った。
 彼女が幸せなら私は嬉しいのかもしれない。
 そうだな、私のやりたいことは決まった。
 
「レーティア」

「え? あ、はい!」

「私は、君を全力で幸せにしたい」

「……………………え?」



 ※………………え(。・ω・。)?
しおりを挟む

処理中です...