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十一話
しおりを挟む「おう待ってたぞ兄ちゃん!」
戻りついでに何かの肉の串焼きの味を楽しんだあと組合に戻ると、依頼の報告などで最初に来た時よりも人が多く溢れかえっていた。
そんな中に入るやいなやこちらを確認した素材の受け取りを担当した厳つい男が、いい笑顔でこちらに手を振ってきた。
邪魔な人間を避けながら男の元へ到着すると歯を剥き出しにして嬉しそうな笑みを見せてきた。
「兄ちゃんのおかげで良い肉と魔石が手に入ったぜ。
あれならいい触媒になりそうだ」
「そうか。 それで手数料を引いて幾らになる?」
「ざっと五十八万エルクだな」
「ご、五十八万!? なな、な、なんて大金!?」
男のつけた値段を聞いて目玉が飛び出んばかりに驚くレーティア。
村で生活していたらそうそう見ない金額なのだろうか。
そう言えばレーティアが十万だったからおおよそレーティア六人分のお値段と言うことだ。
肉と魔石一つよりもレーティアの方がきっと価値があると思うが……私にはよく分からんな。
男はずしりと重みのある袋を取り出し渡してきた。
これでしばらくは生活には困らないだろう。
「受け取った。 また利用させてもらう」
「おう! 良いもんが手に入ったらよろしく頼むぜ! なんなら登録していってもいいぞ!」
「それは遠慮しておく」
「あ、えっと、失礼しました!」
丁寧に頭を下げるレーティア。
あの笑顔を見るに相当儲かるのだろうし、多分手数料も相当取られている気がするしこちらがへりくだる必要もないと思うが……レーティアは性格が良いのかもしれないな。
よくよく考えてみれば今のところ好感を持っているのはレーティアとギブレ族長だけだな。
まだそれほどの数の人間にあった訳ではないが、取り込んだヨシュアやキッドもアイレノールの民にも正直なんの好感も抱けなかった。
「お、なんだこの娘。 可愛いじゃん」
用事も済んだのでさぁ帰ろうという時。
三人組の男女、正確に言えば二人の男と一人の女が絡んできた。
レーティアの見た目に惹かれたようで、そのうちの一人、金髪でなかなか容姿の整った男だ。白銀の鎧がなかなかに悪趣味だ。そんな男がレーティアの手首を掴んだ。
「え? あ、あの離してくださぃ……」
「おーいいね。 声も可愛いじゃん。 俺達依頼の報告終わったらこの後暇なんだけど、一緒にご飯でもどう? 今日は稼いだから奢るよ」
これはあれか。発情した人間の男が求愛行動をとっているのか?
興味深いな。魔物や動物は種族によって行動も違うが、人間はこうなのか。
しかしレーティアの方はあまり嬉しくは無さそうだ。
人間の番というのはどうやって成立するんだろう。
「おいディラン。 無理強いはするなよ。 前に同じことして組合から怒られたの忘れたのか?」
「いやいや。 あれは人の恋路を男が邪魔したからだよ。 あれがなきゃ今頃はあの娘といい仲になれてたかもしれないんだ。 それにこの娘見てみろよ。 俺みたいな完璧な男にこそ相応しい美人じゃねぇか」
仲間が諌めるような言葉をかけているが……この男が人間の中で完璧な男なのか。
確かに容姿は優れているが……何が完璧なんだ?
強さや財力などだろうか?
「なぁ、俺の誘いを断ったりしないよな?」
「あ、あの……それは……」
うぅむ……レーティアの目に涙は浮かんでいるし手も振るえている。本気で嫌そうな素振りを見る限り、これは一応止めた方がいいか。
レーティアにも恋愛の自由はあるべきだと思い様子を見ていたが、どうもそういう雰囲気にはならなそうだ。
「その手を離してくれ。 レーティアが嫌がっている」
「あん? なんだこの娘の恋人か? ……ま、まぁ顔は悪くねぇみてぇだが、俺様の邪魔はいけねぇな。 痛い目見たくなかったら引っ込んでろ」
言葉は通じているが会話が出来ないタイプだろうか?
離せと言っているのに見当違いの答えが返ってきた。
仕方無い。ここは分かりやすく力づくでいこう。
「制裁だな」
「あぁ? 何をべしゃっ!?」
人間形態で戦闘などしたことも無かったのでとりあえず平手打ちを顔面に叩き込んでみた。
どの程度の力加減が必要なのかもいまいち分からなかったので拳だけは止めておいてやったのはずいぶん優しかったかもしれない。
見事に決まった平手打ちは施設内に響き渡るほどの良い音をさせ、ディランと呼ばれていた男を壁に叩きつけた。
……拳で本気で振り抜いていたら頭部爆砕していたな。
人間形態での暴力にはもう少し注意を払うとしよう。
「すまないなレーティア。 止めた方がいいのか止めない方がいいのか分からなかったから間に入るのが遅れてしまった」
「い、いいえ! ありがとうございます!」
まだ少し声や身体に振るえが残っている。
思い返してみればレーティアは虐められていたのだしあのような高圧的な男にはその時の事を思い出させてしまうのかもしれない。
うむ、留意しておかねばな。
「ディラン!? うわ、首の骨がヤバい! アリアン! 回復を頼む!」
「ったく、面倒くさいね。 どきなガラル」
……やりすぎたか?
まあいいか。レーティアが嫌がることをしたのなら平手打ちされても文句は言えまい。
「おいお前! たしかにディランはうざかっただろうが、ここまでやる必要はないだろ!」
今度はガラルと呼ばれた男が立ちはだかってきた。
「私はきちんと離せと注意したぞ?」
「だからって限度があるだろう! このままディランが死んだらどう責任をとる!」
「ん? 限度とはなんだ? それが死んだところで何も思うところなどないが?」
死んだならそれまでのことだろう。
私に従わず私のモノに迷惑をかけるなら制裁を受けて然るべきだ。
それで死のうが知ったことではない。
「……なんだこいつ」
「声に怯えが混ざっているな? 恐れるのは死を感じているからだ。 このまま私に剣を向けるならそれもよし。 そこの男と同じ道を辿らせてやる。 退くなら見逃してやろう。 どうする?」
剣の柄に手をかけている男の眼を覗き込む。
先程の平手打ちで少なくともこちらが一筋縄ではいかないと感じた筈だ。
その証拠に小刻みに振るえ、足はベタ足で動いていない。剣の柄に置いた手も握れていない。
「……動かんなら通らせてもらおう。 行こうかレーティア」
「は、はい!」
固まったままの男……ガラルの横を通り抜ける。
成り行きを見守っていた他の者達もこちらの道を譲り人波が割れる。
邪魔にならないから助かるな。
「あー、待ってもらおうか?」
「ひっ!?」
さぁ今度こそ帰ろうとした時。
今度は背後から野太い声が帰りを邪魔してきた。
後ろから妙に敵意のようなものを飛ばしてきており、虐められていたからかそういう気配に敏感なレーティアは悲鳴に似た声を出した。
振り返るとそこには声の野太さがよく似合う男がいた。
一言で言えば猛獣。鬣のような茶髪と蓄えられた髭に鋭い瞳。非常に鍛えられた肉体は質素な服の上からでも筋肉の膨張を感じさせる巨体。
顔に入った横一文字の傷痕が特徴的だ。
「この組合の支部長、ヴェルド・エッケグランスだ。 なりゆきは大雑把に聞いたが、たかが軟派程度でうちの組合員の首を折ったらしいな。 事務員がすっ飛んできたよ」
男の背後を見ると眼鏡をかけた男性が立っており、こちらと視線があったかと思うとすぐに引っ込んだ。
なるほど揉め事を報告に行ったのか。偉いな。
というかまだ治療中で、来たばかりでは折れたかどうかも分からないぞ?
「折れたのか? 頬を叩いただけで折れるとは軟弱な首だな」
「お、お前! ぬけぬけとよくも言えるな!」
今度はガラルか。支部長とやらが出てきたからか声に安堵が感じられるな。
それほど頼りになる相手か。
「黙っていろガラル。 ディランにも非はあったのだろう?」
「そ、それは……でもここまでされる程じゃありません!」
「わかっている。 ここからは私の役目だ」
人間の価値観で会話されるとさっぱりだな。
多少人間を喰らって人間達の知識を得たとしてもこういうところで価値観が理解出来ないから、何に怒っているのか分からん。
ディランが私の邪魔をしたから制裁しただけだというのに何故他の連中がわざわざ顔を出してくる。
「不可解といった顔だな坊主。 いいか、どんな理由があろうと組合の中で殺しは禁止だ。 それにどんなにバカな事をしようが組合員が傷つけられちゃ俺も黙っちゃいられねぇ」
「黙っていられないならどうする?」
「お前に選択肢をやろう。 ここで謝罪して相応の金を払う。 二つ目は俺を敵にまわす。 お前が依頼を出す客だったら見逃しても良かったんだがな」
そうじゃないということは私が依頼ではなく素材を売りにきただけの客ということは知っているのか。
受付をした男があれだけ上機嫌だったから私は上客だったのかと思ったが……いや、そこまでは知らされなかったのか?
まあどちらにしろ答えは決まっている。
「選択肢をやろう、か……傲慢な発言だな。 ならば私も貴様に選択肢をやろう。 這いつくばって頭を垂れて謝罪するか。 死ぬかだ」
一瞬の沈黙。その後に周囲から笑いの渦が巻き起こった。
私の発言はどうも彼等にとっ面白かったようだ。
周囲から「支部長に勝てるわけないだろバカか?」「身の程知らず過ぎるだろ」「勘違い野郎もいるもんだな」「あの反骨精神に可愛い顔、屈服させたいわぁ」「あの褐色肌の子、不憫可愛いなぁ」などなど聞こえてくる。
所々変なのがいた気がする。
「ふぅ……外に出な坊主。 きっちり躾た後に詫びさせてやる。 金の話はその後だ」
外へ向けて歩き出そうとしたヴェルド。
迂闊にも程があるだろう。
「バカか貴様は? 闇よ縛れ」
「なっ!?」
足元の影から伸びた真っ黒な鎖がヴェルドの四肢と首に絡み付き、そのまま床に引き倒す。
影の範囲を広げて床を壊しても脱け出せないように強く固定する。
倒れ影に密着したところで更に鎖を伸ばし体幹も固定する。
「き、貴様卑怯だぞ!? 不意打ちではないか!」
「卑怯? 戦いにおいて開始の合図などないだろう。 お互いに争う意思を見せたならそれが始まりだ」
「外に出ろと言っただろう!」
「合意した覚えはない。 さて……」
床に這いつくばるヴェルドの頭に足を乗せて踏みつける。
……ヨシュアの過去の記憶でこの行為で悦に入っている場面があったが別にそこまで気持ちいいものではないな。
「私は貴様と違って寛大だ。 もう一度聞いてやろう」
「な、何を……」
倒れたままの姿勢で何とか首をもたげようとするヴェルドの頭を足で無理矢理抑えながら出来るだけ優しげな声で伝える。
レーティアが怖がっているようだから、あまり乱暴にならないようにしないとな。
「這いつくばって頭を垂れて謝罪するか。 死ぬかだ。 さぁ選んでいいぞ」
先程までの罵倒する声が消えたな。
沈黙と緊張感のようなものが耳鳴りのように感じる。
「う、うわぁぁぁ!」
沈黙に耐えかねたようにディランが剣を抜いて襲いかかってきた。強い踏み込みに中々の素早さだ。
それなりに実力者なんだろう。
「おっと人質が増えてしまったな」
影から更に追加で鎖を増やしディランも同様に縛り上げる。
そうだな。今度は天井にでも磔にしてやるか。
鎖を大きく伸ばしディランを天井に打ち付け拘束する。ちょっと首を絞めすぎてちょっと顔が青いがまぁ大丈夫だろう。
「他にかかってくる者はいるか? この無様な男よりも強いなら鎖を抜けられるかもしれんが、そうでないなら上にいる男と同じ扱いにはなるが」
おお、さすが冒険者。
戦意を滾らせているのがざっと十五、六人といったところか。
視線で合図をして一気に散らばって動き、的を絞らせないようにしている。
それぞれが得物を手に踏み込み、後方で魔法を発動しようと詠唱を始めている者もいる。
「複数人で一人をしとめる為に散開して的を絞らせず、多方向からの攻撃。 優秀だな」
しかも決して接近しすぎず中距離から槍や剣を突きだす形で仕掛けてきている。
反撃する隙を与えず後方からの魔法で決めるつもりだろう。
「私でなければ有効な手ではあったな」
突きだされる武器を避けつつ影の範囲を広げ、攻撃態勢に入っている者達全てに影の鎖を飛ばす。
優秀ではあっても影の鎖を避けられる程の身体能力は無さそうだ。
全員があっさり拘束され踠いている。
いや……全員ではないか。
「おっと、避けたか。 やるな」
「ちっ。 完全に不意をついたと思ったが。 魔法に頼るだけのバカではないか」
背後から身体の中心を貫くように槍を突き出したてきた女が避けられたのを確認した瞬間にバックステップで距離を取った。
レーティアに勝るとも劣らぬ容姿の優れた女だ。
ショートで切り揃えた赤毛に鍛えた肉体は長身も相俟ってまるでオーガのようだ。
槍を小枝のように振るう姿を見るに相当な膂力なのだろう。
「あのバカがあんたの連れに失礼を働いたのは認めるし、そこのバカ支部長の態度も悪かったけどこれはやりすぎだよ。 今ならまだ謝れば許して貰えるよ?」
「止めたいなら止めてみせてはどうだ?」
「はっ、仕方無いね…………殺してやるよ」
殺意、と呼べばいいのか。
肌をジリジリと焼くような、内臓が振るえるような感覚。
初めて覚える感覚だが妙に心地良い。
女が槍をくるりと操り、構え……消えた。
「障壁展開」
完全に視界から消える程の超高速移動。
人間形態では目で追えない。
そう判断し瞬時に全身を覆うように魔法による壁を造りだした。
と同時に鋼を叩くような音が響く。
展開と同じタイミングで槍を突いてきたか。
本当に人間かこの女は?
私が言うのもなんだが、人間の知覚で追える速度じゃないな。
ちょっと邪魔だしヴェルドは壁際に放り投げて固定しておこう。
「本気のスピードで防がれたのは初めてだよ」
ヴェルドを放り投げて逃げないように壁に再度鎖で固定すると、女が移動を続けながら話しかけてきた。
「私も目で追えないというのは初めての経験だよ」
見えない速度で動き続け障壁へ攻撃を続ける女。
その衝撃で室内の床や壁がどんどん破壊され、中にいた人間達が外へと避難していく。
女を応援するなら邪魔にしかならないからな。
しかしどうするか。障壁はかなり硬めにしているからまず貫けないだろうが、私も女を捉えられない。
体力が切れるのを待つのもありだが……それはそれでつまらんな。
「鬱陶しい障壁だね! どんな魔力してんだ!」
「それはお互い様だな。 どんな脚力をしているんだ」
どちらが不利かと言えば女の方ではある。
さてどうやって捕まえてやろうか。
「埒が明かないね。 とは言え負けるのは腹立たしいし。 あんた名前は?」
突然視界に現れ嘆息したかと思うと呆れたような様子で名前を尋ねてきた。
なぜ突然名前なのか?
「……ゾアだ」
「そうかい。 あたしはレイラ・ダイアノートだよ。 これであんたを倒せなかったらあたしの敗けでいいよ」
そう言うと槍を構え直し、まるで今から飛びかからんとする獣の如く前傾姿勢へと構えを変えた。
槍をもつ右腕と両足には魔力が漲り筋肉が張りつめているように見える。
殺意が更に高まり私の命を確実に奪わんという意思を感じさせる。
背筋にはしるゾクゾクとするような感覚がどうにも心地いい。
「来るといい」
「言われるまでもない」
緊張感が最高潮まで達しようとしたその瞬間。
「大変です支部長! 特殊変異個体が現れました!」
一人の兵士の登場により張りつめた空気は急に霧散する事となった。
…………せめてもう少し待って欲しかった。
※明日は更新無いかも!
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