上 下
6 / 21

六話

しおりを挟む

 また時を止めてアイレノールの民の元へ行くかとも思ったが、何度も行くとギブレ族長の心労が募りそうな気もしたので死体を収納空間に放り込み、洞窟へと戻ってきた。
 レーティアも流石に時間の経過で目を覚ましたようで、置いていた肉で調理を始めていた。
 洞窟に戻り料理が出来ているというのは楽でいい。

「うわぁ!? お、お帰りなさいませゾア様!」

 上機嫌に何かの歌のメロディーを口ずさんでいたレーティアだが突然現れた私の姿を見て頓狂な声をあげる。

「ああ。 レーティアが眠りやすいように寝床を作ってみたがどうだった?」

「は、はい! ありがとうございます! とっても寝やすかったです!」

「そうか。 あれは君のものだ。 活用してしっかり休んでくれ。 あと衣服も明日には用意しておく。 主でありながらその点に気が利かずすまないな」

「え、服までですか!? え、えっとすいません……お手を煩わせてしまって」

「労働の対価は得なければな。 きみは私の元で働き………………」

「ど、どうされたんですか?」

「いや……少し考え事をな」

 ふと考えたのだが、私は正直かなり無駄なことをしていないだろうか。
 ここまで手を出して関わるのならいっそレーティアだけでなく他のアイレノールの民達も自分のモノにした方が色々と手っ取り早い気がする。
 以前は必要性を考えた時にあまりメリットは無いと思った。
 だが正直な話レーティア一人の為に何度もアイレノールの民の元へ行くのもそれはそれで面倒である。
 それならアイレノールの民の生活の中に自分達が入った方が手間は省けるのではないだろうか。
 実際私一人なら必要なものなど何もないが、レーティアは違う。人として生きるなら人と関わり、人の文化の中で生きるべきだと私は思う。
 しかし彼女は生贄として差し出されたのだ。取り込んだキッドの記憶を辿ってみたところ、レーティアを差し出したのは両親のいない彼女を引き取った叔母だ。
 レーティアを差し出す代わりに金を受け取った叔母とやらが、レーティアが戻ることで金を返さないといけなくなれば叔母とやらはレーティアを糾弾し、場合によっては殺害するかもしれない。金のために。
 キッドの記憶にある叔母とやらは間違いなくそういうタイプの人間だ。
 そのまま彼女を戻しては死なせることになっては本末転倒だ。
 ならばいっそ私がアイレノールの民のコミュニティに少しだけ入り込み、レーティアが過ごしやすい環境を作りつつ彼女にきちんと人としての生活を過ごせるように動いた方がいいのではないだろうか。彼女は私の庇護下にあるということを喧伝して。
 それでも駄目ならいっそサリドルドの町へ行くほうがいいかもしれん。

「……レーティア」

「は、はい! なんでしょうか!」

「我々はここを離れ、アイレノールの民に合流するのはどうだろうか?」

「え、え、ええぇぇ!? わ、私はその……戻ると……」

「うむ、叔母とやらに何かしらされる可能性があるという話だな。 勿論そこも対応は考えている」

「な、なんで叔母の事まで知ってるんですか?」

 ……そういえばそうだな。
 だがこれは説明するとキッドを喰らったことも説明しないといけなくなる。これから入るコミュニティへ悪印象を持たれるような事は避けたいところだ。

「少しだけレーティアの記憶を覗かせてもらった。 それでだ。 私の生活に君が合わせていては身体を壊して命を落とす危険性もあると考えた。 故に私がアイレノールの民に合流しようと思ったのだ。 もし難しそうならサリドルドの町へ向かう」

「え、でもそれだとゾア様に良いことなんて何もないんじゃ……」

「む? 貴様は私のモノになったのだろう?」

「え? あ、はい」

「ならば大切に丁重に扱うのは当然だろう。 死なれては困る」

 これも種族が違うから故の価値観の違いというやつだろうか?
 呆けた表情から動かないレーティア。
 うむ分からん。分からんがなんとなく面白い。
 ……二人の人間を喰らった事で得た価値観に照らし合わせるとレーティアの顔の造形はやはり美しい部類に入ると思うのだが、なぜこの娘が虐待を受けるのかがよく分からない。
 いっそ奴隷として売り払った方がいい金になると…………いかんなクズの思考が浮いてきてしまった。
 時間の経過で落ち着くとは思うが気を付けねば。

「ああぅ、えっと……その、た、大切にしてもらえるなら、嬉しいです」

 少しだけ、こちらへの警戒が減ったような気がする。
 緊張感とでも言えば良いだろうか。
 私のような化物を相手にしていて緊張しないはずもないか。
 数日あれば慣れるかとも思っていたが、私の考えが浅かった。
 だが、先程の表情を見るに少しだけ心の壁が薄くなったような気がする。
 信頼を得るというのも難しいものだが大切だな。
 ……レーティアでこれならやはりそのままアイレノールの民に合流しても私の見た目で距離を取られてしまうだろうか。
 出来る限り摩擦は減らした方がいいか……よし。

「これから合流するにあたってこの見た目では問題になりそうなので姿を変えるが、もし違和感を覚えるようなら教えてくれ」

「え、はい! 姿を……変える?」

 反射で返事をしたが姿を変えるという言葉に疑問を覚えたようだ。
 取り込んだ人間の情報を統合し、作り上げる肉体の設計を抽出、自分の身体へ反映していく。
 身体の肉が蠢く姿にとても気味悪そうな目を向けてくるレーティア。多少隠すなりすれば良かったか。
 頭から足先まで一気に作り変え、人間の姿に寄せてみた。
 指先を動かし足を動かし、出来上がった自分の肉体を見てみる。
 なかなか上手く出来た気がする。

「どうだろう? 人間の姿として違和感は無いだろうか……なぜ顔を隠している?」

「い、いやだっては、裸じゃないですか!」

「今更何を? いつも裸だったじゃないか」

 顔を赤らめて視線を背けるレーティア。
 今までも一糸纏わぬ姿だったというのになぜ急に恥ずかしがるのだろうか?

「そ、それはそうですけど!」

「とりあえず作った身体に普通の人間と違うところはないか確認してくれ」

「あぅぅぅ……わ、分かりました」

 真っ赤な顔をしたまま私の肉体をチェックするレーティア。そう言えば人間は服を常に纏っているが、もしかして保温や肉体の保護以外にも何か理由があるのだろうか?

「あっ」

「どうした?」

「あのゾア様。 二つ程気になるのですけどいいですか?」

「頼む」

 チェックしてもらって正解だったな。
 こういうのは自分ではなかなか気付けないものだからな。

「えっと手の指がちょっと多いです。 普通は五本ですけど、ゾア様の十本もありますよ」

「そう言えばそうだったな……五本しかなくて不便ではないのか?」

「そ、そんなこと考えた事もないです! 不便と思ったこともないです!」

 ふむ、そんなものか。
 私は必要に応じて自分で増やしたり減らしたりしているが、本数が固定されるというのも難儀だな。
 言われた通り五本に減らして動かしてみる。

「よし。 あと一つはなんだ?」

「目がその……全然違います」

「目が?」

 そのままでは確認できないので昔拾った鏡を道具をまとめて置いている場所から引っ張りだし確認する。
 使う機会もなかったのでかなり埃を被っており、息を吹きかけて払いのけて覗き込むと確かにレーティアの目とはかけ離れたものがそこに映っている。
 真っ黒な髪に人間の中では多分端正な顔付きに位置付けられそうな容姿。やや切れ長の双眸は少し目付きが悪くも見える。
 その程度なら問題ないが闇の中に黄金の月が浮かんでいるような異質とも異形とも言える瞳は確かにおかしい。
 こんな目をしている生き物は私も見たこと無いな。
 ……折角変えるならレーティアのような目にしてみるか。あれは美しい青をしている。
 ついでに変化する様子を見ながらやってみるか。
 意識して変化させながら鏡を見ていると肉の動く様子がとても歪だ。気にしたことはなかったが中々に気持ち悪いものだな。今度こっそり優美に変化出来ないか練習してみよう。

「これでどうだ?」

「あ……えっと大丈夫です!」

「ん? 何か気になったのか?」

「その……目がとても母に似ていて、ちょっと思い出しちゃって。 すいません」

 なるほど。親子というのは似るものだし彼女の母親なら目元が似ることもあるだろう。
 しかし自分の顔を見れば思い出すものだと思うが。

「これは君の目を真似しているから似ているのも当然かもしれんな」

「え? 私の目はそんな綺麗じゃありません。 その……私は醜いですから」

「出会った時から君を醜いなどと思ったことはないが……ああ、傷の事か? 傷なら気にしているようだったから勝手ながら私が消したぞ」

「え?」

 辛そうな表情だったが勝手に直した事を伝えるとなんとも言えない微妙な表情をしたので持っていた鏡を渡した。
 振える指で鏡を受け取ったレーティアは恐る恐るといった様子で鏡を覗き込んだ。
 そこに映った自分の顔を見て一瞬固まったかと思うと涙を浮かべ、嗚咽を漏らし始めた。
 これは……どっちだろうか?
 喜んでいるのか悲しんでいるのか?
 人間は悲しい時に泣くのではなかったか?
 元に戻すならもう一回焼くしかないが。

「すまない、駄目だったろうか? 戻せなくはないが」

「い、いえ! すいません、嬉しくて……こんなまた自分の顔を普通に見れるなんて……ありがとうございます」

 よかった……まさか泣き出すとは思わなかった。
 そうか人間とは嬉しくても泣くのか。
 ……相手の気持ちが分からないとそんなものの判断など難しすぎないだろうか?

 ………………いや待て、またか。
 よかったとはなんだ?
 私はレーティアが泣いている姿を見て焦ったのか?
 何に?
 いかんな……無意識の侵食とは厄介なものだな本当に。人間の思考に近づくのが悪い訳ではないとは思うが……この妙なざわつきはあまり好ましくない。
 涙を浮かべながらも笑顔を咲かせる彼女を見てそんなことを考えてしまった。





※紳士ならば一糸纏わずとも堂々とあれヽ(o・∀・)ノ!

それはそれとして。
初見さんは知らないものなんだけど、過去作でやってた小話的なものはあったほうがいい(´ω`*)?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

処理中です...