上 下
3 / 19
第1章 目隠し皇女

第3話 エンディング後の世界で②

しおりを挟む
「またそのような……」

「俺はどこからも縁談を受けない。いつも言ってるだろ」

「いつまでも領主に奥方がおられないとあっては、民に示しがつきませんぞ。それに土地を引き継ぐご子息はどうされるのです」

「俺が孤独死したら、どうせ皇都の適当な貴族が相続するさ」

 実際、ハーフェンを治めていた先代領主家は帝国の侵略によって一族が断絶。
 相続人を失っていたために、俺が領主になれたという経緯もある。

 要は建前さえあればどうとでもなるのだ。

「ともかく俺は縁談なんて受けないからな。話が済んだんなら昼寝でもさせてくれ」

「……クーロ様のお心には、それほど忘れられないお方がいらっしゃるのですか?」

「……」

「それではいつまでも孤独なままです。いい加減、過去の呪縛を斬り捨てなされ」

 俺は答えない。
 セルバンに昔のことは話していないが、彼は薄々勘付いているようだった。

 ――エステルは、俺が生まれて初めて本気で好きになった女性だった。

 どうして彼女に惚れたのか?
 彼女のどこに絆されたのか?

 俺がクーロ・カラムという攻略対象メインヒーローの一人だから愛したのだろうか?
 元から彼女を好きになる仕様――いや運命だったのだろうか?

 正直、上手く説明できない。

 ただ初めてエステルの朗らかな笑顔を見た時、俺は心奪われたのだ。
 もはや彼女のことしか目に映らなくなるほどに。

 ……だが、所詮は未練だ。
 彼女はグレイを選び、彼と添い遂げた。
 俺は彼女を忘れ、異なる道を歩むべきなのだ。

 頭ではそう理解しているのに――

「わかりました。先方には爺やから断りのお返事をしたためておきます。それでよろしいですな」

「……ああ、頼む」

 俺の短い返事を聞くと、セルバンは部屋から出て行こうとする。
 すると、その時――

 ドン、ドン!

 ――というノック音が、屋敷の中に響き渡る。
 誰かが正面玄関のドアを叩いたらしい。

「おや……? 来客ですかな?」

「ん~? 今日は誰とも会う予定なんてないはずだけど」

「見て参ります」

 セルバンは様子を見に、部屋を後にして玄関へと向かう。
 しかし――僅か数分と経たぬ内に、

「――ク、クーロ様! 大変、大変でございますッ!」

 老体に鞭打つように息を切らせ、焦り切った顔で彼は戻ってきた。
 もう全力でダッシュしてきたのだろう。

「!? どうしたセルバン! 敵か!?」

 ただならぬ彼の様子に、俺はソファから飛び起きる。
 そして部屋の片隅に立て掛けてあった剣を掴み、鞘から引き抜こうとした。

 だがその直前――

「……安心してくれ、剣は必要ない」

 聞き覚えのある声が聞こえた。
 やや低めで男らしい、けれど優しい喋り方の声。

 同時に、全身をコートで覆い隠し、頭にもすっぽりとフードを被った長身の人物が部屋へ入ってくる。

 ――俺には一瞬でわかった。
 彼の正体が。

 いや、わからないはずがない。
 俺にとって、あらゆる意味で忘れられない”友”なのだから。
 
「お前……グレイ・エクレウスか……!?」

「久しぶりだね、クーロ」

 彼はフードを払い、その素顔を見せる。
 短く切った金色の髪、
 白い肌に蒼い瞳、
 そして紳士という言葉がぴったりな優男風の顔つき。

 常に微笑を絶やさず、なのに一分の隙も感じさせない、まるで牙を隠した獅子のような雰囲気の持ち主。
 あの頃からまったく変わっていない。

 そう――目の前に現れたのは、この国の最重要人物にして治世者たる皇王グレイ・エクレウスその人だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

処理中です...