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第1章 目隠し皇女
第3話 エンディング後の世界で②
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「またそのような……」
「俺はどこからも縁談を受けない。いつも言ってるだろ」
「いつまでも領主に奥方がおられないとあっては、民に示しがつきませんぞ。それに土地を引き継ぐご子息はどうされるのです」
「俺が孤独死したら、どうせ皇都の適当な貴族が相続するさ」
実際、ハーフェンを治めていた先代領主家は帝国の侵略によって一族が断絶。
相続人を失っていたために、俺が領主になれたという経緯もある。
要は建前さえあればどうとでもなるのだ。
「ともかく俺は縁談なんて受けないからな。話が済んだんなら昼寝でもさせてくれ」
「……クーロ様のお心には、それほど忘れられないお方がいらっしゃるのですか?」
「……」
「それではいつまでも孤独なままです。いい加減、過去の呪縛を斬り捨てなされ」
俺は答えない。
セルバンに昔のことは話していないが、彼は薄々勘付いているようだった。
――エステルは、俺が生まれて初めて本気で好きになった女性だった。
どうして彼女に惚れたのか?
彼女のどこに絆されたのか?
俺がクーロ・カラムという攻略対象の一人だから愛したのだろうか?
元から彼女を好きになる仕様――いや運命だったのだろうか?
正直、上手く説明できない。
ただ初めてエステルの朗らかな笑顔を見た時、俺は心奪われたのだ。
もはや彼女のことしか目に映らなくなるほどに。
……だが、所詮は未練だ。
彼女はグレイを選び、彼と添い遂げた。
俺は彼女を忘れ、異なる道を歩むべきなのだ。
頭ではそう理解しているのに――
「わかりました。先方には爺やから断りのお返事をしたためておきます。それでよろしいですな」
「……ああ、頼む」
俺の短い返事を聞くと、セルバンは部屋から出て行こうとする。
すると、その時――
ドン、ドン!
――というノック音が、屋敷の中に響き渡る。
誰かが正面玄関のドアを叩いたらしい。
「おや……? 来客ですかな?」
「ん~? 今日は誰とも会う予定なんてないはずだけど」
「見て参ります」
セルバンは様子を見に、部屋を後にして玄関へと向かう。
しかし――僅か数分と経たぬ内に、
「――ク、クーロ様! 大変、大変でございますッ!」
老体に鞭打つように息を切らせ、焦り切った顔で彼は戻ってきた。
もう全力でダッシュしてきたのだろう。
「!? どうしたセルバン! 敵か!?」
ただならぬ彼の様子に、俺はソファから飛び起きる。
そして部屋の片隅に立て掛けてあった剣を掴み、鞘から引き抜こうとした。
だがその直前――
「……安心してくれ、剣は必要ない」
聞き覚えのある声が聞こえた。
やや低めで男らしい、けれど優しい喋り方の声。
同時に、全身を布で覆い隠し、頭にもすっぽりとフードを被った長身の人物が部屋へ入ってくる。
――俺には一瞬でわかった。
彼の正体が。
いや、わからないはずがない。
俺にとって、あらゆる意味で忘れられない”友”なのだから。
「お前……グレイ・エクレウスか……!?」
「久しぶりだね、クーロ」
彼はフードを払い、その素顔を見せる。
短く切った金色の髪、
白い肌に蒼い瞳、
そして紳士という言葉がぴったりな優男風の顔つき。
常に微笑を絶やさず、なのに一分の隙も感じさせない、まるで牙を隠した獅子のような雰囲気の持ち主。
あの頃からまったく変わっていない。
そう――目の前に現れたのは、この国の最重要人物にして治世者たる皇王グレイ・エクレウスその人だったのだ。
「俺はどこからも縁談を受けない。いつも言ってるだろ」
「いつまでも領主に奥方がおられないとあっては、民に示しがつきませんぞ。それに土地を引き継ぐご子息はどうされるのです」
「俺が孤独死したら、どうせ皇都の適当な貴族が相続するさ」
実際、ハーフェンを治めていた先代領主家は帝国の侵略によって一族が断絶。
相続人を失っていたために、俺が領主になれたという経緯もある。
要は建前さえあればどうとでもなるのだ。
「ともかく俺は縁談なんて受けないからな。話が済んだんなら昼寝でもさせてくれ」
「……クーロ様のお心には、それほど忘れられないお方がいらっしゃるのですか?」
「……」
「それではいつまでも孤独なままです。いい加減、過去の呪縛を斬り捨てなされ」
俺は答えない。
セルバンに昔のことは話していないが、彼は薄々勘付いているようだった。
――エステルは、俺が生まれて初めて本気で好きになった女性だった。
どうして彼女に惚れたのか?
彼女のどこに絆されたのか?
俺がクーロ・カラムという攻略対象の一人だから愛したのだろうか?
元から彼女を好きになる仕様――いや運命だったのだろうか?
正直、上手く説明できない。
ただ初めてエステルの朗らかな笑顔を見た時、俺は心奪われたのだ。
もはや彼女のことしか目に映らなくなるほどに。
……だが、所詮は未練だ。
彼女はグレイを選び、彼と添い遂げた。
俺は彼女を忘れ、異なる道を歩むべきなのだ。
頭ではそう理解しているのに――
「わかりました。先方には爺やから断りのお返事をしたためておきます。それでよろしいですな」
「……ああ、頼む」
俺の短い返事を聞くと、セルバンは部屋から出て行こうとする。
すると、その時――
ドン、ドン!
――というノック音が、屋敷の中に響き渡る。
誰かが正面玄関のドアを叩いたらしい。
「おや……? 来客ですかな?」
「ん~? 今日は誰とも会う予定なんてないはずだけど」
「見て参ります」
セルバンは様子を見に、部屋を後にして玄関へと向かう。
しかし――僅か数分と経たぬ内に、
「――ク、クーロ様! 大変、大変でございますッ!」
老体に鞭打つように息を切らせ、焦り切った顔で彼は戻ってきた。
もう全力でダッシュしてきたのだろう。
「!? どうしたセルバン! 敵か!?」
ただならぬ彼の様子に、俺はソファから飛び起きる。
そして部屋の片隅に立て掛けてあった剣を掴み、鞘から引き抜こうとした。
だがその直前――
「……安心してくれ、剣は必要ない」
聞き覚えのある声が聞こえた。
やや低めで男らしい、けれど優しい喋り方の声。
同時に、全身を布で覆い隠し、頭にもすっぽりとフードを被った長身の人物が部屋へ入ってくる。
――俺には一瞬でわかった。
彼の正体が。
いや、わからないはずがない。
俺にとって、あらゆる意味で忘れられない”友”なのだから。
「お前……グレイ・エクレウスか……!?」
「久しぶりだね、クーロ」
彼はフードを払い、その素顔を見せる。
短く切った金色の髪、
白い肌に蒼い瞳、
そして紳士という言葉がぴったりな優男風の顔つき。
常に微笑を絶やさず、なのに一分の隙も感じさせない、まるで牙を隠した獅子のような雰囲気の持ち主。
あの頃からまったく変わっていない。
そう――目の前に現れたのは、この国の最重要人物にして治世者たる皇王グレイ・エクレウスその人だったのだ。
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