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マグカップ割ったったー

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ガシャァアン!


「わっ……!」

昼下がりのキッチン、食器棚の前。

俺の手の中から滑り落ちたマグカップが、

派手な音を立てて、床の上に砕け散った。

やべっ、これ、土井さんが、大事にしてる奴……!

幸い、彼は、外出中だ。



「石塚君、只今~」


「げ……」

フラグを一行で回収して、ルームシェア相手の、土井さんが帰って来た。

玄関を上がって、俺の居るキッチンに入ろうとするので、慌てて止める。

「土井さん、ストップ!」

「えっ?何、なに?」

「足元、気を付けて下さい」

「ん?……うおっ!忍者の撒菱みたい!」

彼は、大袈裟にポーズを付けて、跳び上がった。

「済みません、土井さんのマグカップ、割っちゃいました……」

「えっ、大丈夫?怪我しなかった?」

「……俺は、平気ですけど」

「そっか」

彼は、穏やかに笑う。



「でも、ご免なさい。土井さん、あれ、気に入ってたのに」

「うぅん、君が無事なら、いいんだよ。

 死んだ曾お爺ちゃんの形見の品だけど、気にしないで!」

重っ!

てか、気にしなくていいなら、申告するなよ。



俺は、何とかして、割ってしまったマグカップを直したい。

でも、無理だ。

こんなに、木っ端微塵に砕けてしまった物を、元通りに直すなんて……。

「本当に、ご免なさい……」

「いいから、いいから」

「でも……」

「じゃあさ、こうしよう」



「●ン・ベルクさんに、

 『鎧の魔グカップ』を、作って貰おうよ!」


「よ、『鎧の魔グカップ』……!?」

「うん!」

土井さんは、得意気に笑う。

「……何ですか、それ?」

「普段は、マグカップなんだけど、

 『鎧化』の掛け声で、鎧になるんだ!」

「……どう言う用途で使うんですか、それ」

「これさえあれば、お茶を飲んでる時に、

 万が一、敵に襲われても、安心だよね!」

満面のドヤ顔。

てゆうか、現代日本で暮らしていれば、そもそも、モンスターは、ティータイムで無くとも襲って来ない。

何と戦ってるんだ、この人は。



「そうと決まれば、材料の、金属を探しに行こう!」

「えっ?えぇ――!?」

それ、もう、曾お爺ちゃんの形見、関係無くない?

土井さんが、自分で欲しいだけじゃない?

「ちょ、ちょっと、土井さん!」



こうして、俺と土井さんは、野を越え山を越え海を越えて、

三年間、世界の果て迄、オリハルコンを探し回った。

旅を続ける内に、二人共、レベルが99迄、上がってしまった。

ステータスは、全パラメータ999でカンスト、

今なら、ゾー●でもデスピ●ロでも大魔王●ーンでも、小指で瞬殺出来る。



「はぁ……はぁ……。

 ここか……!」

遂に、ギ●ガの大穴の火口付近で、オリハルコンを見付けた俺達は、

ロン・ベ●ク氏の武器工房に辿り着いた。


ドン、ドン

「頼もーっ!」



「だが断る」

「ええぇええ!?」

「ですよねー」

「そんな……材料探し、苦労したのに……!」

土井さんは、がっくりと膝を突く。

「そもそも、何で、魔界の名工、ロン・●ルク氏が、

 個人のマグカップ、簡単に作ってくれると思ったんですか?」

無駄にレベルだけ上がってしまった。

鎧化するマグカップは諦めて、割れた元のカップを、直す事にした。



家族の形見の品を割ってしまうなんて、俺は……俺は、何て事を、してしまったんだ!

「土井さん、俺……マグカップ、必ず、直します!」

「石塚君っ!?」

俺は、拾い集めたマグカップの欠片を手に、家を飛び出した。



「はい、はい……だから、一ヶ月程、休みを下さい」

『ちょっと、石塚さん!?石塚さ……っ!』


ガチャン ツーツーツー

会社に、有給休暇を申請して、俺は、空港へ向かった。

日本を離れ、エジプトに居る、あの陶芸の神様の元を目指すのだ。



「ここか……!」


[クヌム 陶芸 工房]


やっとの思いで、工房に辿着いた俺は、門戸を叩いた。


ドン、ドン

「頼もーっ!」

「む?」



扉を開くと、羊の神様が居た。

工房の中には、器を捏ねる為の、ろくろがあり、そこらに土くれが転がっている。

「お前は?」

「俺は、石塚です。日本から来ました。

 この、割れたマグカップを、直したいんです!」

「いいだろう。我が名は、クヌム。

 私の事は、師匠と呼べ」

「はい、師匠!」

こうして俺は、陶芸の神様である、クヌム神に弟子入りした。



くるくる……


「うむ、石塚は仲々、筋が良いぞ」

「有り難うございます、師匠!」

ろくろを回す手を止め、額の汗を拭う。

俺は、日に日に、陶芸のスキルを上げて行った。



「違うッ!」


ガシャーン!

クヌム師匠に弟子入りして、数週間。

俺は、もう何個目だか分からない、出来損ないのマグカップを、床に叩き付けた。

「これじゃない……俺の、作りたいマグカップは、これじゃないんだ!」

土の破片が散らばる、床に突っ伏す。

俺には、矢張り、無理だったのか……!?



「馬鹿者ッ!」

ぷすっ

「あうッ!」

垂直ジャンプしたクヌム師匠に、顎下から、角で突かれた。

普通に痛い。

「お前の、土井のマグカップに注ぐ情熱は、その程度かッ!」

「師匠……」

角が刺さった俺の頬っぺたから、ポタポタと鮮血が滴り落ちる。

「何の為に、ここ迄、やって来たんだ!」

「…………!」

そうだ。

ここで止めてしまったら、俺は何の為に、本業の会社を休んで迄、エジプトくんだり迄、はるばるやって来たんだ。

「諦めんなよ!

 もっと、熱くなれよ!」

「……はい!師匠!」

「ファイヤ――!」

「うぉおおぉお!!」

俺の、ろくろを回すスピードが、音速を超えた。



「で……出来た……!」


「うむ……見事だ、石塚よ」

完成した。

カップの底にこびり付いた茶渋迄 、見事に再現出来ている。

完璧だ。


ガシッ

俺は、クヌム師匠と、固い握手を交わした。

「有り難うございました、師匠!」

「達者でな」

俺は、師匠に見送られて、クヌム陶芸工房を後にした。



「土井さん!只今、帰りました!」

「お~、石塚君!お帰り!」

一ヶ月振りの我が家だ。

「これ、エジプト土産の、ハラワです」



「土井さん、それは……?」

土井さんは、ダイニングで牛乳を飲んでおり、

彼の手には、新品のマグカップが握られている。

「あ、これ?

 石塚君の帰りを待つ間、牛乳飲むのに、マグカップ無いと、不便じゃん?

 百均のダ●ソーで、買っちゃった!テヘ☆」

「………………」



ガシャァアアン!

俺は、エジプトから持ち帰ったマグカップを、勢い良く、床に叩き付けた――。

「石塚君――ッ!?」
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