54 / 72
第二夜 酒も女も金も男も
残された選択肢 2
しおりを挟む花音は千隼を気にすることなく明るい声を放つ。
「夜のお仕事なら、そろそろ出勤なんじゃないですか。お仕事に、行かなくて大丈夫なんですか?」
「ああ……今日は休みをとってるんです。彼女のために」
「え、彼女さんがいらっしゃるんですか?」
律は花音のペースに巻き込まれることなく、冷静に返した。
「はい。長いこと付き合ってるんです。いつも週末の夜は寂しい思いをさせてるんで、今日は休みを取って一緒に食事でもしようかと」
「わぁっ。いいですねぇ。彼女さん絶対喜びますよ~」
明るくふるまう花音。青い顔で反応できない千隼。
このくらいで、十分だ。
二人の顔を交互に見て、律は頭を下げる。
「じゃあ、お二人の邪魔をするのも悪いですし、俺はこのへんで」
「はい! 律さんもデート楽しんでくださいね」
満面の笑みで手を振る花音に背を向け、律は退却した。
†
千隼と花音は、高級繁華街を練り歩く。品のいい女性や着物姿の女性、千隼と同じようなスーツ姿の男性と何度もすれ違った。
夜の経験をそこそこ積んだ千隼は、クラブやバーに出勤する女性や、そこに向かう男性を見抜けるようになっている。
自分ももしかしたら、夜の人間として見えているのではないか。
花音と一緒に歩いているあいだ、ずっと不安がぬぐえない。
――息苦しい。
「そういえばさぁ、こないだ言ってたアフタヌーンティーの場所予約してくれた?」
「え? ああ、まだ」
「ええ? してって言ったじゃん!」
先ほどまでとは違い、強気な口調で花音は言う。
「も~、なんか最近ぼーっとしてること多いんじゃない?」
「……大丈夫だよ。今度の日曜じゃなくても別の日に予約いれればいいんだし」
「わたしは今度の休みに行きたかったの~」
花音の小言に、千隼はほほ笑みながら応じる。その心の内では、律が別れ際に何も言わなかったことがひっかかっていた。
会うだけ会って、花音に関する意見が何もなかったのだ。これでは自分がどうすればいいのか、判断のしようがない。
考え事で気を取られる千隼に、花音はまだ続けていた。
「仕事が忙しいのはわかるけどさ、私と会ってるときくらいそういうのはナシ! 一緒に楽しまなきゃ。大体さぁ、さっきだって……」
それ以上は続かなかった。二人の先にある店が目にとまり、花音の表情はぱあっと明るくなる。
「うわあ……」
花音は小走りで店に駆け寄った。千隼がゆっくりと追う。
花音が立ち止まったそこにあるのは、だれもがきいたことのあるブランドのドレスショップだ。
ショーウィンドウにならんだ真っ白なドレスたちを、花音は食い入るように眺め見る。
「いいなあ~、ステキ~」
花音は口の前で手を合わせ、しみじみと続ける。
「わたしもいつか結婚してお姫様みたいなドレスを着るの。せっかく着るんだからハイクラスのドレスじゃないとね。指輪もリファニーとかアリーフィンストンとかがいいな~。結婚するって女の子の人生で大事なイベントだからさ」
花音は、もとから結婚願望が強い。このように直接迫られるのは、今に始まったことではなかった。
そんな彼女だからこそ、千隼は自分との将来を考えてくれていると、信じて疑わなかった。
「婚約指輪も結婚指輪もプラチナがよくって、結婚式も和と洋で二回挙げるの~」
花音の笑顔も振る舞いも、輝かしくてかわいらしい。そこにいるだけで、周りを明るい気分にさせる。昔から、言い寄ってくる男性も多い。
たまにでる高飛車な言動も、わがままも、強引な言動も許せるくらいには魅力的だった。花音のすべてが、いとおしくてしかたがなかった。
「花音がウエディングドレスを着たら、きれいだろうね」
「……ほーんと、いつになったら着せてくれるんだろ」
かわいらしくはにかんだ花音は、千隼の腕に抱き着いた。二人で笑いあいながら、歩き出す。
幸せな一幕。それでも、千隼の中にある不安は消えてくれない。
千隼は、気付いてしまった。最後の最後で、律は選択の余地を残してくれたのだと。千隼自身で、決断ができるように。
いい加減、腹をくくらなければならない。
もう、逃げ続けるわけにはいかない。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】いつの間にか貰っていたモノ 〜口煩い母からの贈り物は、体温のある『常識』だった〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
「いつだって口煩く言う母が、私はずっと嫌いだった。だけどまぁもしかすると、感謝……してもいいのかもしれない」
***
例えば人生の節目節目で、例えばひょんな日常の中で、私は少しずつ気が付いていく。
あんなに嫌だったら母からの教えが自らの中にしっかりと根付いている事に。
これは30歳独身の私が、ずっと口煩いくて嫌いだった母の言葉に「実はどれもが大切な事だったのかもしれない」と気が付くまでの物語。
◇ ◇ ◇
『読後には心がちょっとほんわか温かい』を目指した作品です。
後半部分には一部コメディー要素もあります。
母との確執、地元と都会、田舎、祖父母、農業、母の日。
これらに関連するお話です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
近所のサンタさん
しらすしらず
大衆娯楽
しらすしらずです!クリスマス短編小説を書きました!働く社会人にとってクリスマスは特別感が少ない!というところを題材にしたほっこりする話です。社会人とサンタさんというあまり絡みそうにない人間が出会う3日間の物語となっています。登場人物は、主人公の隆也(たかや)と後輩の篠川(しのかわ)君、そして近所のサンタさんと呼ばれる人物です。隆也は忙しい日々を送る会社員で、クリスマスの季節になると特別な雰囲気を感じつつも、少し孤独を感じていました。そんな隆也の通勤路には、「近所のサンタさん」と呼ばれるボランティアで子供たちにプレゼントを配る男性がいます。ある日、偶然電車内で「近所のサンタさん」と出会い近所のクリスマスイベントのチケットをもらいます。しかし、隆也は仕事が忙しくなって行くことができませんでした。そんな隆也がゆっくりとほっこりするハッピーエンドに向かっていきます。
本当はクリスマス前に書き上げたかったんですけどねー、間に合わなかった!
恥ずかしながらこれが初めて最後まで書き上げることができた作品なので、ところどころおかしなところがあるかもしれません。
この作品で皆さんが少しでもほっこりしていただけたら嬉しいです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる