28 / 72
第一夜 Executive Player「律」
締め日の優雅な攻防戦 2
しおりを挟む†
「こんばんは。お席失礼します」
シャンデリア下に並ぶカップル席。ヘルプ指名の律は、ソファ側ではなく対面の丸椅子に腰を下ろす。
聞き覚えのある若い女性の声が、正面から突き刺さった。
「ねーえ。となりに座れよ。ヘルプとして指名してあげたんだから」
そこに座るのは、いつの日か律を灰皿で殴った、あの女性だ。
今日もお人形のような化粧にフリルがついたワンピースで、赤髪をツインテールにしている。殴ったことなどなかったかのように、高慢な笑みを浮かべていた。
そのとなりに座るのは拓海だ。こちらも勝ち誇ったように笑っている。
律も、対女性用の笑みを顔に張り付けた。
「いいんですか? では、ぜひ、となりに座らせてもらいますね」
女性をはさむよう、拓海の反対隣りに座った律に、小ばかにする視線が刺さる。
指名をもらったとはいえすることはヘルプ。雑用だ。テーブルの整理もヘルプが行い、指名ホストのフォローもしなければならない。かといって、でしゃばってはならない。
「なんかぁ、今指名ないんだって? 店長から聞いたけど? ナンバーワンも落ちたもんだね~」
意地の悪い女性の言葉に、律はにっこりと返す。
「そうですね。来てませんね」
ヘルプだからと敬語で話す律に、女性は満足げにふんぞり返って続ける。
「ヘルプで指名するの超簡単だったわ。締め日なのにこんなんでいいわけ?」
「よくないですよ~。だからすごく焦ってます」
声は不安げだが、律の笑みが崩れることはない。女性の対応をそつなくこなしながら、わざわざヘルプ指名を許可した店長の言葉を思い出していた。
店長が好きにしていいと言ったからには、好きにするつもりだ。律がなにをしようと、責任は店長に取ってもらう。店長もそのつもりで言ったはずだ。
さて、一体どうしてやろうか。ひとまずはようす見だ。
「そういや聞いたよ。あんたって、デリヘルの経営者なんだってね~」
笑みを浮かべたままの律は、視線を拓海に向ける。拓海は悪びれることなく鼻を鳴らした。
「別によくないですか? 今、律さんのお姫さまはいらしてないみたいですし」
立て続けに女性が続ける。
「ホストやってるやつがそんなことしていいわけ? ああ、だから顔出しNGなんだ? こんなのネットで叩かれるに決まってるもんねぇ」
律は否定しない。かといって、肯定もしなかった。
「なにが枕はやらない、だよ。女ひっかけて働かせてる最低野郎じゃん。ホストで金搾り取って、デリヘルでも金搾り取ってすごいね~。人間のクズだね~」
ほほ笑んだままの律に、女性はさらにトゲのある声をぶつける。
「デリヘルやってる男なんて、女の子の金で食わせてもらってるようなもんじゃん。それなのによく酒たのむな、なんて言えたよね? どの口が言ってんの、マジで」
女性の高い声は、フロアによく響く。他のソファ席にいる客やホストたちが、何ごとかと顔を向けていた。
女性は、今までされたことの仕返しとばかりに、あざ笑う。
「どうせおまえのとこでもホストに貢ぐ女が働いてんだろ。そいつのおかげで稼いでんだから文句言うなよマジで。むしろもっと大事にするべきなんじゃない?」
「……そうですね」
「ってことで」
女性は拓海に顔を向け、にやりと笑う。拓海が声を張り上げた。
「エンジェル・ホワイトお願いしま~す」
「ありがとうございま~す」
スタッフが奥に引っ込むと店内アナウンスが入る。
「十二番テーブルからエンジェル・ホワイトいただきました~」
マイクを通す声とともに、店中のホストたちがにぎやかしながら近づいてきた。律が席を離れようとすると、女性に引き戻される。
「どこいくんだよ」
「……こういうとき、ヘルプは席を外すものなんで」
「じゃあ、残って。売り上げは拓海に入るけど、あんたが全部飲むんだよ」
笑みを浮かべたまま、律は固まる。そうこうしているうちに、卓席をホストたちが囲んでいた。
BGMがかき消えるほどのコールの中、女性の声が律に刺さる。
「デリの経営者やってるってネットにさらされたくなかったら、ちゃんと飲み干せよ。飲めなかったらすぐに書き込んでやっから」
コールは続き、運ばれたシャンパンの栓が開く。律の前にグラスが置かれたものの、注ごうとしているホストはどこかためらっていた。
「いいよ、いれて」
グラスを持ち、注ぎやすいよう傾ける。注がれている最中、「お姫さまのひとこと」で女性にマイクがわたされた。
「女の子こきつかうクズ野郎を潰してやりますよいちょー!」
「よいしょー!」
コールが、律をどんどん煽っていく。
「一杯目!」
「一杯目!」
「飲んじゃって!」
「飲んじゃって!」
律は合わせるように笑顔で、グラスを口に近づける。唇に触れる前に、後ろから肩に手を置かれた。店長だ。すぐに離れていく。
律はグラスをあおり、シャンパンを一気に飲み干した。途端に上がる歓声。
グラスを持ったまま立ち上がる。
「記念すべき一杯目、ありがとうございましたー!」
再び上がる歓声の中、グラスを拓海と女性の間に置く。その際、女性に耳打ちした。
「呼び出されちゃったから、俺はこのへんで」
「はあ~?」
離れていく律の背中に、女性は吠える。
「そんなこと言っていいの? あんたがデリヘルやってること書き込むよ?」
律は振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「ごめんね? 指名が入ったから。拓海くんとごゆっくり」
コールはまだ続く。みなが飲み干すまで、オールコールは終わらない。
律が向かうのは、対角線上にあるカップル席だ。すでに女性がひとり、腕を組んで座っている。他に席は空いているはずなのに、近い席をあえて用意されていた。
「こんばんは。近澤さん。すみません、わざわざ来ていただいて」
立ったまま会釈する律に、近澤が顔を向けた。
律より一回りは年上で、パンツスーツを着こなしている。おろした黒髪を後ろにはらい、足を組んだ。
「ほんとうよ。もっと場所考えなさいよね」
「はい。すみません」
近澤のとなりに腰を下ろす。
コールするホストたちの後ろ姿が、よく見えた。ホストたちがはければ、お互いに席のようすが丸見えになるはずだ。
近澤に視線を戻し、眉尻を下げた。
「大丈夫ですか? 今からでも個室に」
「なに言ってんの? これを狙ってたんでしょ? あんたのことだから」
近澤はテーブルに顎をしゃくる。そこに置いてあったものに、律は目を見張った。近澤に深々と頭を下げる。
「ご無理なさらず……」
「してない! むかつくから入れただけ!」
「そうですか。痛み入ります」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
怪異・おもらししないと出られない部屋
紫藤百零
大衆娯楽
「怪異・おもらししないと出られない部屋」に閉じ込められた3人の少女。
ギャルのマリン、部活少女湊、知的眼鏡の凪沙。
こんな条件飲めるわけがない! だけど、これ以外に脱出方法は見つからなくて……。
強固なルールに支配された領域で、我慢比べが始まる。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる