上 下
86 / 99
二年目

家族がそろう上機嫌の朝 1

しおりを挟む

 制服姿の純はダイニングテーブルに座り、焼いたトーストにバターを塗っていた。テーブルには、三人分の朝食が用意されている。

 スクランブルエッグとウインナーにブロッコリー。いたって普通の朝食だ。

「簡単なものしか用意できなくてごめんね」

 母親のきさきが純の隣に座って、同じようにトーストを手に取った。バターなしでそのまま口をつける。

 純と同じキツネ目のなまめかしい顔立ち。化粧と着替えをすでに済ませており、妖艶な雰囲気が朝からにじみでていた。

「大丈夫だよ。ありがとう」

 バターを均等に塗り終わった純も、トーストにかぶりつく。咀嚼しながら、スクランブルエッグをスプーンですくった。

「おはよ~」

 あくび混じりの間延びした声。

 派手柄のシャツを着た父親のめぐみが、リビングに入ってくる。純と同じ赤毛が、ぴょんぴょんと跳ねていた。

 家に家族全員がそろうのは、数カ月ぶりだ。妃が穏やかに笑って返す。

「おはよう。もう用意してるから食べて」

 恵は目をこすりながら妃の正面に座り、トーストを手にした。

「あら、コーヒー準備するの忘れたわ」

「あ~いい、いい。あとで自分でつぐから」

 妃が隣に顔を向けると、純は首を振って見せる。妃はうなずいて、トーストにスクランブルエッグをのせはじめた。

 恵がリモコンを取り、リビングの奥にあるテレビをつける。

「――渡辺月子さんに関する誹謗中傷、ネットへの写真流出の件で、フローリアミュージックプロダクションが法的措置を講じることを発表しました――」

「あ~月子な。なんか大変そうだったもんな」

 月子の名前に、純もテレビへ顔を向けた。

 朝のニュースは、月子の件で特集を組むほど騒いでいる。有名芸能人へのいじめとネットトラブルは、それだけでセンセーショナルだ。他のチャンネルでも、同じ話題を取り扱っていることだろう。

「――また、今回の件には、渡辺月子さんの父親である演出家の渡辺蓮さんも、法的措置に関わる旨を発表しています。盗撮、器物破損、肖像権の侵害に対する賠償請求や名誉棄損での訴訟も辞さない構えです――」

「あら、ほんとうに大変な目にあってたのね、月子ちゃん」

 妃もテレビを見ながらトーストを食べ進めている。

「――必要であれば、事務所と合同で徹底的に対応する、としています。――さて、今回の件ですけれども、いかがでしょう真坂さん――」

 若手のコメンテーターが月子の騒動にコメントを述べている。おおむね今回の対応に賛成する姿勢を示していた。

 思わず頬が緩んだ純に、恵が気付く。

「やっぱり、おまえが手を出したか」

 純はバレたとばかりに眉尻を下げた。が、返事は明るい。

「月子ちゃん、本当に大変そうだったから。解決できたみたいでよかったよ」

 恵と妃は顔を見合わせ、短く息をつく。

「……おまえ、渡辺さんの事務所に俺の名前でいろいろ送ったらしいな。俺はうまくごまかせなかったし、あの人、変に賢いから俺じゃないことはわかってるぞ」

「あ~、ごめんねパパ。でもそのほうが早いと思って」

 悪びれることもなく、純はトーストに食らいつく。

「よくやるよ。月子のためにできることをやれとは言ったが、ほんとうにやるとは思ってなかった。連さんのこともどこで知ったんだか。……ああ、経歴書か?」

 純はうなずく。

「坂口君の経歴書で見て、なんとなく見覚えがあるなって思ってたから。……確か、パパと一緒に番組作ってるんだよね?」

「まあ、番組のクレジットに毎回名前出てくるしな」

 父親の番組を定期的に見ている純は、最後に流れるクレジットの名前を自然と追っている。毎回同じ名前が流れていくので、自然と頭に入っていた。

 その中でも、総合演出として名前が流れる渡辺蓮は、実に異端な存在だ。
 知る人ぞ知る演出家であり、恵の番組以外にも多くの番組を手掛けている。ドラマやアニメ、舞台、映画、バラエティなど、その活躍は多岐にわたっていた。

 彼が手をくわえる作品は必ず注目を集め、彼が目を付けたタレントや役者は必ず売れていく。ようは、業界に頼られるヒットメーカーなのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

思春期ではすまない変化

こしょ
青春
TS女体化現代青春です。恋愛要素はありません。 自分の身体が一気に別人、モデルかというような美女になってしまった中学生男子が、どうやれば元のような中学男子的生活を送り自分を守ることができるのだろうかっていう話です。 落ちがあっさりすぎるとかお褒めの言葉とかあったら教えて下さい嬉しいのですっごく 初めて挑戦してみます。pixivやカクヨムなどにも投稿しています。

通り道のお仕置き

おしり丸
青春
お尻真っ赤

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...