72 / 99
二年目
アイドルバラエティ「ティーンエイジャー・アイドル!」 2
しおりを挟む「たとえば、テーマパークに行ったり街に買い物に出たり。あ、でも、月子ちゃんは人通りの多い場所、苦手だよね」
どうにかして、月子が抱えるものを取り出してやりたかった。月子がこれ以上、疲弊することのないようにしてあげたかった。
純は純なりに、月子のことを救ってあげたかった。
「人が少ない老舗のカフェとかちょっと値段が張るご飯屋さんとか、一緒に行ってみない? 俺そういうとこ探すの得意なんだ~」
月子の口角が、かすかに上がる。いつもの調子に戻っている。猫のような大きな瞳は、申し訳なさげに下を向く。
「あ、そうだよね。さすがに異性と遊びに行くのは気を遣うよね。月子ちゃんって売れっ子だから、変なウワサ立ちやすいだろうし」
「気を、使わないで。純ちゃん」
月子にしては柔らかく、穏やかな口調だ。
「確かに最近は余裕なかったかもしれない。でも、純ちゃんの目から見て、私はそんなに可哀想に見える?」
「……いや、えっと」
踏み込みすぎたかもしれない。抱えているものを無理やり暴き出そうとすればするほど、月子を追い詰める。
答えはもう目の前にあるのに。月子を救い出せるはずなのに。今の純では手が届かない。
「純ちゃんが、友達でよかった」
月子は目を伏せ、聞き取れないほどの小さい声を出す。純には無意味なことだったが。
「やっぱり私は、純ちゃんに支えられてたんだ……」
盛大なため息が、月子の口から漏れる。
「ほんとうに、だめね、私」
今、月子の心のドアが開き始めた。純は手を差し出す。
「月子ちゃ」
「みなさん準備お願いしまーす!」
フロア中に、女性ADの声が響き渡った。ADはそれぞれの楽屋に顔を出し、声をかけるのを繰り返している。
同時に純は、月子の心のドアがばったりしまった音を、耳にした。
「……じゃあ、私は先に行くね。今日は一緒にがんばろう」
差し出した手が、握られることはない。純が返事をする間もなく、月子は去っていく。
純も楽屋に戻ることにした。メンバーと合流し、一緒にスタジオへと向かう。
イノセンスギフトはひな壇の上に座り、女性アイドルたちが下に座った。MCである日野のとなりに立つのは、アシスタントである月子だ。
全員がそろったところで、収録が始まる。
「ティーンエイジャー・アイドル~!」
MCとアシスタントのタイトルコールから始まり、スタジオが拍手に包まれる。拍手がやむと、月子による番組の説明が続いた。
「この番組では十代の間で流行しているものやニュースを紹介し、アイドルたちがトークを繰り広げていきます」
「結構ゆる~くやらせてもらってます」
「そうですね」
二人は穏やかにほほ笑みあう。日野がさっそく純に目を向けた。
「今日はね、新しい子が来てくれてますよ。イノセンスギフトの星乃純くんです」
カメラが純に切り替わる。拍手が続く中、純は笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします」
「純くんは……なんか、月子と仲がいいんだって?」
月子がうなずいているのを見て、純が答える。
「そうですね。仲良くしてもらってます」
「二人でなにすんの? 遊びに行ったりとかする?」
「いやぁ……そういうんじゃないです。なんか、ドラマとか曲の感想をちょくちょく送ってます」
「やってること月子のファンじゃん」
スタジオに笑い声が上がる。日野も笑いながら、月子に話を振った。
「月子さ、無理やり送らせてるとかじゃないよね?」
「違います! 私にどんなイメージ持ってるんですか」
「いや、だってさ。月子と仲いいって言う子初めてじゃない? 月子って、こう見えて考え方が独特だし近づきにくい雰囲気があるじゃん? ね? クールビューティっていうか」
日野の言葉に、ひな壇にいるアイドルたちはうんうんとうなずいている。
「その月子と仲がいいって、よっぽど純くんの性格がいいんだろうなって思うもん。それか純くんも同じくらいの変人か」
「純ちゃんは後者ですね」
「いや、否定しなさいよ、友達なら」
「だって、変じゃなかったら感想毎回送ってきたりしませんて」
二人のほのぼのとした会話で、空気が和んでいく。日野の雰囲気に、月子が合わせているようだ。
「日野さんも、今度出演するドラマの感想もらったらどうですか? 結構痛いとこついてきますけど」
「そうなの? 優しそうな顔して辛辣なんだ?」
二人が純に対して、親の話題をふることはなかった。純にとってはなんだか新鮮で、こそばゆい。
収録は問題なく進んでいく。今回のテーマとして視聴したVTRは、高校生のお弁当事情についてだった。見終わったあと、日野がひな壇にふる。
「みんなはどう? ……弁当か購買か。学校によっては食堂もあるのか」
下の段に座る女性アイドルたちが、声を放つ。
「普通にお弁当だよね」
「キャラ弁持ってくる人もいるし~、男子とかはカップラーメン食べたりするよね」
日野が出演者全員に気を配り、話をふっていた。純は他のメンバーに合わせながら、目立ちすぎないよう簡潔に答える。
「月子も給食?」
最後に話を振られた月子は、うなずく。
「そうですね。中学校はもうほとんど給食なんじゃないですか?」
「俺のころは弁当のところもあったんだけどね」
「義務教育なのにですか?」
「そうそう。給食はそこらへん関係ないんじゃない?」
ふと、女性アイドルたちが声を上げる。
「月子は忙しいからぁ、給食とか食べないんじゃない?」
「学校行けてないでしょ?」
仲が良さげな明るい声。そこから、ギスギスしたものを純は感じ取った。
月子は意に介さず、穏やかに答える。
「そうですね。給食よりも、最近は仕事先のお弁当のことが多いです」
日野がフォローするように続けた。
「月子は売れっ子だもんね。用意されてるお弁当でこれおいしかったなっていうのある?」
「そうですねぇ、湧湧亭の焼き肉弁当ですかね」
湧湧亭は各局御用達の高級弁当店だ。焼き肉弁当は業界の中でも人気が高く、選ばれたタレントにしか発注されない品でもある。
「え? 月子って湧湧亭の弁当用意されてんの? おまえ大物になったなぁ。さすがアカデミー賞新人賞女優!」
日野の言葉で、スタジオはどっと笑いが起こる。弁当の話一つで格の違いを見せつけた月子は、苦笑していた。
「いやいや……」
「中学生のころからそんないいモノ食べてどうすんだよ。おれなんて湧湧亭の弁当出されるようになったのつい最近だぞ」
純が心配するほどのこともない。現場の空気は、月子と日野がしっかり握っている。
ニコニコと笑っている女性アイドルたちから、イラ立ちや不快感がにじんでいることに、純だけは気づいていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
塞ぐ
虎島沙風
青春
耳を塞ぎたい。口を塞ぎたい。目を塞ぎたい。そして、心の傷を塞ぎたい。
主人公の瀬川華那(せがわはるな)は美術部の高校2年生である。
華那は自分の意思に反して過去のトラウマを度々思い出してしまう。
華那の唯一の異性の友人である清水雪弥(しみずゆきや)。
華那は不器用な自分とは違って、器用な雪弥のことを心底羨ましく思っていた。
五月十五日に、雪弥が華那が飼っている猫たちに会うために自宅に遊びにきた。
遊びにくる直前に、雪弥の異変に気づいた華那は、雪弥のことをとても心配していたのだが……。思いの外、楽しい時間を過ごすことができた。
ところが。安堵していたのも束の間、帰り際になって、華那と雪弥の二人の間に不穏な空気が徐々に流れ出す。
やがて、雪弥は自分の悩みを打ち明けてきて
──?
みんな、異なる悩みを抱えていて、独りぼっちでもがき苦しんでいる。
誰かと繋がることで、凍ってしまった心がほんの少しずつでも溶けていったらどんなに良いだろうか。
これは、未だ脆く繊細な10代の彼女たちの灰色、青色、鮮紅色、そして朱殷(しゅあん)色が醜くこびりついた物語だ。
※この小説は、『小説家になろう』・『カクヨム』・『エブリスタ』にも掲載しています。
3度目に、君を好きになったとき
夏伐 碧
青春
伯王高校に入学した理由は、中学のときから憧れている柏木蓮先輩がいるから。けれど入学後、先輩にはすでに彼女がいたらしく、傷ついた結衣は先輩への想いを消したいと願うようになる。
そんなとき「俺ならその記憶を消すことができる」と同級生の真鳥に話を持ちかけられ、先輩への恋心を消してもらうことに。
何も知らず再び先輩と関わっていくうちに、結衣は過去の記憶を少しずつ思い出してしまう。
実は真鳥が消した記憶は、ひとつだけではなく――。
写真少女と家出少女
シュガーキャット
青春
部活は写真部に所属。成績は普通。運動も普通。そんな冴えない優子が夏祭りで出会った美しい少女、美香。優子は思わずカメラのシャッターを押してしまい...。
少女達の青春を覗いてみませんか?
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
鮫島さんは否定形で全肯定。
河津田 眞紀
青春
鮫島雷華(さめじまらいか)は、学年一の美少女だ。
しかし、男子生徒から距離を置かれている。
何故なら彼女は、「異性からの言葉を問答無用で否定してしまう呪い」にかかっているから。
高校一年の春、早くも同級生から距離を置かれる雷華と唯一会話できる男子生徒が一人。
他者からの言葉を全て肯定で返してしまう究極のイエスマン・温森海斗(ぬくもりかいと)であった。
海斗と雷華は、とある活動行事で同じグループになる。
雷華の親友・未空(みく)や、不登校気味な女子生徒・翠(すい)と共に発表に向けた準備を進める中で、海斗と雷華は肯定と否定を繰り返しながら徐々に距離を縮めていく。
そして、海斗は知る。雷華の呪いに隠された、驚愕の真実を――
全否定ヒロインと超絶イエスマン主人公が織りなす、不器用で切ない青春ラブストーリー。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる