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二年目

アイドルバラエティ「ティーンエイジャー・アイドル!」 2

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「たとえば、テーマパークに行ったり街に買い物に出たり。あ、でも、月子ちゃんは人通りの多い場所、苦手だよね」

 どうにかして、月子が抱えるものを取り出してやりたかった。月子がこれ以上、疲弊することのないようにしてあげたかった。

 純は純なりに、月子のことを救ってあげたかった。

「人が少ない老舗のカフェとかちょっと値段が張るご飯屋さんとか、一緒に行ってみない? 俺そういうとこ探すの得意なんだ~」

 月子の口角が、かすかに上がる。いつもの調子に戻っている。猫のような大きな瞳は、申し訳なさげに下を向く。

「あ、そうだよね。さすがに異性と遊びに行くのは気を遣うよね。月子ちゃんって売れっ子だから、変なウワサ立ちやすいだろうし」

「気を、使わないで。純ちゃん」

 月子にしては柔らかく、穏やかな口調だ。

「確かに最近は余裕なかったかもしれない。でも、純ちゃんの目から見て、私はそんなに可哀想に見える?」

「……いや、えっと」

 踏み込みすぎたかもしれない。抱えているものを無理やり暴き出そうとすればするほど、月子を追い詰める。

 答えはもう目の前にあるのに。月子を救い出せるはずなのに。今の純では手が届かない。

「純ちゃんが、友達でよかった」

 月子は目を伏せ、聞き取れないほどの小さい声を出す。純には無意味なことだったが。

「やっぱり私は、純ちゃんに支えられてたんだ……」

 盛大なため息が、月子の口から漏れる。

「ほんとうに、だめね、私」

 今、月子の心のドアが開き始めた。純は手を差し出す。

「月子ちゃ」

「みなさん準備お願いしまーす!」

 フロア中に、女性ADの声が響き渡った。ADはそれぞれの楽屋に顔を出し、声をかけるのを繰り返している。

 同時に純は、月子の心のドアがばったりしまった音を、耳にした。

「……じゃあ、私は先に行くね。今日は一緒にがんばろう」

 差し出した手が、握られることはない。純が返事をする間もなく、月子は去っていく。

 純も楽屋に戻ることにした。メンバーと合流し、一緒にスタジオへと向かう。

 イノセンスギフトはひな壇の上に座り、女性アイドルたちが下に座った。MCである日野のとなりに立つのは、アシスタントである月子だ。

 全員がそろったところで、収録が始まる。

「ティーンエイジャー・アイドル~!」

 MCとアシスタントのタイトルコールから始まり、スタジオが拍手に包まれる。拍手がやむと、月子による番組の説明が続いた。

「この番組では十代の間で流行しているものやニュースを紹介し、アイドルたちがトークを繰り広げていきます」

「結構ゆる~くやらせてもらってます」

「そうですね」

 二人は穏やかにほほ笑みあう。日野がさっそく純に目を向けた。

「今日はね、新しい子が来てくれてますよ。イノセンスギフトの星乃純くんです」

 カメラが純に切り替わる。拍手が続く中、純は笑みを浮かべた。

「よろしくお願いします」

「純くんは……なんか、月子と仲がいいんだって?」

 月子がうなずいているのを見て、純が答える。

「そうですね。仲良くしてもらってます」

「二人でなにすんの? 遊びに行ったりとかする?」

「いやぁ……そういうんじゃないです。なんか、ドラマとか曲の感想をちょくちょく送ってます」

「やってること月子のファンじゃん」

 スタジオに笑い声が上がる。日野も笑いながら、月子に話を振った。

「月子さ、無理やり送らせてるとかじゃないよね?」

「違います! 私にどんなイメージ持ってるんですか」

「いや、だってさ。月子と仲いいって言う子初めてじゃない? 月子って、こう見えて考え方が独特だし近づきにくい雰囲気があるじゃん? ね? クールビューティっていうか」

 日野の言葉に、ひな壇にいるアイドルたちはうんうんとうなずいている。

「その月子と仲がいいって、よっぽど純くんの性格がいいんだろうなって思うもん。それか純くんも同じくらいの変人か」

「純ちゃんは後者ですね」

「いや、否定しなさいよ、友達なら」

「だって、変じゃなかったら感想毎回送ってきたりしませんて」

 二人のほのぼのとした会話で、空気が和んでいく。日野の雰囲気に、月子が合わせているようだ。

「日野さんも、今度出演するドラマの感想もらったらどうですか? 結構痛いとこついてきますけど」

「そうなの? 優しそうな顔して辛辣なんだ?」

 二人が純に対して、親の話題をふることはなかった。純にとってはなんだか新鮮で、こそばゆい。

 収録は問題なく進んでいく。今回のテーマとして視聴したVTRは、高校生のお弁当事情についてだった。見終わったあと、日野がひな壇にふる。

「みんなはどう? ……弁当か購買か。学校によっては食堂もあるのか」

 下の段に座る女性アイドルたちが、声を放つ。

「普通にお弁当だよね」

「キャラ弁持ってくる人もいるし~、男子とかはカップラーメン食べたりするよね」

 日野が出演者全員に気を配り、話をふっていた。純は他のメンバーに合わせながら、目立ちすぎないよう簡潔に答える。

「月子も給食?」

 最後に話を振られた月子は、うなずく。

「そうですね。中学校はもうほとんど給食なんじゃないですか?」

「俺のころは弁当のところもあったんだけどね」

「義務教育なのにですか?」

「そうそう。給食はそこらへん関係ないんじゃない?」

 ふと、女性アイドルたちが声を上げる。

「月子は忙しいからぁ、給食とか食べないんじゃない?」

「学校行けてないでしょ?」

 仲が良さげな明るい声。そこから、ギスギスしたものを純は感じ取った。

 月子は意に介さず、穏やかに答える。

「そうですね。給食よりも、最近は仕事先のお弁当のことが多いです」

 日野がフォローするように続けた。

「月子は売れっ子だもんね。用意されてるお弁当でこれおいしかったなっていうのある?」

「そうですねぇ、湧湧亭の焼き肉弁当ですかね」

 湧湧亭は各局御用達の高級弁当店だ。焼き肉弁当は業界の中でも人気が高く、選ばれたタレントにしか発注されない品でもある。

「え? 月子って湧湧亭の弁当用意されてんの? おまえ大物になったなぁ。さすがアカデミー賞新人賞女優!」

 日野の言葉で、スタジオはどっと笑いが起こる。弁当の話一つで格の違いを見せつけた月子は、苦笑していた。

「いやいや……」

「中学生のころからそんないいモノ食べてどうすんだよ。おれなんて湧湧亭の弁当出されるようになったのつい最近だぞ」

 純が心配するほどのこともない。現場の空気は、月子と日野がしっかり握っている。

 ニコニコと笑っている女性アイドルたちから、イラ立ちや不快感がにじんでいることに、純だけは気づいていた。

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