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二年目
イノセンスギフトの「Fresh gift radio」 2
しおりを挟むとはいえ、今の爽太の顔は青白い。混乱し、罪悪感に満ちた表情で目を泳がす。
「よかった、間に合って。すぐに打ち合わせして撮りましょう!」
スタッフは大慌てで機材の設定を確認し、プロデューサーは必死に爽太へ進行を伝える。
「……というわけなんで。まあ、細かいことは星乃くんがフォローしてくれるでしょう」
手短に打ち合わせを終え、爽太がブースの中に入ってくる。進行表を読んでいるものの、内容が頭に入っていないようだ。爽太の顔はずっと曇っている。
ぎこちなくイスに座った爽太に、純はほほ笑んだ。その笑みに、邪気や嫌みは一切ない。
「落ち着いて。大丈夫だよ」
爽太は純をちらりと見るだけだ。
「はじめまーす! 準備お願いします!」
副操作室からの声に、爽太は急いでヘッドフォンをした。
スタッフが合図を出し、タイトルコールが流れる。ここで、爽太から自己紹介だ。
一目見て、純は無理だと悟った。
「こんばんは。イノセンスギフトの星乃純です」
純の声に、爽太はハッとした。余裕のない上ずった声を出す。
「こんばんは。イノセンスギフトの和田爽太です」
本来であれば、ラジオ経験のある爽太が回していく予定だった。が、落ち着いて進行していくのは純だ。
「しょっぱなからどうしたんですか? 爽太さん、緊張してます?」
穏やかに尋ねると、爽太が困惑した表情を浮かべる。
「あ……えと」
「俺、ラジオはじめてなんです。爽太くんは同い年だけど先輩ですからね。ラジオの経験だって何度もあるでしょ?」
「ある……あります、はい」
「だったら爽太くんがひっぱってくれないと」
「ごめんごめんごめん、大丈夫です、はい、やります、ちゃんと、はい」
「オープニングトークがぐだぐだになっちゃいましたね。やっぱりド素人がやると締まらないな。ここは爽太さんの腕をぜひみせてもらいたいんですけど。……経験者なりのトークってやつをね」
「いやすごいムチャぶりだな……。むしろ純くんが初心者だと思えないんだけどね」
「初心者ですよ。ラジオの仕事初めましてって感じです」
純のリードで収録は進んでいく。
内容はこの際どうでもいい。面白さを求められているわけではないのだ。黙ったままグダグダになるのだけは避けたかった。
予定通り曲紹介を終え、曲が流れ始める。マイクの電源を二人ともオフにした。
「……星乃くん、その、ありがとう。助かった」
爽太は目線を下げたままお礼を言う。イノセンスギフトのメンバーはどうやら、純と目を合わせることに抵抗があるらしい。
純は気にすることなく、ほほ笑んだ。
「なんのこと?」
「もう、大丈夫だから。曲が終わったら俺が回す」
その後、爽太は宣言どおり調子を取り戻していく。徐々にラジオを展開させるようになり、純がそれに合わせていた。
大きなハプニングが起こることもなく、この日の収録は無事に終わる。
「いやー、よかったですよ!」
プロデューサーが満面の笑みを浮かべ、ブースに入ってきた。
「さすがあの星乃恵の息子ですね。お父さん顔負けですよ。ほんとうに初めてだったんですか?」
よくあるようなお世辞にむず痒さを感じながらも、笑顔でうなずく。
「はい。すごく緊張しました~」
純が褒められているようすを、爽太は神妙な顔で見つめていた。
「純くんの成長が楽しみですね。お父さんみたいに面白いトークができるようになるかも」
「そうなれるといいんですけどね~」
ラジオの収録は、純粋に楽しかった。テレビの撮影とは違い、閉ざされた静かな空間がなによりも新鮮だ。本番中は不思議と緊張することもなく、自分の思うようにできた。
月子の言っていたとおり、純にとってはラジオのほうが気楽なのかもしれない。
純はスタッフたちへあいさつをしながら、爽太や熊沢と一緒にブースを出る。
「星乃はいいよな。親が立派だから、たいしたことなくても褒められるんだもんな」
控室へ向かう途中、先を歩く熊沢が嫌みを放つ。今日も平常運転だ。
純は苦笑する。
「あ、そう、ですね。無事に収録が終わってよかったです」
「……それは俺たちに対する当てつけか?」
なにを言っても、火に油。答えに詰まっている純の姿も、熊沢の癪に障る。
「遅刻した俺たちに対する当てつけだろ? 文句があるならはっきり言ったらどうなんだ? ああ?」
文句を言えば、それこそ怒鳴り声で支離滅裂なことを言うくせに――。
「いえ、そのつもりは……」
「いいか? 爽太はおまえとは違うんだよ! おまえよりも人気があるし、おまえが勉強してる間も仕事してんだ! 気楽に過ごしてるおまえと一緒にするな」
名前を出される爽太もたまったものじゃない。そこまで考えられないところが、熊沢の浅はかさだ。
「……すみません。余計なことを言いました。今後は控えます」
感情任せの怒鳴り声を浴びてまで反論したいとも思わない。自分が折れて早く済むなら安いものだ。
二人のようすを見ていた爽太が、不快気な感情とともに声を出す。
「星乃くんは悪くないよ。俺が寝坊して」
「いいんだよ、爽太。こんなやつに謝るな!」
「……はあ?」
爽太は眉をひそめ、熊沢をにらみつける。その背中をポンとたたいた純は、嫌みなくほほ笑んだ。
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