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二年目

モチベーション 2

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「正直、星乃はすごいよ。親のことを持ち出されても、どんなことを言われようと続けてる。それって強いし大人だからだよ」

「そんなこと……」

「もし俺だったら『もういい』っつって辞めてるもん。……それに、かよってる学校、輝優館きゆうかんだろ? すげえよ、頭いいんじゃん。ここにいる、誰よりも」

「いや、俺なんて全然」

「俺も行きたかったけど、落ちたし。滑り止めで入った高校は出席もテストも厳しくて……。って、こんなこと星乃に言ったところでしょうがないよな」

 要の声は、しゃべるにつれて低く、暗いものになっていった。

「この際勉強に集中するのもいいかなって思ってたのに、アイドルとしてのデビューが決まっちゃって。星乃もいきなりだったかもしれないけど、俺たちもいきなりだったんだよ。デビューが言い渡されたのは」

「……アイドル、やりたくなかったですか?」

 あの日――純が社長に、アイドルになるよう頼み込まれた日。純が入らなければ七人のデビューもなくなると言われていた。

 しかし純の決断は、彼らにとって必ずしも感謝できるようなものではなかったのかもしれない。

「さあ? でも選ばれたからにはやるしかないだろ。なんで俺が選ばれたのかはわからないし、中途半端に長く続けていくつもりもないけど」

 なにもかもを諦めるようなため息が響く。純は神妙な顔を向けた。

「まあ、辞めるって選択肢もありですよね」

「え?」

「アイドルである前に一人の人間なわけだし。自分の人生なんだから大事にしないと」

 純だって、社長に頼まれなければ絶対にアイドルにはなっていなかった。辞めたいという相手にとめる権利はない。

 しかし言った後で、――社長に頼まれているからこそ引き止めるべきだったかも――と後悔し始めた。

 とうの要は目をぱちくりとさせる。純を見つめ、うすく笑った。

「なんか、星乃がそんなこと言うの意外。はじめておまえの本音を聞いた気がする」

「俺はいつだって本音で話してますよ」

「それはウソだな」

 そのとき、稽古場のドアが開く。メンバーやスタッフがぞろぞろと入ってきた。

 話してなどいなかったかのように、要は純に背を向けて歩く。もう純に顔を向けることはなく、稽古場のすみでスマホをいじり始めた。

 純も、あえて要に近づくようなことはしない。



          †



 大音量に流れる新曲に、リズムをとるための拍手音、それからダンスシューズのこすれる音が、稽古場に響く。今後売り出す新曲に、開催が決まったライブのパフォーマンス――みっちり稽古して覚えることは多い。

「おいおいおいおい、ふざけんな! とめろとめろ!」

 ダンス講師の怒声に、純の体が固まる。音楽がとまり、他のメンバーたちも動きを止めた。

「氷川! おまえだよ! な~にだらだらだらだらやってんだ!」

 純は弱弱しい目を、要に向ける。ワンレンにした前髪を耳にかけた要は、不満げな表情を浮かべていた。

「すみません」

「プロ意識持ってやれよ! こん中じゃそこそこ先輩だろうが! 年下組に負けてんぞおまえ!」

 要の顔が、わかりやすくゆがんだ。

「なんだその顔。なめきった態度取りやがって……」

 ダンス講師の舌打ちが響く。

 たとえ自分以外の誰かが叱られようと、純は自分が怒られるのと同じくらい、胸が痛んだ。怒られるのが自分でなくてよかった。そう思うこと自体に罪悪感が湧いてくる。

「学校が大切なのはわかるけどよ! こっちは仕事でやってんだよ! 本気で取り組んでくれよ!」

 怒号がまだ響く中、純は覚えている振り付けを、その場でゆっくりと確認しだす。誰もが立ちどまっている中、その行動は悪目立ちしていた。

「星乃ぉ! ふらふらすんな!」

 自分に移った怒声に、動きを止める。

「そもそもおまえは論外なんだよ! もっとシャキッと動け!」

「はい!」

「メリハリをつけろメリハリを! おまえが一番へたくそなのに変わりねえんだよ!」

「すみません」

 いつものように、頭を下げる。いつものように顔色が悪くなり、指先は震えている。

「なんで社長と会長はおまえみたいなのをスカウトしたんだろうな! 今の評価を実力で見返そうと思わねえのか! この才能ナシが!」

「すみません……」

「このグループの足手まといが! おまえがいるせいでイノギフが売れなくなったらどうすんだよ、ああ?」

 壁際にいたスタッフたちがクスクスと笑う。純を小ばかにするようなひそひそ声も続いた。

「ほんと、なんでやめないんだろ」

「やめてもいいのにね」

 耳に入り込んできた黒い感情に、純の目が、顔が、体が変化した。瞳は泥水のような感情でにごり、表情は石のように固まる。対して、指先の震えはぴたりと止まっていた。

 ――ああ、俺は、ほんとうに――。

「星乃! 聞いてんのか!」

 ――イノギフに必要ない存在なんだな――。

「星乃!」

 純は我に返る。とっさに頭を下げた。

「す、すみません!」

 メンバーもスタッフも悪くない。何も成果を残せない自分が悪い。もっと努力して、怒られることなく、認められなければならない。

 そう考えれば考えるほど、イノセンスギフトに関するすべてが嫌いになっていく。何もかもを放棄してしまいたくなる。そんな自分の弱さが、ますます嫌いになる。

――必要とされていないのなら、切り捨ててくれればいいのに――

 社長や会長のスカウト、という立場ではそれも難しい。まるで飼い殺しだ。

 イノセンスギフトの中にいると、純の頭は負の感情がひたすらにループする。

 やるべきこともやれず、先も見えず、手ごたえもやりがいも、ない。

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