チトセティック・ヒロイズム

makase

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 このニュンフェスピリスト学院の敷地は大きく五つに分かれている。
 一つ目は、座学や実技を学ぶ校舎。一般的な学校と変わりない、けどやっぱり作りは豪華で華やかだ。それにそれぞれの能力クラスが学年問わず授業を受けるための特別施設棟。見学で回ってみたけれど、正直まだ全部は回りきれていない。それくらい大きな施設だし、個人個人の特性に合わせるために学院も力を入れているみたいだ。体育館や講堂もこれに含まれる。
 二つ目は食堂。美味しい食事を昼夜問わず提供してくれる。
 三つ目は研究棟。あたしが訪れて以来、立ち寄ってない場所だ。ここについては謎も多くてよくわかっていない。
 四つ目は学生寮。男子寮と女子寮に分かれている。ちなみに寮生が互いの寮を行き来するのは固く禁じられているそうだ。
 そして五つ目が、学院長のお屋敷だ。一般の生徒には開放されていないから、一族以外は立ち入り禁止らしい。あたしも療養で使わせてもらって以来、あの地下書庫以外入らせてもらったことはない。もっとも、深雪ちゃんは気軽に来て欲しいそうで、しょっちゅうあたしを誘ってくれているが、なんだか気後れして断っている。

「ちとせちゃんは飛行クラスの見学はもう慣れた?」
「は、はい……な、なんとか……」

 今日の午後は飛行クラスの見学の日。週に何度かの専科の見学だけれど、能力持ちではないことになっているあたしは、見学でいっぱいいっぱいだ。今、声を掛けてくれたのは飛行クラスの教師である仁(じん)先生だ。若く、ふわふわとした柔らかい雰囲気の女性の仁先生には茶色に所々焦茶の入り混じった大きな翼が生えている。先生は鳶、つまりトンビの能力を引き出せるそうだ。

「あ、こらそこの子たち~! 無理な飛行は禁止よ~」

 遠く遠く、あたしの目では凝らしてようやく見えるくらいの空中で飛んでいる生徒に向かって、先生は注意のために声を張り上げたけど、正直あたしからすれば何をしているのかは何も見えないからわからない。やれやれと肩をすくめた先生は、勢いよく空中へと飛び立つと、真っ直ぐにそちらへ向かって飛び立ってしまった。ふわふわゆるゆるに見えて、トンビの能力を持った仁先生の飛行は容姿に反するようにとてもかっこいい。その後ろ姿を見つめながら、あたしはポツリと学院の屋根の上に一人取り残されてしまった。
 飛行訓練を見学させてもらうときは、こんな風に高台の上で見学させてもらえるんだけど、高所は慣れない。だって万が一落ちてもあたしには地面に衝突する前に防ぐ術が何もない。動かなければ落ちないわよ~、と仁先生はホワホワしながら簡単な柵を作ってくれたけど、とにかくみんなを観察するよりも恐怖心が優ってしまうのが飛行クラスの見学なのだ。
 ビュンと、自分の目の前を何かが高速で過ぎ去って行った。赤石くんだ。軽々と空中を飛び回り、真剣に課題に取り組んでいるみたいだ。屋根の上にいるあたしの存在には気がついているみたいなんだけど、あたしの方向はチラリとも見ようとしない。クラスでも隣の席なのに一言も話そうとしない。あたしたちは協力関係だけど、それ以上踏み込んでくれるな、と無言でプレッシャーをかけてきているみたいだ。


「――みんな気合い入ってんねん。秋の試練がもうすぐ近いからな」
「秋の試練?」

 次の日の見学の時間。大きな水槽を悠々と泳ぎながら、体を嫋やかにくねらせた深雪ちゃんは、水槽越しのあたしを見つけるなり近寄ってきた。
 遊泳クラスの授業は、野外プールか、屋内プールのどちらかで実施されることが多い。そのどちらのプールも、地下から水中の様子が伺える仕組みになっているから、あたしはこのクラスを見学するときは薄暗い地下でみんなの泳ぎを見守ることが多い。
 飛行クラスもそうだけど、遊泳クラスも個性によって泳ぎ方の違いがあって面白い。深雪ちゃんと同じように、足が魚の形状になった、いわゆる人魚のような姿の子たちは、スイスイと華麗に泳いでいる。深雪ちゃんもスピード感のある泳ぎを持続するのは得意みたい。それより何よりプールの中で光を取り込んでキラキラしている深雪ちゃんは素敵だった。例えばだけど、能力者の存在が国民に知れ渡っていて、深雪ちゃんが水中アイドルとしてデビューしちゃえば、瞬く間にトップアイドルになるかもなあ、なんて思っちゃうくらいには。
 この水槽は特殊な水槽みたいで、水中にいる生徒と会話がすることもできる。

「せや、普通科目は中間とか期末とか、多分他の学校にもある普通のペーパーテストがあるんやけど。専門科目は年に一回秋に『試練』て呼ばれる実技試験があるんや」
「……試練って、なかなか大層なネーミングですね」
「まあ……それだけきついテストやから、試験よりも試練っちゅうネーミングのがあってるのかもしれんなあ」

 漫画やアニメじゃないんだから、とあたしはツッコミを入れたくなったけれど、そもそもこの学院自体が一般の世界と切り離された異世界みたいなものだから、ツッコミを入れるのは間違っているかもしれない。

「それで、その試練ってどんなものなんですか」
「それはやなあ……」
「木曽。お前課題終わったのかー。終わってなかったら居残りだぞー」

 あたしと深雪ちゃんが会話に花を咲かせていると、あたしの後ろから遊泳クラスの専科教師、戸鳴先生が声をかけてきた。やば、と顔を引き攣らせた深雪ちゃんはあたしに軽く手を振ると、ぐんぐんと勢いよく水上へと登っていってしまった。やれやれ、と戸鳴先生は後頭部あたりをポリポリと指で掻いた。

「すみません、先生。クラスの邪魔をしました」
「あー、飛騨が謝ることじゃない。そもそも授業に集中してない木曽が悪い」

 黒髪に一本白メッシュを入れた、スポーツ刈りの似合う爽やかな戸鳴先生だが、課題は三クラスの中でも一番手厳しい気がする。ニコッと笑った時に覗く白い歯と、凛々しい眉毛なんかスポーツ飲料のCMに出演していてもおかしくないくらいの爽やかさなのに、学院長の孫である深雪ちゃんにも容赦はない。一回、先生が水中で生徒を追いかけまわす様子を見たことがあったが、あれは凄まじかった。流石、海のギャングの別名を持つシャチの能力者だけあるというかなんというか。背中に真っ黒な背鰭を生やして、同じく真っ黒な尾で波を切るように泳ぎ、爽やかな笑顔で生徒を追い立てる様子に、あたしは水中生物の能力を持っていなくて本当に良かったと心から思ったくらいだったから。
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