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本編

アマーリエの誓い

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 夜も更けたころ、パーティーは続いているが部屋に下がって湯あみをする。本来なら別邸まで下がるべきなのだが、本宅のフリードリッヒの部屋で過ごすことになった。一夜明けたあと、朝になれば残っているゲストの見送りなどしなければいけない。そのために本宅に泊まることにした。朝から一日中動いていたのに、意外に疲れていないのは気分が高揚しているからだろうか。

 準備を終えて一人寝室のベッドに腰かけて待つ。前のリボンを外すと脱げてしまう夫婦のためのネグリジェは母の渾身の作品だと言う。これを見せるのだと思うと少しだけ緊張して気持ちが引き締まる。

 初夜といっても今までに何度も交わっているため、今更と言われたら今更ではあるが、夫婦になって初めての夜だ。

 アマーリエの準備に侍女は怪訝な顔をしたが止められなくてほっとした。

 本宅のフリードリッヒの部屋に入ったのは始めてで、別宅を貰うまで過ごした部屋だという。カサンドラによって大分模様替えされているらしいが、それでもフリードリッヒが育った部屋なのだと思うと感慨深い。



「アマーリエ、待たせて済まない」



 扉が開いてフリードリッヒが入ってくる。シャツにズボンという軽装だが、シンプルな装いにも静かな華がある。



「いいえ、待っていませんよ」



 フリードリッヒはアマーリエの隣に腰かけてアマーリエの髪をそっと一房取る。穏やかな微笑みを浮かべて軽くキスをして労う。



「お疲れさま、アマーリエ」

「ふふ……私、そんなに疲れてませんよ。団長もお疲れではないですか?」



 聞き返すとフリードリッヒの笑顔が硬くなる。美しい笑顔を崩すことなく告げる。



「団長? 私は君の夫になったつもりだったのだけどね」

「……ごめんなさい、フリードリッヒさま。まだ口が慣れてません」



 ぎりぎりまで騎士でいたいというアマーリエの希望をかなえてくれて、ギリギリまで騎士でいられた。そのためか、まだ名前で呼ぶことが口慣れない。婚約してからプライベートではできるだけ名前で呼ぶようにしていたが、仕事では団長と呼んでいた。そのためプライベートで団長と呼んでも許してくれていたこともアマーリエは甘えてしまっていた。



「フリードリッヒでいいよ。夫婦なんだから、別に敬称をつけることもない。敬語でなくてもいい」

「そうですけど……」



 イルムヒルデのことを思うと、カルーフのことを「さま」をつけて呼んでいたし、常に敬語で話していたように思う。



(二人っきりの時は違ったのかしら? ああ、聞いて来ればよかったわ)



「呼んでみて」



 甘く囁かれ、アマーリエはフリードリッヒに向かって名を呼ぼうとする。



「フリードリッヒ……さま…………ごめんなさい」



 だが、どうしても敬称をつけてしまう。



(今までフリードリッヒさまを呼び捨てなんて恐れ多くてできなかったもの……どうしよう……)



 騎士として敬愛する気持ちが無くなったわけではない。男性として愛する気持ちが大きくなっただけで、依然として敬愛する気持ちはあるのだから、どうしても呼び捨ては抵抗がある。



「……まあいい。慣れなさい。今日のところは許してあげる」

「ありがとうございます、フリードリッヒさま」



 ぎゅっと抱き付いて頬を寄せる。フリードリッヒもアマーリエを抱きしめ返してくれた。



「お父さまに誓ってくれたこと、すごく嬉しかったです。フリードリッヒさまのお嫁さんになれてとても幸せです」

「ずっと己に誓った来たことだからね。君を幸せにする、と。神に誓うまえに辺境伯――義父上ちちうえに改めて誓ったに過ぎない」



 しばらくして、アマーリエは体を離して「ちょっと待っていてくださいね」とベッド脇に立てかけていた剣を取る。普段愛用している剣を持って、ベッドに座ったフリードリッヒの前で両膝をついた。

 剣を掲げて誠心誠意言葉を口にする。



「私、アマーリエ……バルツァーは、夫フリードリッヒ・バルツァーさまを生涯愛すると誓います」



 ヴェッケンベルグと言いかけてあわてて訂正した。バルツァーとまだ言いなれないが、早く慣れてしまいたい。数日後に迫った国王陛下の誕生日パーティーでアマーリエは本格デビューする。その時には名を名乗る機会もあるだろうから、それまでに練習しておきたい。



「フリードリッヒさまが私を愛し守ってくれるように、私もこの剣にかけてあなたを守りぬきます。愛と献身をあなたにお捧げします」



 騎士の誓いの言葉をアマーリエなりに変えて誓いの言葉とする。

 フリードリッヒは捧げた剣を取り、柄に口づけする。

 穏やかだが真摯な眼差しでアマーリエを見つめる。青い眼は静かだが熱く真摯な熱が翻っている。

 目が合うと鼓動が跳ねた。愛していると言ってくれているような優しさと少し熱のこもった眼差しでアマーリエを見てくれたことにときめきを覚えた。

 フリードリッヒは剣を置いてベッドから降りてきてアマーリエの前に膝をつく。アマーリエの眼をまっすぐ見つめたまま艶めいた甘い声で囁いた。



「あなただけを愛している。改めて誓うよ。命に代えても愛し、守り抜く」



 静かな返事が返ってきた。じわりと喜びが胸に兆す。胸いっぱいに広がって心を満たす。

 この世界に女性は何人もいるのにアマーリエを選んで、今も大切に大切にしてくれていることが嬉しかった。愛しかった。

 心から震えるような喜びがこみ上げてきた。



「フリードリッヒさまっ」



 胸に――いや、全身を満たす愛しさに突き動かされてフリードリッヒに抱き付いた。剣を抱いたフリードリッヒの腕に納まる。



「私も愛しています。この日をずっと待っていました」



 妻になる日を楽しみにしていた。お嫁に行く寂しさもあったが、フリードリッヒの妻になれる喜びも確かに胸にあった。

 フリードリッヒと誓い合ったのは随分昔の事のように思われるが、まだ半年ほど前にしか過ぎない。



「私も待っていた。早くあなたを迎えたくてたまらなかった。義父上ちちうえにはいささか申し訳ないが」

「フリードリッヒさま、父もわかってくれています」

「そう言ってくれるとありがたい。義父上ちちうえと兄上方に変わって、あなたを愛し守る。だから、ちゃんと相談しなさい。いいね」

「……はい」



 この件に関してアマーリエはなんら口答えは許されない立場だ。素直に頷いておく。



(あ、でも忙しい時は仕方ないよね)



 昨シーズンはとても忙しかったのだ。今後いつそういうシーズンが巡ってくるとも限らない。



「忙しそうとか、遠慮は駄目。いいね」

「……はい」



 考えを読んだような注意にアマーリエは頷く。優しい声音で言い聞かせるようだが、否とは言わせない迫力を感じていた。



「宿直待機のときは、ローマンやザンドラ経由で伝えてくれたらいい」

「……はい」

「当面……あと十年くらいは騎士団務めだから」

「侯爵さま……義父さまおとうさまは長いことお勤めなさるんですね」



 バルツァー侯爵家の当主は国軍の元帥として軍に属することになっている。マルスはカルーフより少し年下なだけで五十は超えている。決して若くはない。

 騎士団でもどんなに勤めても現役は五十までで引退して、指導員をしたりする程度だ。



(それほど長く勤めなければいけないものなのかしら)



「元気であるという前提ではあるが、大抵六十代までは勤める。戦争が起こっても、前線に出て戦うわけではなく、指揮を執る立場だから現役騎士程体力は必要ではないんだ。当主としての務めはあと五~六年くらいしたら少しずつやっていくことになるから、そうしたら忙しくなるかな」

「なるほど」



 ヴェッケンベルグではあと二~三年でカルーフからギュンターへと当主が交代する予定だ。指揮官の役割もするが、前線で戦えるだけの体力は必要という考えだ。さらに、若いうちに交代して後見して支えることも目的としている。



「軍組織の中しか知らないより、騎士として務めをしたほうが見分も人脈も広がるということで、父と相談の上で騎士になったんだ」

「まあ、そうだったんですね」



 騎士は王族を始め貴族と関わることが仕事の中心である。騎士勤めの中で貴族と繋ぎを作っておくこともできる。一種の社交としての騎士という見方もできる。



「私は普通の社交が好きじゃない……というより苦手だったから、余計に騎士になることで見識も人脈も広げられて、なおかつ報国できるほうがよかった」



 アマーリエは目を瞬かせる。



「意外です。デビューの年に嫌な思いをされたと兄から聞いていますけど、苦手とまで思っていらっしゃるとは思いませんでした」

「嫌いだから、仕事を頑張れたのもある」

「まあ、社交より騎士のお仕事の方がお好きなんだって思っていました。社交は面倒くらいに思ってらっしゃるのかと」

「ああ。デビュー以前から母親に連れられてプレデビューしていた。女の子ばかりがきゃあきゃあと話しかけて来て困惑していた。私は友達が欲しかったんだ。なのに、同世代の男たちからはやっかまれて、どうすればいいんだろうとずっと思っていたよ」



 フリードリッヒは「だから苦手感がある」と苦笑を浮かべた。笑っているが、当時はどれほど心を痛めただろうかと思うと胸が苦しくなった。



「だから、入団してギュンターを始め友人ができてとても嬉しかったよ」

「フリードリッヒさま……」



 眉根を寄せたアマーリエの額にキスをして



「だからね、子供が……男が生まれたら騎士にするよ。軍に入りたいと希望しても、とりあえず十年くらいは騎士をさせてから軍に入れたい」

「はい」

「だから……作ろうか」

「……はい」



 耳元で甘く囁かれてアマーリエは羞恥に頬を染めた。婚約して以降、避妊をしながら交わってきた。意識するといつも以上にフリードリッヒの温もりを感じて、胸の中に熾る熱に頬を染めた。



 









*****************

 

アマーリエが誓うなら騎士の作法に則っての方がらしいかなと思います。

フリードリッヒへのアマーリエなりの誠意です。

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