75 / 81
本編
今日、嫁ぐ日に ~母と娘~ 1
しおりを挟む国一番の白亜の大聖堂での結婚式となった。騎士団員の結婚式は参列者が多いので大聖堂を使うことも多いのだと聞いた。
ただ今回は王族も多数参列するため、大聖堂以外の選択肢はなかったそうだ。しかし、互いの親戚と騎士団関係者及び警備の者が多数そろったため大聖堂でもいっぱいになってしまった。
(お天気が良くて良かったわ)
よく晴れて雲一つない快晴だ。風も季節のわりに温かい。
式後に聖堂から出たところでフラワーシャワーを先輩お姉さまたちが企画してくれているのだと聞いたので、晴れたことが嬉しい。
また、子供たちがフラワーガールやトレーンガールなどしてくれるため、温かい方がいい。マティアスの娘とエリーゼの息子がトレーンガール・トレーンボーイをしてくれるため挨拶に来てくれた。
皆に思い切り祝ってもらえるのだと思うととても嬉しくてありがたいことなのだとアマーリエは思えた。
花嫁になるための苦労はそのための努力と思うことにした。
ギュンターの式の時に朝から風呂に入って隅々まで磨かれて、頭から磨かれた爪の先まで香油を塗られて……という作業の何倍も時間と熱意を込めて準備をしてくれた。
(フリードリッヒさまの隣に立つためだもの)
容姿麗しいフリードリッヒの隣に並び立つには努力が必要なのだと己に言い聞かせて耐えた。
式の七日前から刃物と乗馬禁止を申しつけられ、何時間もかけて肌を磨かれてきた。顔と首はもちろん、指と腕にも絶対に傷を作るなと言われてきた。
イルムヒルデの執念に押されてアマーリエも大体大人しく従ったが、アンナや先輩お姉さまたちが来てくれて女性だけのパーティーを行ったので退屈も寂しさも感じることはなかった。
嫁ぐ日のドレスはイルムヒルデと一緒に選んだ。Aラインのトレーンが長いタイプだ。トレーンはレースをふんだんに使った繊細かつ優美な仕上がりだった。潜入捜査をしていたときもAラインかもう少しスカートをふんわりさせたプリンセスラインだったりエンパイアドレスだったりといろんなタイプを着てきたが、トレーンが長いタイプを着たのは初めてで少し重い。
袖は季節的に寒かったらいけないと五分丈にしており、透け感のあるグローブをつけることにした。
胸元のレースは特に繊細で、全体として精緻にして優美な出来にアマーリエはうっとりしてしまった。
ただ、それよりも感動したのはロングベールの精緻な刺繍はイルムヒルデによるものだったからだ。娘の嫁入りに備えて十年ほど前からコツコツ刺繍した大作であり、アマーリエに対する愛情の深さが窺えてアマーリエはしんみりとしてしまった。
朝早くから準備して何とか予定通りに準備ができてほっとして、まずイルムヒルデに姿を見てもらった。
「どう? お母さま」
「ええ、とても綺麗よ。アマーリエ、いい? お嫁に行ったら、夫婦は仲良くしなさい。あちらのお舅さまとお姑さまのいうことを聞くこと。ただし、あんまり我慢しないのよ。私は我慢しすぎて駄目になってしまったわ」
「あ、お爺さまと喧嘩して別居したのよね」
「ええ。男三人に悪戯を教え込んでも、親から言われた「お舅さまのご意向も含むように」との言葉を守ってきたけど、お前にまで悪戯を教え込まれて、お前を連れて実家に帰ろうかと思いました」
その時の気持ちを思い出したのか、いささか嫌そうな顔をした。
「だから、喧嘩して冷却期間おきたいとか、どうしても無理と思ったら大事になる前に帰って来なさい。お前の部屋くらいすぐに用意してやります」
「ふふ……大丈夫よ。私はお父さまとお母さまみたいな夫婦になるのが夢だもの。フリードリッヒさまと頑張るわ」
「張り切りすぎないようにね」
そういったあと少し困ったように眉根を寄せて、アマーリエを見つめて呟く。
「まだまだ教えたいことがたくさんあるわ。こんなに早くお嫁に出すつもりはなかったのよ」
「そうなの? 二十歳の年には婚約者を見つけるって言ってたから、早めに結婚させて落ち着かせたいのかと思ったわ」
「政略結婚をさせる気は私にも伯にもなかったわ。結婚は相性よ。ちゃんと誠実な男性としてほしいと思っていたのですよ。でもね、お前は騎士になりたいってそればかり夢見てたし、伯も男三人もお前の好きにさせたいとそればかり言ってたから、絶対騎士の活動ばかりで社交もせず彼氏の一人も作らなさそうだったから、そう言ったまでのこと。そうでなければ言いませんよ」
「……返す言葉もないわ……。結婚相手を見つけやすいように若手ばかりの部隊にいれたのかと思っていたわ」
さすがに母親だけあってアマーリエをよく知っている。カルーフや兄三人の前で言ったのも叱りつけられる四人を見るのが辛くなって了承するだろうことを計算していたのだろう。了承した以上、守ろうとすることもきちんと把握したうえでの行動だったのだろう。
母親の観察力と愛情の深さを知って、胸にじんと感動が広がる。
「別に私は上の部隊でも良かったのですよ。元々お前の希望だったし、うんと年上を好きになることがあってもいいし、きちんとした人なら結婚したいならさせてもいいと思ったし、子ども扱いされて失恋することもいい経験だと思っていました」
「そんな風に思っていてくれたのね」
「ええ、失恋も経験です。新しい恋を見つければいいだけですもの。結婚してから失恋なんて体験しないでしょう」
「お母さまも失恋したの?」
「ええ」
「え?! 初耳だわ」
イルムヒルデが恋愛推奨派だったとは思わなかった。何となく聞いてみたことを肯定されてアマーリエは驚いた。
0
お気に入りに追加
363
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない
扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!?
セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。
姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。
だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。
――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。
そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。
その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。
ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。
そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。
しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!?
おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ!
◇hotランキング 3位ありがとうございます!
――
◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
リクスハーゲン王国の第三王女ルイーセは過保護な姉二人に囲まれて育った所謂''箱入り王女''であった。彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、獅子のように逞しく威風堂々とした風貌の彼とどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日ルイーセはいつものように森に散歩に行くと、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。何故だかルイーセはその光景が忘れられず、それは彼女にとって性の目覚めのきっかけとなるのだった。さあ、官能的で楽しい夫婦生活の始まり始まり。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が受け入れて溺愛らぶえっちに至るというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
+R18シーン有り→章名♡マーク
+関連作
「親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる