70 / 81
本編
負けない!
しおりを挟む(敵だ!)
即座に判断して身構える。
アッシュブラウンの髪の男は――
「ちっ、邪魔な小僧だな」
「ゲラルト!」
「よお、アマーリエちゃん。奇遇だね」
軽口を叩きつつ油断なく構えている。囚人用の白い簡素なシャツとズボンを着ている。
「あなた、収監されていたはずなのに、よく逃げてこられたわね」
「いっやー隙見て逃げ出すの骨だったんだぜ」
王城に収監されて取り調べを数日受けたのち、二つある収容所のどちらかに収監されていたはずだ。囚人服を着ているということは直前まで収監されていたはずだ。
「たまたま逃げた先でアマーリエちゃんに会えるとは思ってなかったよ、さすがに」
「たまたま? ここはたまたま逃げてこれる場所じゃないわ。……あなた目的があってここに来たのでしょう?!」
どちらの収容所に収監されていたとしても、伯爵家とは離れており警備もそれなりにされている。正面からも裏面からも潜り込むのは通常難しい。そこらの商家か貴族の屋敷を漁っていたという方が理に適っている。
「ここの伯爵もお友達ってわけ。いろいろしてあげたんだし、困った時に飯と着替えくらい用意してもらっても罰は当たらないでしょ」
「何? 売人までしていたっていうの?」
「売人ってほどじゃないよ。お客さん紹介しただけ。顧客を紹介して儲けさせてやったんだからさ」
「最低だわ」
会話をしながらゲラルトの様子を観察する。右手はフリードリッヒに刺されてから二週間程しか経っていない。縫合の後も生々しい傷跡がある。あれでは強く握れない。
ゲラルトはさっと足元の短剣――ヨハンが使っていたものだ――を左手で拾って握り込む。爪がはがされており、元の握力ほどはなさそうだが、しっかりと握り込めている。
「あなた、左利きね」
拾う動作と踏み出しの足から察するに左利きなのだろう。アマーリエを常に抑えつけていた手は左手だったと思い出す。
「元々ね。剣は師匠が右利きだったから右で覚えたんだ。左手じゃ、あんまり使えない」
ゲラルトの自己申告をどこまで信じていいのかはわからないが、構えは様になっている。油断はできない。
アマーリエも短剣を構えて相対する。足さばきをよくするためドレスを掴んで引き上げる。
(もう二度と踏まれたくない)
フリードリッヒにもらったものではないが、自分なりに選んだドレスを汚されるのは我慢ならない。
アマーリエが奥手で、ゲラルトが扉に近い。だがゲラルトも扉まで距離がある。ここで戦うにはヨハネスが倒れており踏んでしまう恐れと、また木箱が邪魔となる可能性がある。
(倉庫から出たほうがいいかな。ゲラルトは取り逃がしたくないけど、ヨハンの身の安全を優先させたい)
倒れ伏しているヨハネスが気になるが、素手で首筋に一撃入れて落とされただけであれば、命に別状はないだろう。
「っ……」
鋭く踏み込んできたゲラルトに一撃をアマーリエはいなす。フリードリッヒに足を斬られていたが、踏み込みは以前程度に回復しているようだ。
アマーリエが横に距離を取ろうとしたとき、ドレスの裾を掴んでアマーリエの動きを封じようとする。
「はっ」
アマーリエも自分のドレスを掴んで引っ張ると、びりっと音を立ててドレスのスカートが破けた。
ゲラルトが虚をつかれた顔になる。
アマーリエは構わず短剣を振るう。スカートを斬りながらくるりと回転する。ダンスのターンのように回りながらゲラルトとも距離を取った。
青基調のAラインドレスはスカートが膝のあたりで取れる仕掛けになっていた。膝から下の部分はボタンで引っかけているだけであるため、強く引っ張れば取れる。
皮肉にも前回ゲラルトにドレスの裾を踏まれたことで生まれたドレスだ。ヒールだって前回ほども高くなく、じゃっかん太めに設計してある。ガーターでつりさげた薄手の靴下を身につけているので、ぎりぎり許してもらえるだろう。
「おいおい、仕込んでたってわけか……。いやーさすがヴェッケンベルグだねえ、あの常軌を逸したシスコン兄貴たちの好戦っぷりを思いだすわ」
「失礼ね! 常軌を逸したって何よ! お兄さまたちを馬鹿にしないで!」
つくづく許しがたい男だ。
「おいおい、アマーリエちゃんの兄貴らのシスコンっぷりは有名だぜっ」
「ふっ……っ……」
ゲラルトは軽口を叩きながらも鋭く踏み込んでくる。
叩き込むような剣戟に声高らかに刃が交わる音が響く。叩き込んでくるゲラルトの剣には以前ほどの勢いはなさそうだが、やはり元々の技術の差はある。技術と経験の差があるが、収監されて膂力が削がれた分アマーリエでも十分に戦える。
アマーリエも何度も剣戟を受け流すが、腕に響くような衝撃を感じる。同時にゲラルトにも負担になっているのだろう。爪を剥がれた左手の握りが甘くなっているのだろう、威力が削がれてきている。
「くそっ」
ゲラルトがスカートの裾を再び掴む。Aラインで装飾少な目とはいえ、動きに合わせてひらひらと舞うスカートを穿いている分衣服を掴まれやすく、接近戦において不利な部分はある。
だが――
「ぐはっ」
アマーリエは拳を握って、一歩踏み出す。勢いのままに間を詰める。
刀を握り固めた拳でゲラルトの顔面を殴った。
ゲラルトの頬に上手く拳があたりゲラルトはよろける。
上手く攻められないゲラルトが焦って、掴みやすいスカートを狙ってくるのは予想の範疇だった。
よろけたゲラルトを追撃しようとしたところで、ゲラルトは転んでしまう。
いや、誰かに転倒させられた。
0
お気に入りに追加
363
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない
扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!?
セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。
姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。
だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。
――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。
そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。
その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。
ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。
そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。
しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!?
おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ!
◇hotランキング 3位ありがとうございます!
――
◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
リクスハーゲン王国の第三王女ルイーセは過保護な姉二人に囲まれて育った所謂''箱入り王女''であった。彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、獅子のように逞しく威風堂々とした風貌の彼とどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日ルイーセはいつものように森に散歩に行くと、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。何故だかルイーセはその光景が忘れられず、それは彼女にとって性の目覚めのきっかけとなるのだった。さあ、官能的で楽しい夫婦生活の始まり始まり。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が受け入れて溺愛らぶえっちに至るというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
+R18シーン有り→章名♡マーク
+関連作
「親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる