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本編
千切られた思い出
しおりを挟む侯爵家の従者が部屋ができたことを伝えに来た。アマーリエが立ち上がろうとしたが、フリードリッヒに横抱きにされたまま用意された部屋まで移動した。
二階の客間で、部屋から出ずに風呂にも入れる部屋だ。毛足の長い絨毯や天蓋付きのベッドも華やかな装いの部屋だった。薔薇の雫を飲んでさえいなければ、部屋の模様を楽しむ余裕もあったが、今は体を熱くしてフリードリッヒに触りたくて仕方がない衝動を堪えていた。
「シャワーを浴びてきなさい」
「団長は?」
アマーリエが先でいいのだろうか。
「私は後でいい。連絡したいこともある」
「わかりました」
(ああ、綺麗な唇。……キスしてほしい)
フリードリッヒが喋る度に形のいい唇を見つめてしまい、欲しいと思ってしまう。口づけたくなる衝動を必死に堪えている。
触れたくて触れたくて、気がおかしくなってしまいそうだ。
気付くとフリードリッヒはアマーリエを無言で見下ろしていた。
(団長? どうしたのかしら?)
「……っ」
フリードリッヒはアマーリエに口づける。唇を合わせるだけのキスをアマーリエに与えて「ゆっくりシャワーを浴びるといい」と言って去っていった。
じんと下腹部が疼いて、今すぐ抱かれてしまいたくなった。でも埃っぽい体をフリードリッヒに晒すわけにはいかない。アマーリエはシャワールームに入る。
淡い色の綺麗に整えられた脱衣所にはタオルやバスローブが置かれている。洗面台と鏡も設えられたきちんとした作りだった。奥の浴室まで敷かれたマットもふかふかで裸足で歩いたら心地よさそうだ。
アマーリエは身につけているものを脱いでしまおうとしたときに鏡の中の自分と目が合った。
胸に鉄槌が振り下ろされた。
衝撃にじわっと涙が浮かぶ。自分の姿が心底情けなく思えた。
きちんと結い上げたはずの髪がいささか乱れているのはまだ許容範囲だ。狼藉者を叩き潰すところからドレス姿とは思えないほど動いたのだから。
ゲラルトともみ合った時だろう、胸元の繊細なレースが破けていた。
ネックレスの花が取れて無くなっている。
(そうだわ。引っ張られて千切られたんだ……)
引っ張られたときに傷つけたのか、首筋が紅くなっている。
裾はゲラルトに踏みにじられた跡がついていた。
『良く似合うよ』
『アマーリエは色が白いから、どんな色でも似合うな。淡い色も愛らしい』
思い出した声に涙がこぼれる。
(団長……フリードリッヒさま……)
申し訳なさに胸がつぶれそうになった。ネックレスを外そうとするが指が震えて上手く外せない。
やっとのことでネックレスを外し、無残な姿に涙が余計に零れた。膝の力が抜けてその場にしゃがみこんだ。
(ごめんなさい)
しゃがみこんで泣いていると扉があいた。
「アマーリエ? ……どうした」
「だん……ちょう……」
涙で掠れた情けない声にフリードリッヒは一瞬痛まし気に眉をゆがめた。
「ネックレスが壊れたのを気にしているのか?」
「……っ……はい」
しゃくりあげながら返事をするとフリードリッヒはアマーリエを抱きしめる。
「物はいつか壊れるものだ。それにゲラルトが壊したのだろう? 君に責任はないよ。……私が怒るとしたら、相談もなく潜入捜査をしていたことだ。そこだけ反省してくれたらいい」
「でも……うれしっ……たんです……でもっ……こわっ壊れ……」
穏やかに告げられた言葉にアマーリエはしゃくりあげながら答える。
「ごめんなさい……団、長……」
「もういい。もういいんだよ、アマーリエ」
淡々と穏やかだった声に甘さが混じる。申し訳なさで縮こまった心が解れていくようだ。
(フリードリッヒさま……大好き……優しいところが大好き)
同時に、恋心も募る。
役に立たない部下だけれど、こんなに優しくしてくれるフリードリッヒが愛しいのだと胸の奥で甘く囁く。
落ち着くまで抱きしめてくれ、ドレスも丁寧に脱がせてくれた。時々触れる指先にアマーリエは心地よくて体の疼きを抑えられなかった。欲しいという気持ちが恋情からきたものだけではないことが、自分の想いまで踏みにじられたようで口惜しかった。
手を差し伸べられて立とうとしたところ腰が抜けて立てなかった。
「すみません。足が……」
「気にしなくていい。飲んだら身がままならなくなるのは知っている」
フリードリッヒはアマーリエを抱き上げて洗い場の椅子に座らせてくれる。その位置でジャケットを脱ぎ始める。
「団長?」
「足の力が抜けているなら、一人では入れないだろう? だったら、一緒に入ってしまおう。その方が面倒がなくていい」
あっさり言って脱いでしまって、脱いだ服は脱衣所にぽいっと投げてしまう。
「シャワー出すぞ」
「はい」
シャワーで髪や体を洗ってくれる。アクセサリーは外しており、髪を解いて丁寧にシャンプーで洗ってくれる。体も泡立てた石鹸で洗ってくれるが、フリードリッヒの手でアマーリエの体を洗ってくれるのは恥ずかしさと申し訳なさで身の置き所がない。
でも、気持ちよさが何より強くてフリードリッヒにしな垂れかかりながらの行為になってしまった。
洗い終わるとフリードリッヒはアマーリエを抱えて湯船に浸かる。
(ああ、駄目……)
フリードリッヒが欲しくて堪らないのに、身をくっつけたままではいけないと思って少し離した。湯船にゆったりともたれかかったフリードリッヒから離れるが、フリードリッヒはアマーリエを引き寄せて耳元で囁く。
「もっと体を預けていい」
「……重くないですか?」
「猫の子よりは重いけど、問題ないよ。……さあ」
甘い声で促されてアマーリエはもたれかかる。フリードリッヒの凛々しい顔が近くにあって、導かれるように口づけた。
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