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本編
ヨハネス・ディーゼル
しおりを挟むアマーリエは情報を得たいと思って宿舎の図書室で調べはじめる。宿舎の二階にある図書室は伝記のような読み物や新聞、さらに団の通達の記録が置いてある。新聞を読めば世間でのとらえ方もわかる。
図書室に置いてある一月分の新聞で確認できたのは、庶民の間で使用事例だ。庶民の間で薔薇の雫が見つかったのは秋の祝祭のあたりからのようだ。十月は国王陛下の誕生日と秋の収穫を祝う催しがあり、春の花まつりよりも大変賑やかな月だ。あの喧騒のなかで後ろ暗いことをする連中がすでに蠢いていたということらしい。
ただ、今年初めの団の通達をみると「今年のシーズンでも薔薇の雫の使用が疑われるため」という文章につづき、アンナが教えてくれたように会場での飲食についてと発見時の対応が書かれてあった。
団の対応は貴族が絡んでいることが予想される。夜会の見回りと、女性王族と女性騎士が飲まないようにするための対応を強化すると言ったことが書かれていた。
(あまり目新しい情報はなさそう……私が知ってることとそんなに変わらない。うーん……)
図書室の机の前で新聞やらを広げていたが、ふと傍らに感じた気配に顔をあげた。目が合うと気配の主は薄い緑の眼を細めておっとりと微笑んだ。
「アマーリエ、休んでいなくていいの?」
ヨハンことヨハネスが図書室に入ってきてアマーリエの姿に驚いたようだ。
「あら、ヨハン。今日休みなの?」
聞いてから風邪を引いたということにしていたということを思いだして「もう大丈夫だよ。熱も出てなかったし」と言ってごまかした。
ヨハネスはアマーリエの同期で、アッシュブロンドに薄い緑色の眼をした人だ。とても穏やかで紳士的で、同期の男性の中では一番優しい人だとアマーリエはとても信頼している。
「それでもさ、病み上がりなんだからせめて羽織物でもしきゃいけないよ」
宥めるように言って自分用に持ってきていた肩掛けとひざ掛けをそれぞれかけてくれた。
「ありがとう、ヨハン。いつも気にしてくれて」
嬉しくて笑顔を向けると、ヨハネスは一瞬切なげに目を細めたあと穏やかに笑った。穏やかだったけれど、どこか力ない笑みで、アマーリエは少し引っかかる。
「どうしたの? ヨハンも風邪なの?」
アマーリエが立ち上がって顔を覗き込むと、ヨハネスは少し驚いたように頬をうっすらと赤くする。
「顔赤いよ」
「大丈夫だよ。びっくりしただけ……外回りは寒かったけど、風邪は引いてないよ」
「そう。だったらよかった」
ほっとする。会場外の警護はさぞ寒かっただろう。例年風邪をひく隊員は何人かいるとマティアスから聞いている。
ヨハネスはアマーリエの前に積まれた新聞を覗き込む。
「熱心に見てるけど、何か調べもの?」
「薔薇の雫って知ってるでしょ? 私、アンナから聞いたこと以上の話知らなくって……ヨハンは詳しい話知ってる?」
「うーん、僕の知る限りで言えば……」
ヨハネスは知っている限りの情報を教えてくれた。
「……というくらいかな」
「ありがとう、ヨハン」
自分が知っているよりも詳しい話だったが、もう少し詳しい話があれば聞いておきたい。情報は密に徹底して集めるのは基本だ。
「他に詳しい人を探そうと思うのだけど、誰が詳しいかしら」
「アレクさんは? 詳しそう」
「そうね。アレックスに聞いてみるわ」
「よし!」と立ち上がって、さっそくアレックスの元に向かおうとしたら、ヨハネスに止められる。
「駄目だよ、病み上がりなんだから」
「でも…」
「アレクさんの都合聞いてくるよ。病み上がりの君を行かせるなんて……アンナが心配するよ」
少し言いよどんだものの、穏やかに言ったあと「いや、まあ僕もだけどね」ポツリとつけたす。
アマーリエはくすりと笑みをこぼして
「そうね。アンナは心配性だものね」
「アンナは世話焼きだからね」
「三姉妹のお姉さんなんだから仕方ないわ」
「あそこまでいくと、お姉さんっていうより、心配性の世話焼きな母親って感じかな? 新入団の子の世話をせかせかと焼いてる感じじゃない?」
「あら、そんなこと言ったらアンナは怒っちゃうわ」
「だったら、内緒にしてよ。……それじゃあ、アレクさんに話してくるから、とりあえず待ってて」
アレックスの第十騎士団は午前中の巡視だったので、今はちょうど帰ってきているころだろう。アンナと食事に出かけていなければ多分会えるはずだ。
アマーリエはヨハネスに言われたとおりに新聞を読みながらヨハネスが帰ってくるのを待った。
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