上 下
44 / 81
本編

ヨハネス・ディーゼル

しおりを挟む
 
 

 
 アマーリエは情報を得たいと思って宿舎の図書室で調べはじめる。宿舎の二階にある図書室は伝記のような読み物や新聞、さらに団の通達の記録が置いてある。新聞を読めば世間でのとらえ方もわかる。
 図書室に置いてある一月分の新聞で確認できたのは、庶民の間で使用事例だ。庶民の間で薔薇の雫が見つかったのは秋の祝祭のあたりからのようだ。十月は国王陛下の誕生日と秋の収穫を祝う催しがあり、春の花まつりよりも大変賑やかな月だ。あの喧騒のなかで後ろ暗いことをする連中がすでに蠢いていたということらしい。
 ただ、今年初めの団の通達をみると「今年のシーズンでも薔薇の雫の使用が疑われるため」という文章につづき、アンナが教えてくれたように会場での飲食についてと発見時の対応が書かれてあった。
 団の対応は貴族が絡んでいることが予想される。夜会の見回りと、女性王族と女性騎士が飲まないようにするための対応を強化すると言ったことが書かれていた。

(あまり目新しい情報はなさそう……私が知ってることとそんなに変わらない。うーん……)

 図書室の机の前で新聞やらを広げていたが、ふと傍らに感じた気配に顔をあげた。目が合うと気配の主は薄い緑の眼を細めておっとりと微笑んだ。

「アマーリエ、休んでいなくていいの?」

 ヨハンことヨハネスが図書室に入ってきてアマーリエの姿に驚いたようだ。

「あら、ヨハン。今日休みなの?」

 聞いてから風邪を引いたということにしていたということを思いだして「もう大丈夫だよ。熱も出てなかったし」と言ってごまかした。
 ヨハネスはアマーリエの同期で、アッシュブロンドに薄い緑色の眼をした人だ。とても穏やかで紳士的で、同期の男性の中では一番優しい人だとアマーリエはとても信頼している。

「それでもさ、病み上がりなんだからせめて羽織物でもしきゃいけないよ」

 宥めるように言って自分用に持ってきていた肩掛けとひざ掛けをそれぞれかけてくれた。

「ありがとう、ヨハン。いつも気にしてくれて」

 嬉しくて笑顔を向けると、ヨハネスは一瞬切なげに目を細めたあと穏やかに笑った。穏やかだったけれど、どこか力ない笑みで、アマーリエは少し引っかかる。

「どうしたの? ヨハンも風邪なの?」

 アマーリエが立ち上がって顔を覗き込むと、ヨハネスは少し驚いたように頬をうっすらと赤くする。

「顔赤いよ」
「大丈夫だよ。びっくりしただけ……外回りは寒かったけど、風邪は引いてないよ」
「そう。だったらよかった」

 ほっとする。会場外の警護はさぞ寒かっただろう。例年風邪をひく隊員は何人かいるとマティアスから聞いている。
 ヨハネスはアマーリエの前に積まれた新聞を覗き込む。

「熱心に見てるけど、何か調べもの?」
「薔薇の雫って知ってるでしょ? 私、アンナから聞いたこと以上の話知らなくって……ヨハンは詳しい話知ってる?」
「うーん、僕の知る限りで言えば……」

 ヨハネスは知っている限りの情報を教えてくれた。
  
「……というくらいかな」
「ありがとう、ヨハン」

 自分が知っているよりも詳しい話だったが、もう少し詳しい話があれば聞いておきたい。情報は密に徹底して集めるのは基本だ。

「他に詳しい人を探そうと思うのだけど、誰が詳しいかしら」
「アレクさんは? 詳しそう」
「そうね。アレックスに聞いてみるわ」

「よし!」と立ち上がって、さっそくアレックスの元に向かおうとしたら、ヨハネスに止められる。

「駄目だよ、病み上がりなんだから」
「でも…」
「アレクさんの都合聞いてくるよ。病み上がりの君を行かせるなんて……アンナが心配するよ」

 少し言いよどんだものの、穏やかに言ったあと「いや、まあ僕もだけどね」ポツリとつけたす。
 アマーリエはくすりと笑みをこぼして

「そうね。アンナは心配性だものね」
「アンナは世話焼きだからね」
「三姉妹のお姉さんなんだから仕方ないわ」
「あそこまでいくと、お姉さんっていうより、心配性の世話焼きな母親って感じかな? 新入団の子の世話をせかせかと焼いてる感じじゃない?」
「あら、そんなこと言ったらアンナは怒っちゃうわ」
「だったら、内緒にしてよ。……それじゃあ、アレクさんに話してくるから、とりあえず待ってて」

 アレックスの第十騎士団は午前中の巡視だったので、今はちょうど帰ってきているころだろう。アンナと食事に出かけていなければ多分会えるはずだ。
 アマーリエはヨハネスに言われたとおりに新聞を読みながらヨハネスが帰ってくるのを待った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
リクスハーゲン王国の第三王女ルイーセは過保護な姉二人に囲まれて育った所謂''箱入り王女''であった。彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、獅子のように逞しく威風堂々とした風貌の彼とどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日ルイーセはいつものように森に散歩に行くと、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。何故だかルイーセはその光景が忘れられず、それは彼女にとって性の目覚めのきっかけとなるのだった。さあ、官能的で楽しい夫婦生活の始まり始まり。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が受け入れて溺愛らぶえっちに至るというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。 +R18シーン有り→章名♡マーク +関連作 「親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~」

処理中です...