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本編
乳兄弟 ◆●
しおりを挟む中庭に祭壇を設え、絨毯を敷いてウエディングアイルとして両側に椅子を並べている。そこの周囲に椅子と机が用意されており、式が始まる直前までゲストや家臣たちはワインやビールを飲みながらブルストをかじって時間までのんびり過ごす。夜には交代するので深酒はできないため、飲むなら今だと楽しく飲んでいる者もいる。
フリードリッヒは椅子に座ってワインを飲みながら会場の片隅でくつろいでいた。ワインはラーヴェルシュタイン産のものだけでなく、ヴォルティエ産のワインもあった。気泡がさわやかなセクトやデザートにあうアイスワインまで出されており、一通り飲もうと思ったら大変そうだとフリードリッヒは感じていた。
「フリードリッヒ、持ってきたよ」
「ああ、すまない。ローマン」
ローマンがブルストとザワークラウトを持ってきた。食事はそれぞれが好きな料理をとれるようにしてある。今はローマン以外はそれぞれ楽しんでいるようで、この場にはいない。ローマンは二人きりだと敬語をやめるように頼んでいる。身内だけの時はやめてくれていいのだが、それは嫌らしいので強制はしていない。
ローマンは皿を置くとフリードリッヒの隣に腰かける。
「昨日、アマーリエさまを尋ねたんだろ? ちゃんと話ができたんだろうね」
「話というか、アマーリエの話を聞いただけだ。兄が結婚するのが寂しいと思っているのだろうなと思ったからな」
なぜ知っているんだろうと思ったが、部屋をしばらく不在にしたから感づかれたのだろう。
「今度こそちゃんと慰めたんだろうね」
「今度とは何だ。ちゃんと気持ちは聞いたぞ」
慰めたことは慰めたが、状況を説明するとまた文句を言われそうだ。
「……何その煮え切らない答えは……。昨日も抱きしめるまでしたくせに、部屋まで送ったくせに、キスの一つもしないし……ちゃんとアマーリエさまにアプローチできてるのか気になるじゃないか」
「……っ、いつから見ていた」
気づかなかったのは不覚だとフリードリッヒは口惜しく思う。
「外壁上に続く階段を上るフリードリッヒが見えたから、アマーリエさまのところにも行かんと何やっているんだと叱りつけようと思って駆けつけたら、アマーリエさまの肩を抱き寄せて何事か話をしている様子だったから、やればできるじゃないかと感心してみていたんだ」
「……のぞき見とは悪趣味な」
「気配を殺して近づくのは侍従の嗜みだよ」
ふふんと自慢げな顔でフリードリッヒをみる乳兄弟を見てフリードリッヒは溜息をついた。
「別にアマーリエにアプローチしようと思って探していたわけじゃない。多分感傷的になっているだろうと思ったんだ。話を聞いてやればアマーリエは自分で回復できる。そういう芯の強さを持ってる」
「そこで無駄にいい顔を生かして攻めないところがじれったいんだよ」
「無駄にいい顔という言われ方は好かんのだがな。私の顔は普通の範囲だろう」
「他所で言ったら殴られるぞ」
「さあな。今までこの顔で役立ったことはないよ」
モテたのも次期侯爵だからだ。顔はあくまでも爵位に付随するものであり、顔で得をしたと思えたことは一度もない。せいぜい騎士服を着ているとパリっと引き締まって見えるから、見栄えがしている程度だろう。
「だいたいアマーリエの好みは辺境伯のような強く逞しいタイプだ。私はああはなれんよ。そういう意味で、私はアマーリエのタイプじゃないんだろうな」
ただ好意は感じている。憧れと尊敬が七~八割だろうが、まったく芽がないわけではないだろう。
「じゃあなおさらアピールしろ。特に強さを。アマーリエさまを絶対に逃さない気合を見せろ」
「アマーリエはまだ十七だぞ。焦るな」
「ほかの男に気持ちが移ったらどうする」
「みすみす奪われる気はないが、早めにリカバリするよ。……最悪母親と祖母に泣きつく」
アマーリエの意向を完全無視することになるが、最悪はそれしかない。外堀を完全に埋めてかかるしかない状況に追い込まれる前に直接的な言葉を告げるしかない。
(最悪の想定だな。母上に出てこられると、アマーリエを傷つける結果にしかならん。しかし……)
『団長』
アマーリエの笑顔を思い出す。金色の髪は陽光にも似ていて、余計に笑顔を輝かせる。
(手放したくない)
フリードリッヒの傍で笑っていてほしい。誰にも渡したくはない。
アマーリエの気持ちを大事にしつつ、自分の想いを遂げるちょうどいい方法が思いつかない。
「傍にいてほしい気持ちは確かにある。傍にいて、アマーリエの好きなことをして輝いていてほしい。アマーリエは騎士であることを誇りにしている。現状をとても楽しんでいる。私とも所属は同じで、毎日顔を合わせるし会話もする。職権を乱用して、アマーリエと休みを同じにして外出に誘ったりもできている。……じゃあ別に現状で何の不都合もない」
「……結局そこに帰るか」
「だからもう少し見守ってくれ。私には長く秘密の恋人としてアマーリエを囲う気はないんだ」
母親のことはさておいても、平民のように男女の付き合いを大っぴらにするわけにはいかない。
貴族の令嬢であるアマーリエの名誉を傷つけかねない。男女の付き合いをするならきちんと家の当主に願い出て了承を貰わねばならない。
けじめをつけずにひっそりと自分のものにしておくのは愛人を囲うようなものだ。アマーリエをそういう立場にする気はない。
「頼むからアマーリエに関して突っつかないでくれ」
「わかったよ。しばらくは突っつかない。……ただ、せめて三十までに結婚しないと、さすがの旦那さまもいい顔しないと思うよ。君がいくら最悪の場合、弟の子供を貰うか従兄の子供を貰おうと考えていても、だ」
「わかっている。幸か不幸か、私が三十の年はアマーリエは二十歳だ。その年までに決着はつけるさ」
「多分、私は我慢できなくて、その一年くらい前から突っつきそうだよ。……まあ先の話は置いといて、とりあえずブルストをつつきながら、アマーリエさまのお召しものを楽しみにして待つとしようか。さぞやお可愛らしいだろうね」
「そうだな」
(アマーリエのドレスは楽しみだ)
普段贈ったドレスとはまた違う雰囲気だろうか。辺境伯夫人の趣味がいかんなく発揮されているだろうから、やはり普段のドレスとは違うだのだろう。
フリードリッヒはやっと人心地ついた気分でブルストを食べ始める。
式の開始が三十分遅れるという知らせに、ローマンと顔を見合わせて苦笑しつつのんびりと待つ。お互いに思い浮かべた理由で正解なのだろう。口に出すのも野暮ったいので口には出さない。
式は和やかに滞りなく終わり、祭壇などを片付けたあとは花嫁のキスをかけた勝負が始まった。ヴェッケンベルグ式の武器を用いた格闘のみの勝負だった。花婿の名誉がかかっているため割と本気でやるらしい。完全に傍観していたが、悪乗りしたハンゼルたちに引っ張り出されて戦う羽目になった。
「男として、アマーリエの兄として負けられないな」
「ギュンター、今日だけでいいから妹至上主義から離れろ」
一応三十分すぎたら適当に負けて良いらしいが、挑戦者となった以上あからさまに手は抜けず三十分間本気で戦う羽目になった。
大盛り上がりの三十分間が過ぎ、適当に降参した。
「若、「ギィお兄さまに勝つなんて素敵!」……とアマーリエさまに褒めていただけるチャンスでしたのに」
……などというハンゼルのいじりを聞き流しつつ、アマーリエの姿を探す。
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