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本編

異変 2

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(団長……何で……) 

 フリードリッヒは目を瞑り、アマーリエの唇に己の唇を重ねている。重ねられたフリードリッヒの薄い唇から、感触だけでなくじわりと熱が伝わってきた。これがフリードリッヒの唇の温もりなのだと理解した瞬間、かっと燃えるように胸のうちが熱く熾った。

「はぁ……」

 唇を離されても、体の熱が消えなかった。漏れた吐息まで熱く濡れていた。

「だん……っ」

 名を紡ぎ終わる前に再び口付けられた。唐突だったが、乱暴に唇を合わされたわけではない。軽く、浅い口付けを今度は角度を変えつつ何度も繰り返す。

「ふっ……んっ……」

 フリードリッヒの唇でアマーリエの唇を啄ばむように、唇全体で包み軽く離したり、感触そのものを楽しむようにしっかりと合わせたりを繰り返す。何度も繰り返されて、アマーリエは息をうまくつげない。苦しくてアマーリエはフリードリッヒの上着を縋るように掴んでしまう。
 フリードリッヒは口付けながらアマーリエの体をしっぽりと抱いていた。アマーリエが力をこめたぶんだけ抱きしめる力をこめたようにアマーリエを強く抱きながら、腰から背を撫で上げながら何度も口付けた。
 前にアマーリエの勘違いで口づけた時には一瞬しか感じなかった感触を、何度も刻み付けるように味わっている。
 抵抗するべきなのだろうが、何もできずに今はただ体を熱く火照らせていた。

「……っ……はぁ……だん、ちょう……」

 やっと唇を開放されて、アマーリエは息を乱しながらフリードリッヒを見つめると、フリードリッヒは、はっとしたようにアマーリエを見た。

「アマーリエ」

 囁いた声は低く甘く耳に染み、アマーリエの身をさらに熱くした。

「団長」

 アマーリエの呟いた声は、熱く戸惑いに濡れていた。弱々しい声だと自分でも驚く。

「……っ」

 フリードリッヒは短く息をついた。呑むように息をついたフリードリッヒは何度目かの口付けをアマーリエに与えた。多分、口付けられるのは流れから予想できていたのかもしれない。
 でも、避けることなどできなかった。
 いや、避ける気などなかった。
 どうしてフリードリッヒがアマーリエに口付けをするのか理解できなかった。抗わなかったのは理解できなかったからだろうか。
 アマーリエとて女だ。キスは憧れで、神聖なもので、愛する人と愛を交わし、深めるものだと信じている。だから、しなくてもいいのに先日の賭けのときにキスしてしまったことを、心から悔いたものだった。
 だから、今日のキスも後悔するものだろうか。恋人じゃない、一方的に好きなだけの相手にキスされている。他の相手だったら身の毛もよだつようなおぞましさを感じただろう。 でも、おぞましさなど微塵も感じることなく、アマーリエはただフリードリッヒの唇を感じていた。

「はっ……っ、……んぅっ」

 戸惑いつつ、名を呼ぼうとした。そろそろ口づけをやめてもらわないと、息苦しくて目がまわってしまいそうだ。
 名を呼ぼうととするということは口を開くことで、口を開いた瞬間、フリードリッヒは深く口付けてきた。

「っ……」

 口の中を何かがたどる。それがフリードリッヒの舌だと悟るのに一拍の時を要した。
 熱く柔らかな感触にアマーリエはおののいた。どうしたらいいのか解らずに動かせなかった舌を、フリードリッヒの舌が愛撫するように執拗に絡めとり擦り合わせられれば、体の奥がじんと熱くおこった。
 びくりと身を揺らしたアマーリエに構うことなく、フリードリッヒは舌でアマーリエの舌を撫でる。フリードリッヒの舌はアマーリエの舌を絡めてくすぐり、逃してはくれない。

「んっ……ぁっ、っ……」

 フリードリッヒに舌を絡められ、腔内をなぞられるにつれ、ぞくぞくと淡い感触が背に伝うのを感じた。
 アマーリエの呼気ごと吸うような深い口付けに、アマーリエはただ翻弄された。閉じられたフリードリッヒの瞼を見ながら、息苦しさと背を伝う淡い感触に身を震わせていた。

「んぅっ……ふっ……」

 どうにも苦しくて身を捩らせると、フリードリッヒはふと気づいたように目を開く。開かれた多色性ブルーの眼差しには驚きの色があったが、すぐに熱い色に焼き尽くされたように消えうせた。
 開いた眼に驚愕の残滓を残しつつも、フリードリッヒは舌でアマーリエの口腔内を撫でるのをやめない。玲瓏な切れ長の眼差しを間近に受けつつ熱く舌を絡められ、弄ばれてアマーリエは一層の熱を覚え、体の奥に甘い疼きを覚えた。

(っ……何?)

 おぞましい訳ではない。きゅっと熱く絞られるような感触を腰の辺りに感じる。

(フリードリッヒさまの……せい?)

 この感触が何なのか、アマーリエには見当もつかないけれど、これはフリードリッヒが与えたものなのだと、息苦しさと奇妙な疼きを感じつつアマーリエは妙に納得した。
 冷静なフリードリッヒが、先程からアマーリエを切なげに見つめながらアマーリエの舌に己の舌を絡ませていることを思うと、再び熾るような熱を覚える。アマーリエ自身が燃えてしまっているようなほどの熱さに、視界は薄っすらと潤んだ。熱と息苦しさに意識が白みかけた瞬間――

「おい! 何をしているっ!」

 緊迫した声が打ち据えるように響いた。次の瞬間ひきはがすようにフリードリッヒと体を離された。
 唇を開放されて助かった。息を吸うことも吐くことも追いつかず、解放される頃には頭の中が真っ白になってしまった。やっときちんと空気を吸うことができて、アマーリエは肩で息をする。脱力して崩れそうになるが、誰かがそっと支えてくれた。その間もフリードリッヒから、微塵も視線をそらすことができなかった。
 息を整えながら支えてくれた人を確認する。マティアスだ。マティアスが帰ってきたようだ。

「……っは……すまない、マティアス」
「アマーリエには私が説明するから、とりあえず、薬を飲んでくれ」
「……ぁ、ああ」

 いささか目を細めて、アマーリエを見つめるフリードリッヒの面は切なげに映る。美しいものを惜しむように見つめるフリードリッヒの顔は、どこまでも整っていて美しい、とアマーリエはフリードリッヒの視線を無防備に受け止めた。

「っアマーリエ……済まな……」

 詫びの声も途切れるように、フリードリッヒは囁くように詫びた。

「こっちにおいで。説明するから」

 ことさら優しい声でマティアスは宥めるようにアマーリエを連れて退室しようとする。優しく腕をひかれながら、フリードリッヒを振り返る。何が起きたのかはわかるが、どうなっているのかがわからない。理由をマティアスは説明してくれると言うが、フリードリッヒをこのままにしておいていいのか、いささか後ろ髪をひかれる思いで部屋を後にした。
 入口には水差しが置かれていた。マティアスはどうやら水を取りに行っていたようだ。ぽつんと置かれた水差しがどこか所在なく感じられて、不安に思いながらマティアスの執務室へ向かった。



 
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