16 / 81
本編
異変 2
しおりを挟む(団長……何で……)
フリードリッヒは目を瞑り、アマーリエの唇に己の唇を重ねている。重ねられたフリードリッヒの薄い唇から、感触だけでなくじわりと熱が伝わってきた。これがフリードリッヒの唇の温もりなのだと理解した瞬間、かっと燃えるように胸のうちが熱く熾った。
「はぁ……」
唇を離されても、体の熱が消えなかった。漏れた吐息まで熱く濡れていた。
「だん……っ」
名を紡ぎ終わる前に再び口付けられた。唐突だったが、乱暴に唇を合わされたわけではない。軽く、浅い口付けを今度は角度を変えつつ何度も繰り返す。
「ふっ……んっ……」
フリードリッヒの唇でアマーリエの唇を啄ばむように、唇全体で包み軽く離したり、感触そのものを楽しむようにしっかりと合わせたりを繰り返す。何度も繰り返されて、アマーリエは息をうまくつげない。苦しくてアマーリエはフリードリッヒの上着を縋るように掴んでしまう。
フリードリッヒは口付けながらアマーリエの体をしっぽりと抱いていた。アマーリエが力をこめたぶんだけ抱きしめる力をこめたようにアマーリエを強く抱きながら、腰から背を撫で上げながら何度も口付けた。
前にアマーリエの勘違いで口づけた時には一瞬しか感じなかった感触を、何度も刻み付けるように味わっている。
抵抗するべきなのだろうが、何もできずに今はただ体を熱く火照らせていた。
「……っ……はぁ……だん、ちょう……」
やっと唇を開放されて、アマーリエは息を乱しながらフリードリッヒを見つめると、フリードリッヒは、はっとしたようにアマーリエを見た。
「アマーリエ」
囁いた声は低く甘く耳に染み、アマーリエの身をさらに熱くした。
「団長」
アマーリエの呟いた声は、熱く戸惑いに濡れていた。弱々しい声だと自分でも驚く。
「……っ」
フリードリッヒは短く息をついた。呑むように息をついたフリードリッヒは何度目かの口付けをアマーリエに与えた。多分、口付けられるのは流れから予想できていたのかもしれない。
でも、避けることなどできなかった。
いや、避ける気などなかった。
どうしてフリードリッヒがアマーリエに口付けをするのか理解できなかった。抗わなかったのは理解できなかったからだろうか。
アマーリエとて女だ。キスは憧れで、神聖なもので、愛する人と愛を交わし、深めるものだと信じている。だから、しなくてもいいのに先日の賭けのときにキスしてしまったことを、心から悔いたものだった。
だから、今日のキスも後悔するものだろうか。恋人じゃない、一方的に好きなだけの相手にキスされている。他の相手だったら身の毛もよだつようなおぞましさを感じただろう。 でも、おぞましさなど微塵も感じることなく、アマーリエはただフリードリッヒの唇を感じていた。
「はっ……っ、……んぅっ」
戸惑いつつ、名を呼ぼうとした。そろそろ口づけをやめてもらわないと、息苦しくて目がまわってしまいそうだ。
名を呼ぼうととするということは口を開くことで、口を開いた瞬間、フリードリッヒは深く口付けてきた。
「っ……」
口の中を何かがたどる。それがフリードリッヒの舌だと悟るのに一拍の時を要した。
熱く柔らかな感触にアマーリエはおののいた。どうしたらいいのか解らずに動かせなかった舌を、フリードリッヒの舌が愛撫するように執拗に絡めとり擦り合わせられれば、体の奥がじんと熱くおこった。
びくりと身を揺らしたアマーリエに構うことなく、フリードリッヒは舌でアマーリエの舌を撫でる。フリードリッヒの舌はアマーリエの舌を絡めてくすぐり、逃してはくれない。
「んっ……ぁっ、っ……」
フリードリッヒに舌を絡められ、腔内をなぞられるにつれ、ぞくぞくと淡い感触が背に伝うのを感じた。
アマーリエの呼気ごと吸うような深い口付けに、アマーリエはただ翻弄された。閉じられたフリードリッヒの瞼を見ながら、息苦しさと背を伝う淡い感触に身を震わせていた。
「んぅっ……ふっ……」
どうにも苦しくて身を捩らせると、フリードリッヒはふと気づいたように目を開く。開かれた多色性ブルーの眼差しには驚きの色があったが、すぐに熱い色に焼き尽くされたように消えうせた。
開いた眼に驚愕の残滓を残しつつも、フリードリッヒは舌でアマーリエの口腔内を撫でるのをやめない。玲瓏な切れ長の眼差しを間近に受けつつ熱く舌を絡められ、弄ばれてアマーリエは一層の熱を覚え、体の奥に甘い疼きを覚えた。
(っ……何?)
おぞましい訳ではない。きゅっと熱く絞られるような感触を腰の辺りに感じる。
(フリードリッヒさまの……せい?)
この感触が何なのか、アマーリエには見当もつかないけれど、これはフリードリッヒが与えたものなのだと、息苦しさと奇妙な疼きを感じつつアマーリエは妙に納得した。
冷静なフリードリッヒが、先程からアマーリエを切なげに見つめながらアマーリエの舌に己の舌を絡ませていることを思うと、再び熾るような熱を覚える。アマーリエ自身が燃えてしまっているようなほどの熱さに、視界は薄っすらと潤んだ。熱と息苦しさに意識が白みかけた瞬間――
「おい! 何をしているっ!」
緊迫した声が打ち据えるように響いた。次の瞬間ひきはがすようにフリードリッヒと体を離された。
唇を開放されて助かった。息を吸うことも吐くことも追いつかず、解放される頃には頭の中が真っ白になってしまった。やっときちんと空気を吸うことができて、アマーリエは肩で息をする。脱力して崩れそうになるが、誰かがそっと支えてくれた。その間もフリードリッヒから、微塵も視線をそらすことができなかった。
息を整えながら支えてくれた人を確認する。マティアスだ。マティアスが帰ってきたようだ。
「……っは……すまない、マティアス」
「アマーリエには私が説明するから、とりあえず、薬を飲んでくれ」
「……ぁ、ああ」
いささか目を細めて、アマーリエを見つめるフリードリッヒの面は切なげに映る。美しいものを惜しむように見つめるフリードリッヒの顔は、どこまでも整っていて美しい、とアマーリエはフリードリッヒの視線を無防備に受け止めた。
「っアマーリエ……済まな……」
詫びの声も途切れるように、フリードリッヒは囁くように詫びた。
「こっちにおいで。説明するから」
ことさら優しい声でマティアスは宥めるようにアマーリエを連れて退室しようとする。優しく腕をひかれながら、フリードリッヒを振り返る。何が起きたのかはわかるが、どうなっているのかがわからない。理由をマティアスは説明してくれると言うが、フリードリッヒをこのままにしておいていいのか、いささか後ろ髪をひかれる思いで部屋を後にした。
入口には水差しが置かれていた。マティアスはどうやら水を取りに行っていたようだ。ぽつんと置かれた水差しがどこか所在なく感じられて、不安に思いながらマティアスの執務室へ向かった。
0
お気に入りに追加
363
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない
扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!?
セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。
姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。
だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。
――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。
そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。
その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。
ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。
そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。
しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!?
おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ!
◇hotランキング 3位ありがとうございます!
――
◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
リクスハーゲン王国の第三王女ルイーセは過保護な姉二人に囲まれて育った所謂''箱入り王女''であった。彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、獅子のように逞しく威風堂々とした風貌の彼とどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日ルイーセはいつものように森に散歩に行くと、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。何故だかルイーセはその光景が忘れられず、それは彼女にとって性の目覚めのきっかけとなるのだった。さあ、官能的で楽しい夫婦生活の始まり始まり。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が受け入れて溺愛らぶえっちに至るというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
+R18シーン有り→章名♡マーク
+関連作
「親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~」
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる