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本編
薔薇の雫
しおりを挟む「ほら、じゃあ大丈夫でしょ? だいだい、『婚前旅行』も済ませているんだし」
アンナは笑いを滲ませて「ね?」と念押しするように言ってにやりと笑った。
アンナの言う「婚前旅行」を思い出してアマーリエは頬を熱くして慌てて否定する。
「やだ、もう……そんなのじゃないもん。ギィお兄様の結婚式に一緒に行ってくれただけだもん!」
昨年の九月、長兄ギュンターが結婚した。筋肉質のがっちりした体格が好きという義姉が「理想の王子様だわ」と一目ぼれした形で結婚に至った。
ギュンターの式のため帰省するアマーリエと一緒に、フリードリッヒもヴェッケンベルグ領へ行ってくれた。バルツァー家の立派な馬車を用意してくれて、馭者と従者まで同行させていた。
秋は社交シーズンが終わり、騎士団も交代で休みをとっている時期だ。毎年アンナと九月に一緒に帰省していたが、昨年は結婚式のため時期をずらした。アンナとの帰省の時にもフリードリッヒは立派な馬車に馭者と従者まで同行させてくれた。アンナを心配してアレックスも一緒に来てくれての帰省だったので、途中ファーゼン領に寄ってヴェッケンベルグ領まで賑やかな帰省だった。
アンナたちと楽しく帰った里帰りと違い、広い馬車の中には団長と二人きりでドキドキしっぱなしだった。
「あと、今日一番大事な話だけどね……」
アンナは表情と声を引き締めた。アマーリエもつられて気持ちを引き締める。
「もしかしたら聞いてるかもしれないけど、前シーズンの終わり頃から『薔薇の雫』っていう薬が出回っている。薬を用いた婦女暴行もね」
「変な薬が出回っているって、団長と副長から聞いたけど……」
婦女暴行と言われるものが、単なる暴行ではないということはアマーリエにもわかる。自然と頬が強ばる。
「いかがわしい薬……つまり媚薬なのね。だから、未婚の私たちは気をつけないといけないの。パートナーがいれば、パートナーが相手をすればいいから」
「な、なるほど……」
それはそうかもしれないと、アマーリエは一瞬頭の中にそのような場面を思い浮かべてしまい、いささか動揺した。
「『薔薇の雫』って名前の通り、薔薇の匂いがするのが特徴。シロップみたいに甘いらしいの」
「じゃあ、何かに混ぜて飲ませるってことかしら?」
「混ぜる場合が多いけど、普通に甘い薔薇水として出してくる場合もあるそう。だから、薔薇水は出さないようにしてる。会場では殿下付きの女官が直接用意したものを食べたり飲んだりすること。それか、控え室にも軽食と飲み物があるから、外では飲食しないのもありよ」
「じゃあそうする」と頷いて、ふと思いついた話題をふる。
「そうだ。とっても広くて綺麗な控え室なんだよね。楽しみ」
ちょっとしたダンスホールのような大きさのサロンに最高級のソファーにマホガニーのテーブルがあり、鏡台も人数分用意されているとアンナから聞いていた。引退した女性騎士たちは、王家のパーティーのときには子供の都合をつけて来てくれることがあるので、毎回十人程度はあつまる。
「前回十一人で使ったけどものすごく余裕があって、一人に一台鏡台が与えられるから髪をまとめるのは控え室でもゆったりとできるの。櫛だけじゃなく香油やお化粧道具や化粧水まで一通り、人数分用意されているから……あ、着替えもできるコーナーもあるから、着替え持って行ってもいいよ。軽食や化粧水も持って帰っていいんだっていうから、私けっこうもらって帰ったわ」
「思っていたより至れり尽くせりだね。化粧水まで用意されているとは思わなかった」
「師団長閣下のおかげよね」
小さいころ「お父さまのお友達で騎士のおじさま」くらいに思っていた人物が、まさか王弟殿下だとは思わなかったので驚かされてばかりだ。
男性騎士の控え室は同等の大きさの部屋が一つと役職用の部屋が一つで、平の騎士部屋には簡素な椅子とテーブルがあり、軽食と飲み物がある程度だと団の先輩からきいた。広い城内と周辺を警備するため、交代で少しずつ休憩を取るらしいので、あまり広くなくてもいいと説明されてなるほどと思ったものだった。
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