上 下
8 / 81
本編

フリードリッヒ・バルツァーの四要件 1

しおりを挟む





「あ……そうそう、終わった後は何曲か踊ってから帰っていいんだって。フリードリッヒ団長誘っちゃいなよ」
「踊ってもいいの?」
「仕事終わった後だったり、休憩の時に踊ってもいいんだって。年頃のフロイラインに少しでも良い思い出をっていう師団長閣下のお計らいだから、楽しんだらいいんだよ。私もアレックスと踊ってるし、先輩お姉さまたちもそれぞれ踊ってるって」
「そうなんだ。じゃあ、仕事終わったらお誘いしてみる」

(そうか……また、踊れるんだ)

 半年ほど前の夢のひとときを思い出す。幸せなひと時に口元をほころばせてしまう。じわじわと嬉しさがこみ上げてきて、噛み締めるように微笑んだ。
 しかし、一つ問題がある。

「ねぇアンナ、もし断られたら私と踊ってね」

 団長としての仕事があるため、フリードリッヒに断られる可能性が高い。十年近くもの間、仕事を理由にフリードリッヒが夜会で踊ったことはないのだとか。

「そんなことはないだろうけど、いいよ。たくさん踊って帰ろうね」

 アンナはそのようにアマーリエを慰めてくれた。
 互いに見つめあって微笑みあう。

「まあ、アマーリエのお誘いを断らないと思うけどね。フリードリッヒ団長はアマーリエのこと大事にしてるとしか思えないもの」
「そうかな?」
「そうだよ。デビューだからって真珠がついたバレッタ貰ったんでしょ? 大事にしてなきゃくれないでしょ?」
「……やっとのことでデビューできるからだと思うわ。デビュー記念とかそういう意味だよ」
「真珠って高いんだよ? 何ともない、普通の部下にぽんと贈るものじゃないよ」
「高いのは知ってるけど……」

 形の良い大ぶりな真珠の産出は滅多にない。よって、値段は跳ね上がる。
 アンナだけでなく、先輩お姉さまたちも「凄く素敵な真珠ね」とほめてくれるような一級品を惜しげもなくあしらった品のいい代物だった。

(勘違いしちゃ駄目)

 思い違いをして自惚れてはフリードリッヒに迷惑だ。

(団長は子供っぽい私が少しでもみられるようにってくれたんだわ。今までだって、きちんとした物をそろえていなかった私に必要なものを用意してくださっただけだもの。団長だって「必要なものを用意したに過ぎない」って仰ってたし)

 自分に言い聞かせるが、じわりとこみあげてくる嬉しさが胸にほのかな温かみを生む。

「私はアンナみたいにしっかりしていないから、心配してくれているんだよ。今回の夜会だって、本当は出したくないって団長言っていたんだもの」
「ふーん……心配っていうより、甘々なんだね」

 アンナは苦笑いを浮かべて独り言のように呟いた。

(実家にいるときに、もう少し淑女教育を頑張れば良かった)

 剣の修行はしても、淑女教育はそこそこしかやらなかった。最低限嫁に行けるレベルなら困らないと思っていた。
 うつむいてしまったアマーリエにアンナは励ますように声をかける。

「もっと自信もちなよ。アマーリエは『フリードリッヒ・バルツァーの四要件』満たしているでしょ」

 フリードリッヒは社交界デビュー前から本人が嫌になるほど騒がれてきたが、デビューと同時に女性に食い殺されんばかりに集られたため、たった一年ワンシーズンしか耐えられず、我慢の限界に達して出したのが「フリードリッヒ・バルツァーの四要件」だった。以後、四要件と仕事を理由に女性と踊ったりすることを断っている。

 ……と、長兄ギュンターが笑いながら教えてくれた。
 十歳離れたギュンターは騎士団時代のフリードリッヒと同期で仲が良く、フリードリッヒをヴェッケンベルグ領まで遊びに招いたことがある。何度も来てくれたが、いろいろあってその時に会うことは叶わなかった。ギュンターは跡継ぎのためアマーリエが入団する前にやめてしまったが、フリードリッヒとはいまだに仲良くしているそうで、王都にいる時にはたまにあっているらしい。

「まず『その一、十八歳以上二十五歳以下の健康な貴族の女性。家格、容姿や身長は相応程度が望ましい』……この時点でざっくり振り落としにかかっているけど、あっさりクリアしてるね」
「団長に釣り合うほど美人じゃないもの」

 アマーリエは身をすくませてぽつりとつぶやいた。「相応」とはフリードリッヒの傍にいて見劣りしない家格と容姿が必要ということだ。あの美貌の隣にいられる自信はない。

「何言ってるの? アマーリエは綺麗な金髪と碧眼って美人の要件持っているでしょ。家格は侯爵家と辺境伯家でまったく問題じゃないし。もっと言えば軍閥同士で政略的にもかち合わないよね。身長は女性としては高くて、アマーリエはコンプレックスみたいだけど、フリードリッヒ団長と並んだら、ちょうどいいくらいだよ」

 ラーヴェルシュタイン国の美人の条件は金髪か銀髪で、瞳の色は碧眼か緑(エメラルド)色の眼とされている。アマーリエは金髪に碧眼であるが

(背の高いところも、性格も女らしくなくて……何より子供なんだもの。マナーだって、まだまだなんだろうな。団長の隣にいてふさわしい女の子じゃない)

 去年のシーズン中、何度もアンナと一緒にマナーと所作を練習して、フリードリッヒとマティアスに披露してみせた。

『仕草も去年よりすごく良くなったじゃないか。指先まで意識できてる。デビューしても問題ないよ』

 マティアスからは手放しに褒められた。しかし、フリードリッヒの評価は冷淡だった。

『所作は良くなった。だがデビューするにはまだ早い。それが私の判断だ』

 すっぱりと切り捨てられ、アマーリエは落ち込んだ。

「あと、アマーリエはこんなに大きくて柔らかい胸と」
「ひゃっ」

 胸を鷲掴みにされ、アマーリエは小さく悲鳴を上げた。続いて腰から下へとアンナの手は下がっていく。ああ、くすぐったい。

「くびれて細い腰と引き締まって上向きの豊かなお尻もっているんだから、プロポーションは他の令嬢たちより恵まれてるんだよ」
「う、うん」

 アンナの勢いに押されてとりあえず頷いてしまう。
 胸はなぜか大きくなってしまったが、腰のくびれと臀部のラインは乗馬の賜物だろう。故郷で「太ったら馬を駆れ」と女性たちが言っていたのは、馬に乗ることで体幹が鍛えられ、身体が引き締まるからだ。故郷では産後の運動にも用いられているほど広く浸透している。
 他国との国境にあるヴェッケンベルグの領民は弓馬の嗜みがあるので、王都の女性のように食事ではなく乗馬による痩身術が主流だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
リクスハーゲン王国の第三王女ルイーセは過保護な姉二人に囲まれて育った所謂''箱入り王女''であった。彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、獅子のように逞しく威風堂々とした風貌の彼とどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日ルイーセはいつものように森に散歩に行くと、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。何故だかルイーセはその光景が忘れられず、それは彼女にとって性の目覚めのきっかけとなるのだった。さあ、官能的で楽しい夫婦生活の始まり始まり。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が受け入れて溺愛らぶえっちに至るというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。 +R18シーン有り→章名♡マーク +関連作 「親友の断罪回避に奔走したら断罪されました~悪女の友人は旦那様の溺愛ルートに入ったようで~」

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...