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本編

第一印象

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「あ、そうだ。知ってる? ドロテアはフリードリッヒ団長が好きなんだよ」
「そうなんだ……」

 ドロテアがフリードリッヒを好きだという話は初めて聞いたが、意外でもなんでもない。

「あら、驚いてない。愛しの団長を巡ってのライバルだよ? あの性悪女が私の愛しの団長を好きですって?! 身の程知らずが! ……とかないの?」
「アンナ……そんなこと思わないよ」

 呆れるほど過激な発言に「そんな傲慢な性格じゃないもん」とアマーリエはわざと頬を膨らませると、アンナはおかしそうに笑った。
 気を取り直してフリードリッヒの姿を思い浮かべると、自然と胸が暖かくなって口元が緩んだ。

「だってね、団長みたいに背が高くて、体も細身なのに引き締まっていて逞しくてお顔が綺麗に整っていて……あんなに綺麗なのになよなよした感じもなくて、でも男らしさがあるキリッとしたお顔なのよ。お声も深みのある素敵な音をしていて甘く響くの。剣だって団で指折りの使い手で、国王陛下の御前試合でも負けなしでしょ? ……ああ、今年も素敵だったぁ……。仕事だってすごくストイックになさっているのよ。……ああ、本当に物語の王子様みたいに素敵な方なんだから、好きにならない人のほうが珍しいと思う」

 フリードリッヒの姿を思い浮かべながらうっとりと語った。麗しい姿を思い浮かべるだけで胸が熱くなり、鼓動がはやくなったのを自覚した。
 さらに言えば将来の侯爵閣下であり、今は子爵位を得ている。父親は国軍の元帥閣下たるバルツァー侯爵、母親は降下した王妹殿下という高貴な身分だった。
 フリードリッヒ・バルツァーという名を知ったのはアマーリエ十五歳の時だった。六歳の時に長兄ギュンターが実家に連れて来ていた時は顔も名前も知らず「黒髪で背の高い、細くて薄いお友達」くらいにしか思っていなかった。
 入団するときに女騎士は所属先の希望が出せるため、長兄の強い推しで第十一騎士団を希望することになった。
 同日に師団長たちの面接を受けたアンナと「なぜ騎士になろうと思ったの?」とか「誕生月が一緒だね」とか雑談をしながら待っていた。アマーリエは所属先の希望があったが、アンナは特に希望はなかったそうだ。アンナの剣の師匠も特に薦めるところはなく、師団長任せにすることにしていた。元々面談をしてその場で師団長たちの見識でもって決め、その日のうちに所属する団の団長と対面する。
 団長たちが到着した旨を伝えられ、アンナと二人で面談をした部屋に呼び出されると、フリードリッヒは部屋の中で待っていた。
 フリードリッヒの立ち姿にはっとなった。
 騎士服を纏ってまっすぐ立った姿は凛々しい。その姿だけで相当人だということがわかる。
 黒髪で背が高い人だということは長兄が実家に連れてきたときからわかっていたが、顔をみたのは初めてだった。物語の王子さまのような美しい容姿で、兄が認めるほど剣の腕がある人なのだ。どれほど強いのだろうかと思うと胸の奥で鼓動が跳ねたのを自覚した。

『初めまして。アマーリエ・ヴェッケンベルグです。よろしくお願いします』

 少し緊張したが、それ以上に弾む心につられて声が弾んでしまう。楽しみだった。半年後には兄が認めた強さを持つ騎士のもとで、夢だった騎士として働けると。この団長の下で強くなれると。
 半年先の楽しみを考えていたが、団の宿舎を案内してくれた。
 同行していた三兄ギルベルトと手合せすることになって、剣を持つ姿に胸が熱くなったのを自覚した。
 あれは何だったのだろうと思っていたが、入団してフリードリッヒと接するようになってしばらくして自覚した。
 団長を敬愛しているが、同時に男性としても愛しているのだと。
 元々理想の男性は父親か兄たちのような「強くて逞しい男性」だった。体格は父親よりも薄いが、見たことがないような凛々しくも麗しい容姿をしていているのに誰よりも強い。理想と言えば理想だが、少し理想と外れていたので、理想との差に少しだけ戸惑った。

「はいはい。私みたいな珍獣とは目の付け所が違いますねぇ」

 フリードリッヒを思い描いたついでに思い出に浸っていると、アンナは悪戯っぽくにやりと笑う。アマーリエはあわてて「もう、そんなのじゃないよ」と頬を熱くした。
 アンナはファーゼン子爵を拝しているため、婿に来てくれる人じゃないと嫌という理由でフリードリッヒは恋愛対象外だそう。アンナ曰く「好きになったら身分とか関係なくなるから、その前に線をひく! ああいう条件が合わないけど、いい顔の男は鑑賞して楽しむの!」と。そういう見方もあるのだ、とアマーリエは感心したものだった。


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