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六章

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 普段から強面な主人だが、先ほど食堂に足を踏み入れた際に一瞬、眉間の皺が一段と深くなったような気がしていた。嗅ぎ慣れない香草の風味が気になったのだろう。

「オフィシエが欲しがっていたので、お土産に買ってきました」
「それにしては……いや、いい」

 主人は見た目に反して行儀がいい。口に物を入れて喋ったりはしないので、さっさと食事を終わらせるべく無駄話を切り上げてしまった。そこからはかちゃかちゃとカトラリーと皿がぶつかる音しか響かない。

「では私たちはお湯を頂いて来ますね」

 しばらくして、空になった僕たちの皿を引き上げているオフィシエと食事中の主人を残して、食後のお茶を済ませたメイディ氏は僕の手を引いて食堂を後にした。

 普段の風呂は、湯を張った桶に手拭いを浸しそれで体を拭いたり、軽く髪を泡立てて洗い流したりするだけだが、主人たちはそうではない。猫足の陶磁器の浴槽に湯を張り、体を沈めるのだ。僕も一度それを使わせてもらったことがあるが、背の高さと大きさが合わず浴槽の中で転んで溺れてしまうという惨事に見舞われて以来、一人では使用していない。

 しかしごく稀に、入浴を手伝うと言う名目で僕はメイディ氏とこうして浴槽に並ぶ。初めは主人もいい顔をしなかったが、僕が一人で浴槽を使えないことは理解しているし、体を綺麗にすることは衛生的にも問題がないので目を瞑ってくれている。

 メイディ氏とお風呂に入る時は、花の香りのする石鹸や香油などが持ち込まれ、湯気の立ち上る浴室が一層華やかになる。普通は貴族のご令嬢などが愛用する品々ではあるらしいのだが、メイディ氏は気にせず使用している。
 僕が石鹸を泡立てた手拭いで体の汚れを落としていると、メイディ氏が浴槽に何かしらの液体を注ぎ込む。たちまち湯の色が薄い桃色に色づき、湯気と共に爽やかな果実の香りが立ち上った。泡と汚れを洗い流して、僕たちは桃色の液体に身を沈める。

 浴槽の淵に手を添えて転ばないように支えていると、メイディ氏が細い枝のような腕を伸ばし、僕の体に絡みつくようにして支えてくれた。滑らかな肌が触れるとくすぐったくて身を捩ってしまうのだが、メイディ氏はそれをも見越してしっかりと僕に抱き付いてくれている。

「若い子と触れ合うと私も若返った気がしますねぇ」

 何とも爺臭い発言をしているメイディ氏だが、普段日常的に行われるハグや挨拶のキスといったスキンシップを僕と取ることは主人に止められているので、合法的(?)に僕に触れられるとあって機嫌がいい。
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