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三章

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「拾った時から夢魔だってのは見当はついてたんだ。 飼い主が居ねぇなら拒否反応も出ねぇだろうと思ってよ」

曰く、奴隷───特に夢魔を性奴隷にした際、主人や調教師など特定の者の精しか摂取することができないよう、契約で縛ることがあるらしい。その契約は単に栄養として摂取できないという意味だけでなく、定められたもの以外には嫌悪感や忌避感が強くなるものや、契約者の精液以外では満足出来なかったり、それが与えられない場合に飢餓状態に陥りやすくなったり、まるで中毒にでもなったかのように変貌してしまうらしい。その点僕は夢魔でこそあれ、これから奴隷として売り出されるところで誰にも従属していない状態だったので心配はなかった。
 どうにか気を取り直した主人が、未だ気まずそうな顔を隠そうともせず、拗ねたように唇を尖らせながら呻くように声を紡ぐ。

「夢魔が普段何を口にしてるのか、なまじ知ってただけに悪いことしたな」
「お、美味しかったので別に良いのでは……?」

 主人の太い眉がぐっと寄り、厳つい顔が更に険悪な表情になる。また無意識のうちに失言をしてしまったかと身を竦ませるが、主人は不機嫌そうに顔を歪めるだけで怒っているわけではなさそうである。

「……夢魔お前らが独特な味覚してるだけで、他の生き物俺らにとっちゃ普通口に入れるものですらねぇんだよ、手前の味の感想なんざ聞きたくもねぇ」
「そうなんですね……」

 例えば魔族には、血液や屍肉を食事にする種族がいる。彼らの食卓風景と並べて考えてみると、確かにそれらの味や食感などをどれだけ美辞麗句を並べて熱弁されてもきっと共感はできないだろうし、忌避感は拭えない。それと同じことなのだろう。

 主人には知り合いに夢魔が居るらしく、その人から食の情報を得ていたようだ。更に言うと体内に宿す魔力量が高いものの精液がより美味であると豊かな夢魔の間では研究結果が出ているらしく、人間でもただの町人は家畜レベルであり、魔術に長けた冒険者などは味がよく、更に人語を理解する魔族は極上なのだとか。

 それなら夢魔同士で分けあればよいのではないか、となるところなのだが、残念ながら夢魔はそこまで魔力が高くなく、いわゆる雑魚なのである。人間を相手にするため人語を理解してはいるのだが、特に使える魔法もなく所持する魔法量も多くない。吸血鬼が眷属の血で満足できないように、僕ら夢魔もまた、夢魔の精液では暮らしていけないのだ。

 因みに魔力量の高い良質な精液を定期的にふんだんに摂取すると男夢魔インキュバス女夢魔サキュバスに種族進化するらしい。

「あとは精のつくものとか、精に近い食材が代替え品になる。 新鮮な卵と牛乳、それだけでもただの夢魔ならある程度普通に暮らせるし、それ以外の加工品だってないよりはマシだろ」

 なるほど、僕の毎食のメニューである。半熟の卵や搾りたての牛乳は染みるように美味しいし、添えられているパンも口にはするが、僕の中では主食足り得ていなかった。ないよりはあった方がよいので口に運んでいたが、いわゆる嗜好品扱いだ。食事中に間食しているようなものだろうか。

「今は一食卵一個だが、そのうち二つにするのと、あとは何か別の栄養になりそうなモン足してやるよ」

 敷地内で採れるものに限るがな───主人は眉間の皺を指で押し伸ばしながら、すっかり疲れた様子で空になった皿を持って部屋を出て行った。
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